Act.5-3 その声は誰のもの

 彼女の声に気付いて、再び頭上を見る。


 キレイな目は髪に遮られ、ニヤッと弓のように曲がる口だけが見えた。


 いつの間にか膨らんでいる緋色さんの浴衣の胸元。もう時間が止まったかのように空中にいるその胸から、もう1つの枕がポンッと出てきた。


「投げるスピードじゃ当たらないなら、もっと加速させるだけ!」

 その枕をフワッと放って、足を振り上げる。


「緋色さん、いっけええええ!」

「うおりゃあああ!」

 自然に出てしまった掛け声に反応するかのように、振り上げた足を空中の枕にジャストミートさせて、華麗にボレーシュート。


 ドゴンッ!


 重い音で進むその枕は、まだ体勢が直っていない敵の足に直撃した。


「うっしゃあ! ぐえっ!」

 豪快に腕から落ちる緋色さん。落ちるときのことまで考えてなかったらしい。


「ちょ、大丈夫ですか!」

「おう、だいじょぶだ! そーちょん、肩貸してくれてありがとう!」

 駆け寄った僕にピースして返事する。


「緋色さん、ボレーなんていつ練習してたんですか?」

「さっき空中で思いついたぞよ!」


「即興であれを……ははっ! 緋色さんらしいです」

「へっへっへ、そうだろー」

 そんなにケロッと答えられると、笑うしかないや。



「まさか2段構えとはなあ」

 苦笑いしながら枕をポンと投げてくる井鳥さん。


「古桑さん、強いね。今回は降参だ。今の技、なんて名前なんだい?」

「んー、まだ名前決めてないぞよ……そうだなあ……うん、『宙舞う足スカイハイキック』ってところかな!」

 即興で名前つけられるのもある意味才能な気がする。


「イードリーも強かったぞよ。あの帯でブンブン投げるの、カッコいいから練習してみたい!」

「今度、合同練習でもやろう。教えるよ」

「おういえ! いつでも!」

 緋色さんと握手しながら、彼は僕の方を見た。


「灰島君、9階から俺が攻撃してくるの気付いたの? 攻撃けられてビックリしたよ」

「あ、はい。何か回すような音が聞こえるって緋色さんに言ったら、『逃げろ』って……」


「噂通り、耳が良いんだね、羨ましい才能だ。次の試合も楽しみにしてるよ」

 手を差し出してくる井鳥さんに、握手で答える。大きくてがっしりした手。こんな手で投擲したら、いくらでも遠くに飛ばせそうだ。


「他のメンバーも強いよ、頑張ってね」

 言い残して去っていった強敵を見ながら、緋色さんがトランシーバーで戦績を報告する。


「こちら、本館7階、緋色ぞよ。イードリーを倒したぞよ!」

「おう、ステキだな、古桑。よくやった」


 上機嫌に褒める調さんの声に、雪葉さんが被せる。

「緋色ちゃん、おめでとう。あのね、今別館の5階で敵を見つけたの、ちょっと1人で仕留めるの難しそうだから、来てもらえないかな?」


「おう、わかったぞよ、あかりん!」

 通話をやめて、手をピョンと上げる緋色さん。


「そーちょん、ちょっと行ってくるぞよ」

「……その手は何ですか?」

「ハイタッチに決まってるじゃないか!」

 ……その高さだと、手を下に向けないといけないんですけど。


「僕にとってはロータッチですね」

「なんだとー! 見てろよ、あと1年後に20センチ伸びる予定なんだから! 毎日牛乳飲んでるんだから!」

 ガウガウ怒る緋色さん。うん、その栄養は確実に胸部にいってますね。


「とにかくそーちょん、やったぞよ!」

「そうですね、やりました!」


 2人でポンッとハイ&ロータッチ。生きてまた会おう、と言い残して、緋色さんは別館に向かっていった。


 さて、これからどう動こうか。玲司さんに指示を仰ごうかな。

 そんなことを考えていると、雪葉さんの切羽詰まったような声が聞こえてきた。


「こちら灯。ねえ、?」


 …………え? 誰、って雪葉さんが呼んだんじゃないのか?


「こちら玲司。いや、雪が呼んだんだろ? 別館5階まで来いって」

「私じゃないの! 私も聞いててビックリしたもの。それで、シーバーがちゃんと入るところまで移動してきたの」


「……ちょっと待て。じゃあ雪、今お前、別館5階にいるんじゃないのか?」

「ううん、本館2階にいるわ」

「おい桑、聞こえるか! 何かおかしい! いったん本館まで戻れ!」


 玲司さんが緋色さんに呼び掛ける。

 何だ、何がどうなってるんだ?


「こちら緋色ぞよ。くもっち、別館電波悪くてあんまり聞こえなかっ――うわっ!」

 急に悲鳴を上げる緋色さん。


「おい古桑、大丈夫か!」

「……ゆ、ゆーのさん……だいじょぶです。急に狙われてビックリしたぞよ」

「こちら灯。玲司君、これって……」

「ああ、偽物がいるってことだな」


 偽物……? ってことは、この短い時間で掛戸のチャンネルとグループを確認して、チームメンバーと連絡取れなくなるリスクを負いながらチャンネルとグループを掛戸に合わせて、しかも雪葉さんの声マネで喋ってたってことか?

 とんでもない敵がいるな……。



「玲司君、どうすればいいかな」

「どっちが偽物かつきとめないとね」

 。明らかに挑発している。


「貴女、偽物ね。私の声で喋らないでもらえる?」

「あら、貴女が本物って証拠はどこにもないじゃない」

「ちょっと、今2回連続で喋ったでしょ!」

「喋ってない!」

 本当にそっくりだ。普段ならともかく、ノイズ混じりだと聞き分けられない。


 でも、結構手強い作戦だな。

 本物かどうか見分けるだけなら、雪葉さんしか知らないことなんかを質問すればいいから簡単かもしれない。

 ただ、毎回雪葉さんと話すたびに質問するのは大変だし、「いつでもお前らを撹乱させられるんだぞ」と宣言されたようなものだから、情報戦におけるビハインドと心理的なダメージを負ったのは間違いない。



「こちら湯之枝。古桑、とりあえず別館から本館5階まで戻ってこい。そっちは危ないからな」


 真偽入り混じる雪葉さん同士の諍いに、調さんが割って入った。


「ゆーのさん! 了解しました。すぐ行きます」

「おい、ちょっと待て古桑。。古桑、そこにいて時雲からの指示を待て」


 また……調さんも増えた……?


「なんだ急に。まさかお前が偽物か。古桑、本館でワタシと合流しよう」

「違う、お前がワタシのマネをしてるんだろう?」

 クソッ、どっちがどっちなんだ……。


「もうどっちが本物か分かんないぞよ! どうすればいいのさ……」

 しおれた声になる緋色さん。


「でもなんとなく、くもっちからの指示を待った方が良い気がするぞよ」

 多分声マネしてるってことは女子。玲司さんのマネは出来ないだろう。


「よし、桑、俺が指示出すからちょっと待っててくれ」

「おう、よろし――」



 そこで声が途絶えた。



「おい、桑。桑!」

「緋色さん!」

 呼びかけるものの、返事はない。

 しばらく経って、声が返ってきた。


「こちら緋色ぞよ。ひぃはやられたぞよ。今は私が代わりに喋ってるぞよ」

 緋色さんの声で、緋色さんではない人。緋色さんはアウトになってしまってもう喋れないのだろう。


「ふふっ、緋色ちゃん、結構混乱してたから、倒しやすかったわ」

 続いて、雪葉さんの声。

 そうか。この人が、この人が全部やったのか。


「ワタシの名前は南条だ。能力は『声代わりマジックリップ』 よろしくな」

 最後は調さんの声で自己紹介。なるほど、雛森の情報戦担当は南条さんか。玲司さんがデータ保存型なら、南条さんは撹乱型って感じかな。



「……見事だよ、南条。去年までそんな能力身に付けてなかったじゃないか。あとで顔を拝みに行くから、そのときは地声で泣き叫んでもらおうか」

「ふふっ、楽しみにしてるぞよ。ひぃも返り血でこの浴衣が汚れないように気をつけるぞよ」


 調さんの宣戦布告に、緋色さんのマネで返す南条さん。もう会話が怖すぎてついていけません。


「こちら時雲玲司。コード、2・2・5・2」

 玲司さんからチャンネル・グループ変更合図。盗聴を回避するんだな。


 えっと、逆にすると、2・5・2・2……1つずつ減らして、1・4・1・1。14チャンネル11グループ、と。これでしばらくは南条さんを締め出せるだろう。


 さて、これからどう動こうか。数分かけてゆっくり本館を下ったが、特に敵は見当たらない。玲司さんに聞いてみようかな。



「こちら本館4階、灰島です。玲司さん、どこに行けばいいですか?」

「……………………」

 返事がない。ノイズだけがブツブツと叫んでいた。不安になって、もう一度呼びかけてみる。


「こちら、灰島です。あの、みんな聞こえますか? 誰かのヘルプに入った方がいいですか?」

 少し時間が経って、声の断片が流れてきた。


「……爽…………音…………向こうに…………戻……」


 玲司さんの声だけど、途切れ途切れで内容も分からない。



 ひょっとしたら、いや、多分間違いない。

 誰かに、中継器の電源を切られてる。



 元々上層階以外は極端に電波の入りが悪い建物。中継器なしでは、ちょっと離れたところと通信するのも難儀だ。


『2つある中継器のうち、どっちの電源を切られたか確実に判断することは難しい。どっちかの近くにいるなら、まずはそこをチェックしてほしい』


 玲司さんからいつも言われてた、中継器が切られたときの対処法。

 今近いのは2階だな。よし、指示なしで動くのは怖いけど、行ってみよう。

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