Act.5-2 マクラは飛んでいく

「よし、一旦ここで敵を探そう、そーちょん」

「はい」


 今までいた805の部屋を出てすぐの本館8階。吹き抜けを囲っているガラス壁に貼り付いて、辺りを見渡す。

 トランシーバーからは、各自が持ち場についたことを知らせる報告が相次いで聞こえてきた。


「フィールドが広いからなあ。そんなにすぐには見つけられないかもしれないぞよ」

 枕を抱えて、体育座りのような格好になる緋色さん。クッ……こんなときまでそんなドッキドキなポーズを……。狙ってるのか? この人は狙ってるのか?


「確かに、探すの難しいですよね、目もまだ慣れてないですし……」

 釘付けになる目を頑張って逸らし、下のフロアを見ながら言う。


「そーちょん、近くで音聞こえる?」

「いや、今のところは聞こえないですね」

「よし、じゃあこの近辺にはいないってことかな。しばらくはここに待機するぞよ」

 外の風の音にすら敏感になりながら、長く長く感じる時間、ガラス越しに捜索を続けた。


 ふと時計を見ると、開戦してから15分経っていた。おしゃべりもできない状況で、緋色さんと2人きり、ただひたすら、ターゲットを探し続ける。

 時折切れそうになる集中力を、実は狙われてるかも、という恐怖心を煽りながら保った。


 ううん、調さんが上層階にいることが多いって噂が出回っているなら、敵が来てもおかしくないんだけど――


 その時。



 …………ヒュンヒュン…………ヒュンヒュンヒュン……



「緋色さん、あの」

 耳元に寄り、話しかける。


「ひゃうっ!」

 ビクンッと反応する緋色さん。

「ちょ、ちょっとそーちょん! 急に耳打ちしちゃダメぞよ!」

 目が慣れ始めた僕に十分認識できる赤みを帯びて、こっちを見た。


 な、なんだこのエロさは……。嗚呼、神様、なぜ彼女に耳が感じやすい属性を加えたんでしょうか。スッと近寄って話すだけでこんなリアクションがもらえるなんて、嬉しい反面、理性が保てるか分かりません。どうしてくれるんだ、僕の鼓動と疼きを!



「ま、まったくもう! で、どしたの?」

「何か、今、多分ですけど、風を切ってるような音が……何だろう」


「……ねえ、それホント?」

 緋色さんが、少し固まった表情で僕を見た。

「ええ、多分9階から鳴ってるんだと思うんですけど……」

「そーちょん、こっち逃げるぞよ!」


 急に手を引かれる。そのまま吹き抜けを離れ、階段近くの壁に体を滑らせた。

「ちょ、ちょっと、緋色さん! どうしたんですか!」



 ドガガンッ!



 隠れている壁に何かが当たった。

「緋色さん、今のって……」

「枕。枕ぞよ」

 少し顔を出して壁の下を覗くと、まさしく枕だった。


 今の音が、枕? あんな音がするものなのか? 調さんの投枕より、ずっと速くて重いぞ?


「いたぞよ」

 小声で叫ぶ緋色さんに、首を持たれて顔を上に向けられる。9階、吹き抜けを挟んで反対側に、何かが立っていた。


「ひぃも暗さに慣れてきた。人影があることは分かるぞよ」

「うん、確かにいますね」

 影だけでも誰だかはっきり分かる、がっしりした体格。


「2年生の井鳥さんですね」

「あの技を使うのはアイツ以外にいないぞよ」

 言いながらトランシーバーを握る緋色さん。


「こちら緋色ぞよ。くもっち、9階にイードリーがいるぞよ。ひぃとそーちょんで何とかする!」

 イードリーって。つい口にしたくなる呼び名。


「桑、俺は去年戦ったけど、かなり強いぞ。気をつけて」

「おういえ! ひぃも去年戦ったから知ってるぞよ! まかせろ!」

 トランシーバーを切った後も、僕らと井鳥さんは睨み合ったまま。


 どうする、こっちから上っていくか。2対1なら負けないはず。いや、でも、相手が下がってくるのを待ってもいいな。


 ん、井鳥さん、なんか手を動かしてる? それに、またあの風の音が聞こえて――


「そーちょん、危ないぞよ!」

 緋色さんが僕を押して、2人で床に伏せる。



 ドガンッ!



 さっきと同じ音で飛んできた、白いカバーのそばがら枕。

「イードリー、相変わらず力技だなあ」

 体勢を整えて9階を見直す。暗闇に慣れ、フクロウ並に進化した僕の目は、手でくるくると浴衣の帯を回す井鳥さんを捉えた。


「緋色さん、アレって……」

「帯を使った投擲。去年、くもっちもアレにやられたぞよ」

 投擲って! 枕を投擲って!


「『標的に投擲スロウモーション』 技出すのには時間かかるけど、あれ使われるとどんだけ距離置いても関係なくなっちゃうからなあ」

 ホントこの部活に入ってる人は超人ばっかりだ。


「このままじゃこっちから攻撃できない。7階に逃げて立て直すぞよ!」

「は、はい!」

 本当は井鳥さんが投げた枕を持って逃げた方がいいんだろうけど、3つ目を持つと移動には不便。絶妙なゲームバランスだな。


「よし、ここで待つぞよ」

 7階の休憩スペース。ここなら上の階からは狙いづらい位置にある。


「どうせ逃げたっていつかは戦わなくちゃいけないんだ。ここでひぃが倒す」

 枕をグーでトントンと叩く。お世辞抜きで、カッコいいです、先輩。


 しばらく待っていると、帯に括った枕を肩に引っかけて、南側の階段から井鳥さんが現れた。



「南条さんの予想、違ってたなあ。大将が上にいるって聞いてたんだけど」

「残念だけど、ゆーのさんはここにはいないぞよ。イードリー、去年より飛距離は大分伸びてるみたいだね」


「そりゃまあ、練習したからね。俺の『標的に投擲スロウモーション』はちょっとやそっとじゃ負けないよ。古桑さん……だっけ? 君の能力は伸びたかい? 身長はあんまりみたいだけど」

 帯をゆっくりと、そしてだんだん速く回し始める敵に、緋色さんはカチカチ歯を鳴らす。


「ふうん、そんなに殺されたいか、イードリー」

 微かに笑う緋色さん。次の瞬間、怒鳴るような声をあげる。


「そーちょん、左!」

 筋肉が命令に反応し、緋色さんは右に、僕は左に飛んだ。2人の間を、高速回転する枕が突き抜けていく。

 すぐにその枕を拾い、井鳥さんに向けて構えた。


 緋色さんの言う通り、投擲は次枕の発射までに時間がかかる。次の枕を準備する前に僕が攻めれば――


「うおおおおおお!」

「灰島君か。まだ俺に当てるのは早いんじゃないかな」

 投げた枕は、ヒュンっとしゃがんだ井鳥さんの上を、掠りもせずに通過した。


「……早い、みたいですね」

「どうも。あ、そうそう、誤解してるかもしれないから言っておくけど……」

 下を向いて、枕を手に持つ井鳥さん。


「別に帯使わないと弱いってわけじゃないからさ!」

 クンッと腕が動き、最小限のモーションで放られる枕。それでもそのスピードは、僕の枕と大して変わらない。


「くっ……!」

 必死で這いつくばって避ける。


「なんだなんだ、逃げるだけならいずれ当たるぞ。反撃してこないのか」

 そう言いながらも井鳥さんは、枕を拾っては投げて僕を転がし続け、反撃の隙を与えない。


「そーちょんばっかりイジめるな!」

 倒れこんでいた僕の横から、緋色さんが飛び出してきた。

「でいっ!」

「おっと」

 緋色さんの十八番、「回って放ってローリングドール」は、その体格からは想像できないほどの俊敏さでかわされた。


「まだまだあ!」

 地球上じゃないような身軽さで後ろに跳び、再び大ジャンプ。今度は回らず、天を駆ける。

「『愛ある月面歩行ハネムーンウォーク』ぞよ!」


 今後ろに跳ねた距離を遥かに凌駕する距離を舞いながら、枕を放つ。しかし井鳥さんも負けじと後ろにジャンプして、その枕は地面に叩きつけられた。


「ちっ! すばやいぞよ」

 僕が投げた枕を拾いながら走って戻ってくる緋色さん。


「確かに、古桑さん、スピード速くなったね。でもさ……」

 敵は、いつの間にか枕に結わえた帯を、ヒュンヒュンと回し始めた。


 マズい。アレが、くる。


 すると緋色さんは、今までの疲れを全て吐き出すようにフウッと深呼吸をした。

「イードリー、やっぱりただ手で投げるだけだと、速さに限界があるね」


 帯を振り切るように放たれた枕。咄嗟に首を右に捻って避けた緋色さんの髪を、枕の風圧がサラサラと揺らした。


「うん、その通り。だから俺はこの技を身に付けたんだ」

 歩きながら、近くに落ちている枕を再び帯に巻こうとする井鳥さん。その井鳥さんから15メートルくらいの位置に、緋色さんが僕を立たせた。


「そーちょん、ここに立ってて」

「こ、ここにですか?」

「ん、そう。ありがと」

 軽く笑って、緋色さんは後ずさりしだした。


 ああ、なるほど。アレをやる気なんですね。


「イードリーもホントに強いぞよ」

 少しずつ、僕と距離を取っていく。


「でもまあ、ひぃも何も練習してこなかったわけじゃないから……ねっ!」

 最後の言葉と同時に、緋色さんは後ろから走りだす。

 緋色さんの方を向いたままの僕の3歩手前で、緋色さんは跳んだ。


「ほいっ!」

「なっ……!」

 次の瞬間。肩に鈍い痛みがかかって、すぐに治る。思わず声をあげる井鳥さん。


 上を見ると、僕の肩を踏み台にした緋色さんが、天井にぶつかりそうなほど高く舞っていた。


「こんだけ上からの攻撃、避けたことあるかな?」

 その位置から枕を構えて、井鳥さんに向けて放つ。

「どうりゃっ!」

「クッ……」

 急角度で滑空する枕を、横に転がってかわす井鳥さん。


 クソッ、先週から必死に練習したこの攻撃でもダメなんて――




「跳ぶと思ってたぞよ」

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