Act.4-4 アナタが彼女なら

 湿った空気を鼻の奥に感じる、雛森戦の2日前。不機嫌な天候は、夜からついに泣き出した。


 この天気じゃさすがに山には行けず、21時まで武道場で練習し、そのまま解散。

 ふう、今日もしんどかった。そろそろ練習用枕のカバーを持って帰って洗わなきゃ。部室に置いてある、もう1枚のカバーも洗っておこう。


 忘れ物を取りに教室に行き、その足で部室に向かう。ドアを開けると、そこには雪葉さんがいた。


「灰島君、どうしたの?」

「あ、カバーを取りにきたんです、洗おうと思って。雪葉さんは?」

 汗が完全にひいた雪葉さんは、ノートを軽く振った。


「トリックのノート、置き忘れちゃってたから、取りに来たの」

「なるほど」

 枕からゴソゴソとカバーを外して、スーパーの袋に丸めて入れる。


「あ、そういえば、雪葉さん。あのサイト、見ましたか?」

「うん、見た見た。ああやって見るとどれもかわいく見えるね。鳴き声が聞けるのも面白いし」


 先週、SNSで教えた野鳥のサイト。生態が詳しく書かれてるうえ、一般の人が撮った写真も載ってるし、鳴き声も聞ける。


「特訓に行ってる山でもああいう鳥見られるんでしょ? 夏はどんな鳥が出るの?」

「アオバズクってフクロウがよく出ますね。ホッホッって低い声で鳴くんで、結構すぐに見つかります。あとは……アカショウビン! 体が朱色でとってもキレイなんです。しかもあんまりいないんで、アカショウビン見た次の日はラッキーな日ってジンクスが勝手にできてました」

「アカショウビン、あのサイトに載ってたね。うん、すごくキレイだった!」


「川も近くにあるから、そこで魚見つける練習もいつかやってみたいなあ」

「川魚かあ、楽しそう。でも、目と耳を鍛える練習にはならなそうね、ふふっ」

「へへ、そうですね、反射神経だけかも」


 見慣れたからかもしれないけど、雪葉さんの笑顔は、前よりも少し表情がはっきりしたような気がする。


 家でトークの履歴をどれだけ眺めたって、現実には敵わない。どれだけ見たって、現実では飽きることがない。「かわいいですね」なんて言葉を頭の中で何度も打ち込んでは、音声変換する直前に息を深く吸ってデリートした。


「さ、帰ろっか。雨弱まりそうにないし」

「ですね」

 止まない水のBGMを聞きながら、校門を出た。


 2人それぞれ、ビニール傘を差して帰り道を歩く。夜食を買いに行くことにして、ちょっと遠回り。ビニール越しに見る道では、ポストも人も、ぐにゃりと歪に曲がっていて面白い。


 左を向くと、まもなく閉店時間を迎える靴屋の店先に、高さのあるレインブーツが水色の傘と一緒に飾られていた。



「これ、かわいいですよね」

「うん、このデザインのブーツ人気だしね。こういう風に並んでるの見ると、オシャレに見えるな」

 お互い、傘であんまり顔は見られない。少し低いところから聞こえる雪葉さんの声を聞きながら、次の言葉を考える。



 今なら、流れで好きだって言える気がする。


 雪葉さんもあんなに楽しそうだったじゃないか。結構電話もしてるし、印象は悪くないはず。

 傘差してるから顔見ないで言っても不自然じゃないし、一番楽な伝え方でサラッと言っちゃえばいい。



「いやあ、雪葉さんが彼女だったら、こういうの買ってあげたいなあ、なんて」



 言いかけて、やめた。

 予防線を張って、逃げようとした自分に気付いた。



 もし手ごたえがあれば、そのまま告白すればいい。

 反応が鈍かったら、冗談ですよ、って慌てた感じで返してまた時間をかけて様子を見ればいい。

 失敗しても今の関係を保てるし、カッコ悪くならない。



 でも、そうやってまで何を守ろうとしてるんだろう。傷つく自分が怖いだけで、言った後に変な目で見られるのが怖いだけで、それ以上のことはない。

 こんな逃げ道を残した言い方をして、一番後悔するのはきっと自分。全部晒して全力で当たる、それが出来ない自分を一番嫌いになるのも、きっと自分。



 今の自分は、まだ言っちゃいけない。きっといつか、こんなこと逡巡せずに言えるタイミングが来るんだろう。それまではお預けだ。

 へっ、残念だったな、今の僕。



「雪葉さん、僕ここで。また明日!」

「うん、また明日ね」

「頑張りましょうね!」



 傘の下から差し込む雨も気にせず、バシャバシャと水を跳ねて走る。やがて立ち止まり、大きく溜息。気が抜けたからか、気合いが入ったからか、無性に枕が投げたくなった。



「……行くか!」



 明日が終わればいよいよ週末。予選最終戦まで、あと2日。

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