Act.4-3 見つけたよ

 調さんは、武道場のドアに視線を移した。


 風はさらに強くなって、クスの葉をザワザワと揺らす。

 くっきり明るい月と音を立てる葉の組み合わせは、少し怖くもある。


「4年生に上がるときに、会社で大規模なリストラがあったらしくてさ。かなり良い条件が出たみたいで、父さん達は皆、早期退職を選んで転職したらしい。父さんみたいにこの近くで別の仕事を見つけた人は結構少なくてさ、少し遠くの町や隣の県に引っ越した人も多かったんだ」

 そうか、それでみんな住んでるところがバラバラなのか。


「それ自体は仕方ないと思ってる。会社にだって都合があるしな。ただ、ミーコやリュージに会えなくなったのは辛かったな。年賀状もいつの間にか届かなくなったし、当時はスマホも持ってなかったから連絡もできない」


 仲の良かった子と急に会えなくなる。聞いてる高校生の僕ですら、胸がせりあがってくるような感覚。当時の調さんは、美湖さんや隆司さんは、辛かっただろうな。


「で、中学に入ってから、SNSで連絡が取れるようになって、枕投げを部活でやろうって話をしたんだ」

 ニッと口を結ぶ調さん。月にじゃれていた雲が離れ、綺麗な彼女の顔を鮮やかに照らした。


「小学生のときにやれなかった分を、今やってるってことですか?」


 髪を触りながら黙りこんだ調さんは、やがて口を開いた。


「…………ううん、違うな、きっと。多分、あの頃に帰れるんだ。あの時は、くだらない作戦をみんなで考えて、眠い目を擦りながら一生懸命起きて、バレないように必死に自販機の横で丸まったりしてさ。時間も経って、もっとちゃんとしたスポーツだってできる年になったけど、ミーコやリュージと、一番楽しかったあの頃に戻って遊ぶのが、ワタシは好きなんだ。心もあの頃に戻したいから、全力でバカをやる。戦争の気分で臨むし、技に名前だってつけるし」


 足を止めて、「軌道確保スケート・ストレート」のモーション。ブワッと風を切る音が僕の耳元で騒ぐ。


「別に過去にしがみついてるわけじゃない。みんなそれぞれの時間を生きてるし、進路だって全然違うはずだ。それでも、たまに会って、枕を持って隠れてると、対峙して投げ合うと、無性に懐かしくなって、たまらなく嬉しくなる」


 目を瞑って、上を見る調さん。風がまた弱まって、雲が流れる速さも落ち着いた。


「まあ、そんな感じで始まった部活だけど、全力でバカ騒ぎできるのは楽しいな。たがが枕投げで、勝ち負けなんて重要じゃないのかもしれないけど、それでもやっぱり、こんな競技でも、全力でやって勝てると最高に嬉しいんだ」

 ニコッと、今までで一番の笑顔を目の当たりにする。




 ああ、分かった。何でこの部活が楽しいのか、その理由を見つけた。


 無意識のうちに、心が子どもに戻ろうとする。「ただの枕投げ」に、戦争だ闘いだって真面目に言って、トランシーバー用意して、技まで編み出して、全力でバカなことをやってる僕らは、全力でバカをやってたあの年まで遡って、心地いい空間を取り戻せる。


 その空間はどうしようもなく童心の塊でイノセントで、ただただ楽しいことがしたい、そして勝負したら勝ちたい。

 玲司さんも緋色さんも雪葉さんも、それはきっと同じで、だからこそ、この枕投げに本気をぶつけてるに違いない。



「ふははっ! どうだ、ワタシの作った部活はステキな部活だろう!」

「……ふははっ! そうですね、とってもステキです」

 唐突に豪快に、遠慮なしに自画自賛した調さんに、口調を真似して返事した。


「疑問は解決したか?」

「ええ、すっかり」

 スジのようだった巻雲は、いつのまにか綺麗な一本の綿になっていた。体育館からは相変わらずバスケ部の声が練習が聞こえる。



「調さん、僕、ちょうど委員会終わったんですけど、今日まだ部活やりますか?」

「おう、今日は9時までやるぞ。お前の浴衣と枕はもう持ってきてある」

 いつもの不敵な、ギンッとした笑みで、調さんは屈伸を始めた。


「灰島、あと1週間、死ぬ気でやるぞ」

「はい!」

 インターハイなんて目じゃない、全国優勝を目指す僕らも、武道場に戻った。




***




 翌日。部活を19時で抜けて、全速力で駅に向かう。

 4月に比べて、スピードもスタミナも結構上がったみたいだ。


 電車とバスを乗り継いで、懐かしい山へ。

 中学までよく遊んでいた、いつもの山。山道と途中の脇道を20分歩くと、外の世界とほぼ完全に隔離された闇が周りを包んだ。慣れっこだから怖さは感じないはずだけど、圧倒的な静けさの前に体は少し縮こまる。



「よし、行くか」

 目を瞑って、耳をすませる。耳を取り外して、自分の顔の周りを360度回して、音を拾いに行くようなイメージ。キョロキョロと見るように、音を探す。


 ……ギーッ ギーッ


 すぐさまその軋むような鳴き声の発信源に向かって走る。80メートルほど先、鳴き声は大きくなっていた。


「さて、どこかな、と」

 上を見上げ、もう黒色の集合にしか見えない木々をじっと見る。首が痛くなり始めたとき、小さく震えるように動く鳴き声の主を見つけた。


「おう、見つけたぞ」


 一番小さなキツツキである、コゲラ。木の葉にいる虫を食べているようだった。

 よし、この調子で見つけていこう。



 僕があのチームの中で出来ること。もちろん投枕の能力だって足りてないけど、まずは視力・聴力を上げなきゃいけない。僕がみんなの目の代わりに、耳の代わりにならなきゃいけない。「知りすぎた男セカンドサイト」は、あの4人のための能力だ。


 これは、そのための特訓。調さんにお願いして、試合までの間、1人で山に行かせてもらうように頼んだ。みんなが見えないものを見る、聞こえないものを聞く練習。感性を研ぎ澄ませて、最終戦に臨まなきゃ。



 …………キョー コー キョキョーッ


 お、この声はイカルだ! どこだどこだ、どこにいるんだお前。


 小学校時代友達とやったように、鳴き声を聞いて野鳥を探して、羽音を聞いて虫を探す。いつも当たり前のようにやってきた遊びを、今は部活のためにやっている。



 我ながら変な特訓。でもいいんだ。僕が仲間になっているメンバーは、全力で変なことやってる人達ばっかりだから。

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