Act.4-2 あの頃

 翌日、月曜日。夜7時。


 今日は美化委員会の会議が長引いて部活に出られなかった。先月のゴミ拾い運動に関するアンケート用紙を鞄に詰めて、校舎を出る。

 雛森戦に向けて、明日から練習しなきゃだな。


 途中で通った体育館はまだ賑やか。キュッキュッと床を踏む音、バンッバンッとドリブルする音。バスケ部がインターハイを目指し、練習に力が入ってるんだろう。


 バンッ! バンッ! ドンッ!


 体育館の隣、武道場。柔道部か、剣道部か。

 こんな時間まで練習してるのかな? 大会が近いとか?


 バシンッ! ドガンッ!


 ……違う。この音、聞いたことがある。

 何かをぶつけるような、何かを投げているような。


 ハッと気付いて、武道場に駆け寄り、こっそりとドアを開ける。

 そこには、調さん達がいた。ひたすらアンダースローを投げ込んでいる調さん、跳躍しての投枕を繰り返す緋色さん、茶羽織を使ったトリックを試している雪葉さん、壁の的に向かって距離をとって枕を投げている玲司さん。


「……おお、そーちょん!」

「おつかれ、爽斗」

 緋色さんと玲司さんが、気付いて挨拶してくれた。軽く会釈しながら、靴を脱いで中に入る。


「……どうしたんですか? こんな場所で」

 雪葉さんが武道場入口まで走ってきた。いつも汗をかきにくいと言っていた雪葉さんが、今は汗びっしょりになっている。


「私達がもう少し練習したいねって言ったら、湯之枝さんが用意してくれたの」

 後ろにいた、同じように汗びっしょりの調さんが続けた。

「剣道部主将は知り合いでな、部活後に貸してもらうことになったんだ。遅くまで使えるし、裸足で練習できるのも良い。お前にもメール入れておいたぞ」


 2人だけじゃない。玲司さんも緋色さんも、どんだけ枕を投げたか分からないくらいの汗をかいている。



 すごいな、と素直に驚くと同時に、1つの率直な問いが浮かんだ。

 何でだろう。何で枕投げに、ただの枕投げに、ここまで頑張れるんだろう。

 何でただの枕投げが楽しくて、僕も頑張らなきゃって、今思えてるんだろう。



 調さんが外の水飲み場に走った後を追いかける。

「あの、調さん、ちょっといいですか?」

 梅雨真っ盛りだけど空は上機嫌、かなり暗い中で生暖かい風が彼女の髪をフワッと撫でた。彼女と初めて会った日のことを、ぼんやりと思い出す。


「どうした? 先輩にイジめられてるとかか?」

「いえいえ、全然そんなことは」

 まあアイツらはイジメなんてしないな、と笑う調さん。


「あの、つまんないことなんですけど、調さんはなんで枕投げ部を作ったんですか? その……うまく言えないんですけど、なんで僕はこんなこと、いや、こんなことって言っちゃいけないんですけど……こんなことしてるんだろうと思っちゃって。その、別に辞めたいとかじゃないんですけど……なんで自分はこの部活で活動してるのか、こんなに楽しく活動できてるのか、っていうか……温泉旅行に行きたいって以外のどんな理由が僕を動かしてるのか、自分でもよく分からなくなって……それを知りたくなったというか……それで……」

 途切れ途切れにたどたどしく。自分の頭の中を言葉に吐き出す。


 それを遮ることなく、真顔でじっと聞いてる調さん。言い終わったのを確認してから、柔らかく息を吐いて穏やかな表情になる。


「ちょっと昔話になるけどな」

 調さんが、武道場のちょっと上、流れの速い雲を見ながら話し始めた。


「ワタシが小学校に入った頃、父さんは今とは別の会社で働いてたんだ。父さんは、同僚達と旅行に行くグループを組んでいてね、暇を見つけて近場の温泉とかによく泊まりに行った。家族同伴だったから、ワタシや母さんも一緒にな」


 スリッパのまま、ゆっくりと歩き出す。何歩か左に進んでは、すぐ戻ってくる。時折、話にリズムをつけるように足をタッタッと鳴らした。


「そこで出会ったのが、同僚の人の子どもだったミーコやリュージだ」

 雛森の桐ヶ谷美湖さんや、烏丸の汐崎隆司さん。そうか、その頃からの知り合いなのか。


「子どもだけで一緒によく遊んだよ。大人はみんなお酒飲んでるしな。トランプやったり、体操の真似事してみたり。他の人がやってるような普通の枕投げももちろんやった。その内に思いついたのが、かくれんぼと枕投げを合わせた、今ワタシ達がやってる競技なんだ」


 調さんの目線に釣られて上を見る。

 空には刷毛をかけたようにな巻雲が舞っていた。


「もちろん、今みたいにトランシーバーがあったわけじゃないし、旅館内を走り回ってたわけじゃない。自分達の部屋とその階だけくらいだったかな。押入れに隠れたり、自販機の横に座って待ち伏せしたり。親達が酔って寝るのを待って、こっそりやったこともあったよ」

「楽しそうですね」

 お世辞じゃなくて本心が口をつく。無邪気な年頃でそんな遊び、面白くないはずがない。


「ああ、楽しかった、すぐ終わったけどな」


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