第4部 温泉部の青春

Act.4-1 臨む一戦と、通知と

「結果が出たぞ」


 日曜の朝だというのにピシッと制服で部室に来ている僕達3人。どことなく上の空でスマホを見ていると、そこに調さんが入ってきた。

 朝方に止んだ雨が、彼女の声に驚いたかのように窓を滑り落ちる。


「烏丸が連勝だ」

「さすがですね」

 予想通りだったのか、雪葉さんがどこか安堵したように頷いた。



 烏丸との敗戦から2週間。先週僕達は、予選第2試合で外山とやま高校と戦った。


 雨が降っていたこともあり、雨音が足音を消す中で、僕の聴力は割と役に立つことができた。順調に相手を倒していき、無事に勝利。掛戸は1勝1敗とした。


 一方、僕達を破った烏丸は昨日、駒栗美湖さん率いる雛森と対戦。僅差で勝利し、2連勝を飾った。



「よし、じゃあ、今こんな感じだな」

 玲司さんが、掛戸・烏丸・雛森・外山の4校トーナメント表にサインペンで白丸・黒丸を加える。


「全チーム1試合残して、烏丸が2勝、外山が2敗。ここが次の試合で当たるけど、ほぼ間違いなく烏丸が勝つだろうな」


 これで烏丸の決勝トーナメント進出と外山の敗退が決まった。


「で、1勝1敗同士の掛戸と雛森が、次に戦う、と」

「勝った方がグループ2位で決勝トーナメント進出ぞよ!」

「ああ、シンプルでいいな」

 緋色さんが腕を回す横で、調さんがニヤリと笑った。



「来週は烏丸と外山だから、ワタシ達の戦争は2週間後だ。みんな、それまで全力で準備するぞ」

「はい!」

 2週間か。平日は授業もあるし、あっという間だろうな。



「ところで、今日は戦況だけ確認するために集まってもらったが、この後どうする?」

 お、これはあれですか? みんなでお昼にファミレスでワイワイやるような――


外連そとれんしましょう! な、雪?」

「ええ、私もやりたいと思ってた」

「ひぃも! 雨もあがってるし、体鈍らせたくないぞよ!」


 ですよね。浴衣着ますよね。日曜なのに校庭走っちゃいますよね。外で野球部試合してますけど。保護者が見に来てますけど。


「ふははっ! そうだな! じゃあ今から練習といこう!」

 知ってる。そんな気がしていた。だから僕も、練習着持ってきちゃったんだ。

「今日は気温も涼しいし、枕日和だな」

「ゆーのさん、枕日和って響きが良い!」


 わらわらと部室の外に出る。廊下を歩きながら横の壁を見ていると、掲示板コーナーでインターハイ予選のポスターを目にした。


「ああ、そういえば運動部はインターハイ予選の時期だよな。爽斗のクラスでも誰か出るのか?」


 バスケ、サッカー、テニス、野球のプレイヤーのシルエットが載ったそのポスターを見ながら、玲司さんが僕に訊いてくる。



「あ、いえ、バスケ部のヤツとかいますけど、1年ですし、試合はないかなって」

「ん、確かにな。人数多いし、うまくいけば補欠ってところかな」

 前を歩いていた緋色さんがぐりんっと振り向く。


「そーちょん! 枕投げ部は全国に8校しかないからな! そーちょんは全国ベスト8のレギュラーぞよ!」

「それを誰に誇れと!」

 他にやってる人がいないからギネス記録になってる人みたいな。


「爽斗、テニスで思い出したんだけど、ラケットぐりぐりと女の子のお腹に押し付けてお腹に網状の跡つけるの最高じゃないか?」

「誰もテニスの話してません!」


 くもっちの頭の中を覗いてみたいぞよ、と言う緋色さんにつられて笑いながら、縦一列になって階段を降り、シューズロッカーに向かった。




***




「ぐはあ、疲れた!」


 夕方少し前。家に帰って来て、そのままベッドに倒れ込む。さっきまで投げていたのより随分柔らかい枕が、僕の顔をふにゃりと受け止めた。


「調さん、メチャクチャ張り切ってたもんなあ」


 野球部の対戦相手、および保護者一同に見事に奇異の目で見られながら、浴衣姿での練習を終えた。変人を通り越して、何かの宗教に間違われた可能性すらある。


「……ううん」

 スマホのロックを解除し、SNSで雪葉さんとのトーク履歴を見る。見ているだけで、何だか全身の力が抜ける。



 送らなきゃいけない用は何もないけど、何か送りたい。必死に用事を探す僕の脳はやがて、「送らないでうじうじするくらいなら何もなくても送れ。どうせストレス溜まるんだから」と都合良く自分を鼓舞し始めた。


『今日はお疲れさまでした。調さん、やる気全開でしたね。笑 明日から学校なんて、体がしんどそうです』


 続いて、パンダが寝込んでいるスタンプを送る。



 「笑」をつけるかどうか、「!」をつけた方がいいか、どんな締め方なら返事をしやすいか。短い文章を自分なりに必死で推敲して、送るかどうかやっぱりまた悩んで、深呼吸から息を止めて、「うりゃっ!」と送信する。雑談してもいいのか、雑談するような関係なのか、ぐるぐると思考が回って、送った文面を見たくなくなって画面を伏せる。



 そしてどうでもいいネット記事を見る。ニュースが知りたいんじゃない、通知を見逃したくないだけ。時折アプリを切り替えては、よせばいいのに既読になっていないかを確認する。



 そしてうだうだと時間を消費し、なんとはなしに明日の授業の準備をしようと鞄を手にしたら、バイブが通知を知らせる。



「おうっ!」


 叫びながら、タオルケットが抱いていたスマホを奪い取る。そういう競技があるのかと思うような速さでロックを解除し、SNSを開く。


『夏肌うるおいケア! 今だけの特別セットをチェック!』


 スタンプ欲しさに登録した化粧品メーカーのニュース。そのままベッドに投げ捨てた。



「はあ…………」


 一人で盛り上がって、一人で振り回されている。そんな僕を俯瞰で見ている心の自分が、呆れるように苦笑いする。


「インターハイかあ」

 椅子に座ってくるくると回りながら、気分転換にポスターのことを思い出す。全国優勝目指して戦う……カッコいいよなあ……僕達の部活とは違うなあ……。



 そして脳内の記憶はアングルが変わって、そのポスターを一緒に見ていた玲司さん達を順番に映した。緋色さん、調さん、そして……。



「だーっ! シャワー!」


 このままじゃ待ちくたびれて溶けてしまいそうになって、着替えとスマホを持って部屋を飛び出す。


『今日は結構ハードだったね。笑 明日からも頑張ろうね』



 そんな返信と、猫が「お疲れさま」と魚を差し出してくれているスタンプが届いたのはシャワーを出た直後で、僕は興奮のあまり、部屋着のTシャツの前後まえうしろを間違えたのだった。

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