Act.3-8 「剛腕」との対峙

 何だこの展開は……至近距離、どころか20センチの距離に相対してるのに、向こうは気付いてないし、こっちは連絡も取れない。


 今はとにかく気付かれないこと、相手がここを去るまでは絶対音を立てないことだ。この状況で見つかったら勝負にならない。今は枕も持ってないんだから。


 体勢は苦しいけど、息も抑え気味。今まで開けていたフタをゆっくり、ゆっくりと閉める。フタが半開きだってことに気付かれたら怪しまれる、そんなリスクはなるべく消しておきたい。トランシーバーに触れっぱなしだった手で、電源ツマミもオフにした。


 もう相手の顔も見えない。頼れるのは、聴覚の落ちた耳だけ。圧迫された胸の心音を無視するように、ゴミ箱の外の音に耳をすませる。


 動いちゃいけないと分かってるけど動きたくなる。そんなどうしようもない衝動をグッと抑えてグッと縮こまりながら、細く細く呼吸をする。



 …………………………。



 もう何分経っただろう。こんなに時間がゆっくり流れることがあるんだな。窮屈な姿勢を続けたせいか、或いは酸素が薄くなってきたせいか、頭がボーっとし始めた。

 ここでアウトになったらムダ死にだ。早く行け、行ってしまえ。



 ……………………………………。



 コイツ、いつまでいる気なんだ。敵を見つけられないなら他のフロアに行けばいいのに。

 いや、ひょっとしてコイツ、僕に気付いてるのか? 気付いてて、わざと僕に拷問のような仕打ちをしてるのか? 僕がフラフラになる様を楽しんでるのか?


 寧ろひょっとして、調さんとグルか? グルで僕をいじめているのか? 先輩から1年生へのキツい洗礼ってヤツか。いやいや、そんなはずはない。思考がおかしくなってきたな。



 ………………………………………………………………。



 ああ、神様、ごめんなさい。いつも緋色さんや雪葉さんや調さんを見てはみだりに淫らな妄想を展開してしまってごめんなさい。罰を与えてるのでしょうか。でも、そのくらいは許してくれませんか? 高校生の他愛もない可愛げのある若気の至りとして片付けてくれませんか?


 今後はなるべく自粛しますので、何卒相手をこの場から遠ざけて下さい。そしてこの僕に思う存分呼吸をさせて下さい。深くは望みません。マズローの欲求だか何だかでいうところの最低段階、生理的欲求です。



 被害妄想にズンドコズンドコと躍らされていると、目の前から「分かった、向かう」と声がした。続いて、小さい足音。


 行った! よし、行ったぞ! 僕の勝ちだ!


 ん、待てよ? 今の声、明らかに男だったよな? 砂元さんと波待さんは倒してるから……。


 フタをゆっっくり開けて久しぶりに外界を見ると、そこに浴衣は見えなかった。

 腕をくねらせてトランシーバーの電源を入れ、調さんに連絡する。


「調さん、今まで僕の目の前に隆司さんがいました。移動したばっかりです」

「そうか、リュージはそこにいたのか。ありがとな」


 よし、後はここから出るだけだ。……って、出ていいのか? 本当にいないのかな? もし近くにいたら、ゴソゴソしてるうちに見つかったりしないかな?


 悩んでいると、奥の方からタッタッタと走る音。調さんのだとすぐに分かったその足音は僕の前を通り過ぎ、しばらく進んだところで足音が止んだ。


「リュージ」

「おう、シーラか」

 2人の挨拶を聞きながら、出るタイミングを伺う。ううん、今出てもいいのかな……。


「ここに暫く留まってたからな、さすがに見つかるか」

「うちには優秀な1年がいるんでね。灰島、出てこい」


 少し大きめの声で僕を呼ぶ調さん。返事をするようにゴミ箱からゴソゴソと出る。

 久しぶりに立ち、軽く伸びをしながら調さんのところまで走った。



「……驚いたな。まさかそんなところに隠れてるなんて」

 目を丸くして、深夜ということも気にせずに大声で笑う。


 敵将、汐崎隆司さん。五帝の1人「剛腕」。相当に鍛えているであろう大柄の体に、理髪店のカットイメージになれそうな見事な角刈り。自信に満ち溢れた笑みは、2対1にも拘らず全く焦っていない余裕の表れ。


「灰島、だっけ。いやあ、俺も結構長いこといたんだが、ずっとあそこに入りっぱなしだったのか、大したヤツだ。やっぱり、序盤で時雲君と一緒にいたときに潰しておくんだったよ」

 そういえば、玲司さんと共闘した後に何発か狙われた。そうか、あれは隆司さんだったのか。


「うちのメンバーも手強いだろ? 特にソラとレミのコンビはなかなか期待できる」

「ああ、うちの灯はその2人に倒されたようだな」

「今頃、下の階で他の敵を狙ってるだろう。『一対一双ツインツイスター』は強力だぞ」

「いや、それはないよ」

 調さんが階段の方に目を遣る。


「ワタシが今、片割れだけ倒しておいた。もう片方は泣きながら逃げたから仕留め損ねたがな」

 少し黙った後、隆司さんはさっき僕を見たときと同じくらいの声で笑った。


「相変わらずだな。さらっと消しちまいやがる」

「ふふ、敵がウロウロしてたら狩らないと気が済まないからな」

 調さんは目をフッと閉じ、続けて口を開いた。


「さて、リュージ」

 ギンッと見開いた目でニヤッと笑いながら、後ろに下がって隆司さんと距離を取る。

 ……どうやら、ここで勝敗が決まりそうだな。


「久々に倒させてもらうぞ」

「こっちの台詞だ。シーラから来いよ」

 投枕体勢に入る調さん。片方の枕を床に置いて大きく息を吸う。枕を持ってる右手をピンと伸ばし、左足を一歩引いた。


「よく寝な」


 右腕を前から上にあげ、ぐるっと1回転。その勢いを乗せて、アンダースローで枕を放つ。「軌道確保スケート・ストレート」。



 ガンッ!



 重いそばがら素材とは思えない、さっきの雪葉さんのニセ枕くらいのスピードで飛んでいったその枕は、隆司さんと調さんのちょうど真ん中で地面に落ちた。


「腕上げたな、シーラ。スピードが速くなった」

「ありがとう。だが、それを止められるってことは、リュージのも速くなったってことだろう?」


 調さんの枕を……撃ち落とした……?


「調さん、今の……」

「リュージの技だよ。『遠隔相殺イコールゼロ』、相手の枕のスピードを完全に殺すパワーはもちろん、放たれた後で軌道を見切って投枕しても間に合うだけの瞬発力が必要だ」



 ……調さんの放った枕の弾道をあんな一瞬で見極めて、自分も枕を投げて撃ち落としたってことか……そんなことができるなんて……。

 凄まじい武力の「剛腕」、その異名がつくのも頷ける。



「でもリュージ、相変わらず成功率100%じゃないんだろう?」

「当たり前だ。そんなことができるなら弾切れにならない限り負けなしだろ。今だって、技が決まらなかったら避ける気だったしな」


「……もう1回同じことできるか試してみるか?」

 床に置いていた枕を拾おうとする調さん。全く同じタイミングで、隆司さんの左手が動いた。


「2発目は打たせねえ!」

 調さんのように腕を回してない、軽いモーション。そこから放たれる枕はしかし、調


 当たり前だ、調さんが投げた後に投げても間に合う瞬発力で繰り出してるんだ。同じタイミングで投げたら隆司さんの方が速いに決まってる。


「くっ……!」

 後ろに跳んで回避する調さん。抱えていた枕を背中に回してショックを吸収し、ゴロゴロと転がる。

 すぐに起き上がろうとするが、そのタイムラグは隆司さんにとっては十分すぎた。



「勝たせてもらうぞ!」

 這うように低い姿勢で走り、「遠隔相殺イコールゼロ」で使った枕を拾う隆司さん。


 マズい、調さんの防御が間に合わない!


「させるかあああ!」


 敵の斜め横から精一杯の力で枕を投げる。だが、僕のなんてことないただの一投は、踊るかのようなステップ2歩で躱された。


「甘えぞ、灰島。俺を殺すつもりなら、このくらいやることだ、なっ!」


 枕を持った腕を後ろに振り、掛戸の大将めがけて一撃を放つ。


「調さん!」


 気が付くと、レーシングカーのように迫ってくる枕に向かって飛び出し、それをお腹にぶつけていた。殴られたような衝撃に、軽くむせる。


「ぐふっ……!」

「灰島!」


 しゃがんで呼吸を整えながら目線を前に向けると、隆司さんは撃ち落とした調さんの枕を拾っていた。


「1年、覚えておきな」


 刺すような目でちらと僕を見て、口を開く。相変わらずの、不敵な笑みで。


「この戦争に勝つためには、守ってもらうだけじゃダメなんだぜ」

「くっ…………!」


「リュージ! 寝ていろ!」

 その一瞬の隙をついて、調さんが「軌道確保スケート・ストレート」を繰り出す。風を切る音とともに直進する枕。だが。



「急いで打ったな、シーラ。スピードが足りねえ!」



 ガンッ!



 憎らしいほど鮮やかにその枕を撃ち落とす「遠隔相殺イコールゼロ


「でもまあ、掛戸も烏丸うちも、ほんの僅かな差だ」


 前進しながら枕を拾い上げ、すぐに豪速で投げる隆司さん。恐ろしい速さのそれは、丸腰の調さんの胸にドンっと飛び込んだ。


「……やられたよ、リュージ。次は全力で狩る」

「おう、いつでも来い」



 こうして、桔梗杯予選、僕達は初戦にして痛い1敗を喫した。






「………………」

「……………………」


 帰りの電車も、全員が無言。

 僕もまた、自分の無力さに、敵将を前に何もできなかった不甲斐なさに、言葉を口にする気になれない。


 いつもは人並み以上に拾える乗客の会話も、なんだかぼんやりと遠くに聞こえた。

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