Act.3-7 男子高校生 in ゴミ箱

 トンッ……トンッ……


「緋色さん、足音です!」

「逃げるぞよ!」

 別館5階から連絡通路を渡りきり本館へ。そこからさらに8階まで上った。


「ふう、なんでひぃ達がここにいることがバレたんだ? 跡つけられてたかな?」

「いえ、追走する音は聞こえませんでした」


「おい、大丈夫か桑。今どこだ?」

 イヤホンの中で心配そうな声を出す玲司さん。

「今、本館8階の非常口近く。さっきはレミとソラに強襲受けたぞよ」

「つけられてたってことか?」

「そんなはずはないぞよ。そーちょんも足音聞こえなかったって言ってるし、たまたま移動先にひぃ達がいたのかも。ねえ、くもっち、このままひぃ達は2人で行動した方が良いのかな?」


「桑はどうだ? 正面から当たって勝てると思うか?」

 また作戦会議が始まる。会議の内容は後で緋色さんに聞けるから、僕は僕のやるべき仕事をしよう。


 イヤホンを外し、耳をすませる。

 何かがリーンと鳴っているような感覚が襲ってきて、すぐに止む。

 緋色さんの声、緋色さんのイヤホンから漏れる玲司さんの声。その2つを意識外におき、聴覚の糸をフロアの中に伸ばしていくイメージ。


 十数秒して、足音が聞こえてきた。しかも、1人じゃない。

「緋色さん、来ます」

 肩を叩いて知らせる。


「ホントか、そーちょん。今来たってことは、やっぱりすぐに追ってきたわけじゃないってことだよね?」

「そうですね」

「ってことはアイツら……」

 目線を思いっきり上にして、考えを巡らせる緋色さん。やがて、フンッと軽く鼻を鳴らして笑った。


「そーちょん、もっかい逃げるぞよ」

「え、あ、分かりました」

 足音が大きくなる前に、音を立てないように逃げ出す。


 階段で本館4階まで下り、フロアを半周して階段から離れた。パソコンが置かれているスペースに身を隠す。電源は切られていて、「インターネット有料」の紙が白く光っていた。


「緋色さん、何か考えたんですか?」

「まあ見てなって」

 口元をキュッと上げて笑みを浮かべながら、トランシーバーに手をかける。


「こちら、古桑緋色ぞよ」


 ……フルネーム……?


あ、そうか、盗聴か!



「今は本館2階ぞよ」

 チャンネルやグループを変えずに、嘘の報告をすることで相手を撹乱させる。今回の試合では実際の階より2つ数を減らすルールだ。


「オッケー、分かった」

 玲司さんも心無しか声が弾む。僕達が狙われていた謎が解けたからだろう。


「盗聴だったんですね」

「多分ね。確証はないぞよ」

 枕を置く緋色さんに話しかける。


「そーちょんが足音聞いてないって言うなら、きっと跡つけられたんじゃないからさ。そこら辺はそーちょんの耳を信じてるぞよ!」

「へへ、ありがとうございます」


 こんなに信頼されると照れるな。でも、素直に嬉しい。



 そして、しばらく待っても、レミさんソラさんペアは現れなかった。


「赤鬼・青鬼は来ないな、やっぱり盗聴だったぞよ。今頃2階でウロウロしてるぞよ!」

 いや、鬼って何ですか鬼って。



「こちら本館1階、湯之枝調。灰島、応答しろ。お前、2階にいるんだな?」


 緋色さんとこの後の動きについて話していると、調さんに呼ばれた。


「は、はい、こちら灰島爽斗。2階にいます」

 盗聴対策は継続中。実際は調さんは3階、僕は4階にいる。


「よし、好都合だ。灰島、ちょっとコンデスの前に来て、ワタシと合流してほしい」

「あ、はい、すぐ向かいます」

 置いていた2つの枕を抱えながら、お別れの挨拶。


「そーちょん、生きてまた会おう」

「だからなんでいちいち命が懸かるんですか」

 真顔で言わないで下さい。


「じゃあ緋色さん、また」

 階段を下りて、コンデスに向かう。


 コンデス、即ちコンシュルジュデスク。これだけ広い旅館だと、毎回受付に行って質問やお願いをするのは大変だし、電話での対応にも限界がある。


そこで桔梗苑では、各フロアにコンシュルジュと呼ばれる総合お世話係みたいな役を置いている。彼らが常駐している、教壇のような机がコンデスだ。


 デスクについたものの、まだ調さんは来ていなかった。誰もいない机の前で、なるべく目立たないように縮こまって座る。目立つ場所だから、あんまり長い時間ここに留まってたくないんだけどな。


「早かったな」

「がっ…………!」

 机の下、コンシュルジュがいつも座っている場所からニュッと出てきた調さんに死ぬほど驚く。思わず漏れた声は、すぐに口に手を当てて、なんとか止めた。


「ふははっ! そんなに驚くことでもないだろう」

「驚きますよ! 心臓止まるかと思いましたよ!」

 どこのホラーアトラクションだ!


「まったく。で、何かあったんですか?」

「ああ、敵を減らそうと思う。多分盗聴されてるから、今は下の階が捜索されてるはずだ。いずれこの階にも上ってくるだろう。お前に見つけるのを手伝ってほしい」

「分かりました」


「安心しろ、お前が隠れられそうな場所を探しといたからな」


 そういって、屈みながら調さんの後ろを歩く。


 案内されてやってきたのは、トイレと少し間隔を空けて隣合っている、自販機コーナー。


「あの、ここ明るいから目立ちません? 前に調さんがやったみたいに自販機の上に乗ったりするんですか?」

 確かにここならフロア全体見えそうだけど。


「いや、このコーナーにずっと隠れてるのは無理がある。これだ、これ」


 調さんが指差しているのは、フタがパタパタと奥に開く、ビン・カン用の大きなゴミ箱。


「ちゃんとさっき、中にゴミがないことを確認しておいた。さすが、掃除が行き届いているな。さあ、入ってくれ」

「そんな軽いノリで言われても!」

 0.5秒でツッコむ。



「どうした灰島? ああ、別に女子の前だからって恥ずかしがることはないぞ」

「男子女子とかいう問題じゃないんです!」

 もっと人間的にさ。人間の尊厳的にさ。


「このパタパタ開く部分から覗くといい。見つけたらシーバーで連絡しろよ」

 そう言いながらゴミ箱の上の部分を取り、急かすように僕を箱に詰める。


「ちょ、ちょ、ちょっと調さん!」

「おお、なかなか似合うじゃないか」


 頭をポンポン撫でながら、マトリョーシカのようにちんまりと箱に詰まった僕の上から上の部分を閉める調さん。


ゴミ箱が似合うと言われて喜ぶ男子高生が世に何人いるだろう。

いや、その前にゴミ箱が似合うと言われる男子高生が何人いるだろう。

いやいや、そもそもゴミ箱に入る男子高生が何人いるんだって話で。


 ゴミの投入口を少し開けて、外を覗く。調さんの帯が見えた。

「枕はワタシが持っておこう」

「……はい……」

 物理的に武器の携帯を許されない、無防備な僕@ゴミ箱。


「じゃあ灰島、よろしくな」

「……はい……」

 特に感謝の言葉も謝罪の言葉もなく、いつもの態度で調さんは去っていった。


 うーむ、見えることは見えるけど、そんなにすぐ見つかるかな。まだしばらく下の階にいるんじゃないかな。

 イテテ、狭い。この体勢でトランシーバー使うのは大変だ。そして何より、部活中にゴミ箱に入るとは思ってなかった。何種類もの不安とショックが箱の中に渦巻く。


 目を凝らして左右を見るけど、敵どころか調さんがどこに行ったかも分からない。

 これはもう、拷問なんじゃないだろうか。


 いつの間にか試合終わってて、でも僕だけ忘れられたまま、僕もすっかりこの箱に体が馴染んで寝ちゃって、朝掃除のおばさんに悲鳴とともに発見されるようなことになったりしないだろうか。青春の1ページが大分どす黒いインクで汚れるな……。



 ゴミ箱に入りながら、憂鬱な妄想を繰り広げて5~6分経った頃。

 目線の直線状、40メートルくらい先の暗闇に、人影が揺れた。

 よし、見つけた!


 急いで調さんに連絡しないと。うう、窮屈すぎてトランシーバーを口まで持っていくだけで一苦労だ。


 手をゴソゴソ動かしながら、ふと視線を元に戻す。

 さっきの影が、明らかに近づいてきていた。

 しまった、耳がゴミ箱に押しつけられて足音が聞き取れなかったぞ……こんな速さで移動してるなんて思わなかった。


 どんどん近づく影にトランシーバーを触る手を止める。下手したらここにいるのがバレるな。


 影はどんどん接近してきて、僕の、否、ゴミ箱の前に立った。目の前に、猫の足跡のような浴衣の白い柄が広がる。


 …………っ! ヤバい、見つかったのか! 最悪だ!



 しかし、そこから相手の動きがない。




 待って、ちょっと待って……まさか相手も、ここに隠れて敵を探す気かよ……!

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