Act.3-5 アクロバティック対決

「ふふっ。ナミー、面白いぞよ」

 敵の避けるスピードと同じくらいの速さであだ名をつけ、緋色さんが笑う。

「古桑さん、君の金髪は暗いところで見てもはっきり分かるね」

 波待さんもクスクス笑っている。相変わらず、どんな目をしてるかは見えない。


「まあ、楽しくいこうぞよ!」

 2つのうち片方の枕を置いて、緋色さんは走り出した。


 途中でバッと横に飛びながら、枕をシュルルッと足に向かって投げる。

「僕も負ける気はないけどね」

 波待さんはそれを高い垂直跳びでかわし、その体勢から枕を放る。ほぼ伏せた状態だった緋色さんは、バク転で避け、敵の枕を拾って投げ返す。

 敵はフフッと笑いながら、柱を駆け上がって跳んだ。


 しなやかに着地した波待さんは、そこにある枕を2つ拾って体勢を立て直しながら投げる。緋色さんは手も使わずに側転して、枕を壁に当てさせる。

 落ちた枕をすぐさま拾い、緋色さんが放った枕は、たった今の動きを真似するかのような相手の側転でかわされた。


「すごい……」

 思わず小声の呟きが漏れる。

 身軽な2人の華麗な勝負を目の当たりにし、黙って横から見守る。僕が加勢して投げたところで避けられてしまうだろうし、緋色さんの攻撃ペースを乱してしまうのも憚られる。他の敵を探しにここを離れた方がいいのだろうけど、あまりにも2人の戦いが綺麗で華麗で、正直目を離したくなかった。


「なかなか決着つきませんね」

 3~4分くらい経っただろうか。緋色さんも波待さんもノンストップで戦いを続けている。緋色さんがサイドスローで床を這うように投げた枕を、前方宙返りでかわす波待さん。お返しに緋色さんの胸元に投げられた枕を、ハリウッド映画さながらに体を後ろに反らして避ける。


 これが枕投げなのか……枕投げってこんな鮮やかなゲームだったのか。中学のときに京都の旅館でやったのは何だったんだ……。



「うりゃっ!」

 強烈な勢いで地面を蹴り、幾重にも重なる前方宙返りをする緋色さん。3回転半くらいで、丸まった体から卵を産むように枕が飛び出て、そのまま波待さんに向かっていく。


 学校での練習でも何度も見たけど、やっぱり「回って放ってローリングドール」の威力は凄い。


「くくっ」

 しかし、波待君は垂直に跳んで2回前方宙返りしつつ、その枕をかわす。笑いながら、「僕も同じことできるよ」と言わんばかりのアクション。

 跳んでいる間に、緋色さんは波待さんの後ろに移動していた。よし、着地して向き直る前に――


「僕の番だね」

 後ろを向いたまま、緋色さんの方を見ることなく、左腕を背中側に旋回させる。いつの間にか宙に放っていた枕に裏拳がヒットし、枕を構えようとしていた緋色さんに襲いかかった。


「どわっ!」

 倒れ込むように避ける緋色さん。旋回した勢いのまま体を反転させ、彼は緋色さんと向き合った。


「『裏見っこなしバックハンド』、僕の技も結構良いだろ?」

「……うん、やるぞよ、ナミー」

 敵も技名つけてるのかよ! でもってみんなネーミングセンスすごいな!


「古桑さん、仕留められそうな気がしてきたよ」

「ふん、ひぃにはあかりんとそーちょんがついてるぞよ。軽く見ないでほしいね」

 ニッと笑う緋色さん。半笑いの口に鋭い眼光、さながら獲物を見つけた肉食動物。


「そこの2人のことかな? あの2人のスローな攻撃なんか、僕には当たらないよ。君こそ僕を軽く見ないでくれるかな」

「痛い目見ても知らないぞよっ!」

 枕を持って突っ込んでいく緋色さん。


 一瞥もされずにバカにされたけど、反論できない。今の僕の攻撃なんか、波待さんは片足でも避けられるだろう。


「うおりゃ!」

 高いジャンプから繰り出した枕を、波待さんはスライディングをしながら避け、そのまま持っていた枕で反撃する。


 緋色さんは着地と同時にバック転で反撃をかわし、地面に戻した足で落ちてる枕を上へ蹴り上げ、掴んですぐさま投げる。その枕はリンボーダンスのように状態を逸らした敵の上を直進していった。


 多種多様なアクションの応戦。食い入るように見ていると、時間が1分、また1分とあっけなく通り過ぎていく。


「なんか……長引きそうですね……」

「そうね、枕が重いのが原因かも。2人とも身軽な分、力はあんまりない。そばがらは結構重いから、どうしても投げるスピードは調さんみたいに速くできないのよ」


 試合を解説するかのように、少し大きな声で話す雪葉さん。聞こえているはずの緋色さんと相手にはさすがに疲れが見え始めていて、肩で息をしていた。迂闊に攻め入れられないようにするためか、2人の間の距離は10メートル以上広がっている。


 少し目線をこっちに向けている敵に、雪葉さんが続けた。

「ねえ、波待君、アナタもアクロバティックに避けられるんだよね。じゃあ――」

 そう言って、持っていた枕を構えて上手うわてから投げる。



 ヒュッ   バンッ!



「なっ………!」

 手を離れた枕は、緋色さん達が投げてた倍以上の速さで相手の肩の横を掠めた。

 

 …………え、何? 何が起こったんだ?

 何で雪葉さん、あんなスピードで投げられるんだ?


「なん……なんで…………っ!」

 敵も想いは同じらしい。風で髪が揺れてようやく現れた彼の目は、大きく見開いていた。


 何が起こったか分からず、動きを止める敵。そして、その一瞬の隙を、緋色さんが見逃すはずがない。


「ナミー、相手はこっちぞよ!」


 数分前と同じように、地面を蹴って高く跳ぶ。

 しかし、。驚くような高度の幅跳び。跳んだ勢いのまま、駆けるように両足を動かした。


 緋色さんにだけ渡れる透明な橋があるかのように空を走り、6~7メートルあった波待さんとの距離を一気に縮める。



「やっ!」

 空中闊歩の着地前に投げた枕は、ボフッと相手の膝に当たった。

「やったぞよ!」

 喜ぶ緋色さんに、雪葉さんと一緒に駆け寄る。


「緋色さん、すごかったですね、今の技!」

「ああ、今の?」

「久しぶりに見たわ。緋色ちゃんの『愛ある月面歩行ハネムーンウォーク』」

「アレがギリギリできる間合いを保ってたからね」

 やっぱり名前あるんですね。しかも微妙にカッコいい。


 と、そうそう。注目してたのはそこじゃなかった。

「どうして、あんなスピードで……」

 雪葉さんが投げた枕を呆然と見る波待さん。


「ふふ、それね、枕じゃないの」

 雪葉さんが相手の横を通りすぎ、枕、否、枕じゃないという何かを拾う。

「私が作った特製ニセ枕。予備のシーツを丸めて作ったの。パッと見は分からないでしょ?」


 ……ん? シーツで作った枕……?

 あ、それ、前に僕が電話で話したアイディアだ!

 冗談で言ったつもりだったのに、ホントにやってくれたんだ!


「『彼女の隣に偽枕シーサイドシーツ』。まあ、当たってもアウトにはならないから、驚かせるしか効果はないけどね」

 そっか、だから敵に当たるギリギリのところを狙ったんだな。


「どうだナミー、足音でお前を見つけたそーちょんと、トリックの天才あかりんだ! ナメてもらっちゃ困るそよ!」

 ビシッと指を差す緋色さんに、波待さんはまた目を髪で覆ってクックッと笑った。


「そうだね、悪かった。次戦うときはタイマンで確実に殺していくよ」

 言いながら、枕を持って別館の階段を上がっていく。よし、これで5対3だ。


「あかりん、すごいぞよ! ナイスアイディア!」

「ふふ、灰島君にもらったアイディアなんだけどね」

「そっか、そーちょんナイス!」

 死闘を制して上機嫌の緋色さんが、トランシーバーを口に近づける。


「こちら別館2階、緋色ぞよ! 1人倒した!」

「おお、そうか。古桑、よくやったな」

「いえいえ、ゆーのさん! あかりんがすっごいトリックを使ったおかげです!」

「ふははっ! そうか、ステキなトリックか!」

 調さんの元気な声が迎える。


「桑、爽斗も一緒なのか?」

「うん、そーちょんもあかりんも一緒ぞよ!」

 玲司さんの声に、軽くジャンプして体を整えながら返事する緋色さん。ジャンプを喜ぶように球体の胸が踊る。

 うん、女性の胸には希望が詰まってるって話は、強ち間違いではないらしい。これを生きる希望と言わずして何と言おうか! いいや、他に適切な表現はなかろう!


「そっちは3人で固まってるんだな」

「うん、たまたまね。玲司君、私達、またバラバラになって行動するから」

「ああ、何かあったら連絡してくれ」


 通信を終えて、改めて3人でハイタッチをしようとした、その時。


 トンッ


 渡り廊下からしっかりと足音が聞こえた。消そうという意志が感じられないその足音は、さながら「今から行くぜ」という宣戦布告。



「足音、鳴ってますね」

「うん、ひぃにも聞こえるくらい大きいぞよ! じゃあ、隠れないで待ってようか」

「そうね。堂々と来てもらってるみたいだし、ちゃんと迎えてあげましょう」




 やがて、耳に届く足音は分裂を始め、相手が1人でないことを知った。

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