Act.3-4 死と隣合わせの

「ビックリした。古桑さんのアクションに気をつけようとは思ってたけど、君もできるのかと思ったよ」

「へへ……まあハッタリです。気をひければ何でも良かったんですけどね」

 苦笑いしてる砂元さんに、苦笑いで返事する。


「まさかあんなに堂々と失敗するとはなあ。すっかり集中力切らしちゃったよ」

「体張った甲斐がありました」

 芸人並に体痛めました、はい。


「じゃあ、頑張って。汐崎先輩は強いよ」

「大丈夫です、調さんも強いです」

 お互いの大将を讃えつつ握手。アウトになった砂元さんは、枕を持って部屋に戻っていった。


「桑、爽斗はナイス宙返りだったぞ。俺が砂元を殺すために気を引いてくれた」

「おお、そーちょん宙返りできるようになったのか! すごいぞ!」

「できてないです!」

 玲司さん、誤解されるようなこと言わないで下さい!


「波待が逃げたんだけど、別の仲間を呼ぼうとしてた可能性もある。いぬは今の時点では高層階に群れてるかもしれないな。雪、お前もトリックプレイするときは挟み撃ちに気をつけろ」

「なるほど、あまり騒ぐ狗は感心しないわね。湯之枝さん、湯之枝さんが高層に陣取ることが多いこと、向こうに知られてる可能性もありますね」

「まあ、ワタシもそこまで弱くはない。ただの狗なら蹴散らすまでだ」


 ねえ、皆さん。どさくさに紛れさせるわけでもなく、はっきりと敵の高校生を狗呼ばわりしてますよね。雪葉さんも調さんも、一応女子高生ですよね。




「とりあえず俺らは別れて行動しようと――」


 バンッ!


 僕の真向かいにいる玲司さん。その玲司さんの僅かばかり後ろに、枕が鋭く飛んできた。


「爽斗! 逃げるぞ!」

 僕が反応するよりも早く、怒鳴るように叫んで階段に走りだす玲司さん。目をカッと開くその表情は、いつもの試合中の冷徹にも見える笑みとは全く違うものだった。


「急げ!」

「は、はい!」

 ダッシュで玲司さんを追う。いつもはヒンヤリ感じる素足も何も感じない。地面への接着時間が短いからか、狙われることへの怖さからか。


 その足に向かって、バンッと枕が飛んできた。

「うわっ!」

 間一髪で当たらずに済んだ。


 誰かが僕らを狙ってる。誰だ、誰が狙ってるんだ? 砂元さん達との戦闘に夢中で全然気配に気付かなかった。くそっ、まさか敵がいたなんて!


 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ! 早く逃げなきゃ! 怖い、怖い、怖い!


 重い枕を2つも持ってることなんて意識の外に置きざりにするほどの全速力、陸上部のようなストライドで、5階まで一気に下りる。


「ハァハァ……うくっ……玲司さん、さっきのは……」

「…………上からか同じフロアからかは分からないが……ハァ……危うく殺されるところだった……」


 2人で通路途中の窪みに倒れこむ。急な疾走と「いつまた襲われるかも」という恐怖心で、動悸はしばらく止みそうにない。


「よし……少し様子を見よう。ひょっとしたら……追ってくるかも……ハァ……しれない」

 息を整えつつ2~3分経ったが、追撃は来ない。どうやら追い討ちはないようだ。


「こちら本館5階、玲司。さっきはすまなかった。急に狙われた。無事に逃げたぞ」

「そっか、良かったぞよ!」

 緋色さんの明るい声。聞いてるだけで表情が浮かんできて、元気になる。


「そうそう、くもっち。ちょうど今1人見つけたけど逃がしちゃったぞよ。顔は見えなかったけどね。近くにいるはずなんだけど……そーちょん、探すの手伝ってくれないかな?」

 玲司さんが額の汗を拭いながら頷くのを見て、通話ボタンを押す。

「あ、行けます!」


「ありがと! じゃあ本館3階の売店近くで待ってるぞよ!」

 トランシーバーをポケットに収めながら、見えない緋色さんにペコっとお辞儀。


「玲司さん、ありがとうございました。ちょっと行ってきますね」

「おう、行ってこい。あ、爽斗」

「はい?」

 振り向く僕に、玲司さんが目を細める。


「桑の周りは死と隣合わせだ、気をつけろよ」

「……わかりました」


 雪葉さんも調さんのこと同じように言ってた気がしますけど。何ですか、うちの部員みんな死と隣合わせなんですか。

 僕もいつか隣り合わせるのかと若干不安になりつつ、本館3階に向かった。






 広い館内、どこに敵が潜んでいるか分からない。気分はすっかりホラーゲームの主人公で、摺り足のような足捌きで動き回る。


 いくら視力や聴力が良かろうと隠れられていたら見つけるのは困難。それを考え出すと、早く動いて緋色さんのもとに行きたくもあり、迂闊に敵の前を通らないよう慎重に動きたくもあった。


 音を立てないようにみんな基本裸足だから、画鋲でも撒いておけばものっすごい効果があるに違いないな……まあ、危険行為で失格になるだろうけど。


 本館3階に着いた。暗い売店には格子状のシャッターが下りていて、隙間からお土産用のタルトや地域限定味のスナックが見える。


 んん、緋色さんが見当たらない。どこにいるのかな。

 枕を床に置いて、トランシーバーを取り出そうとすると、イヤホンの外から声が聞こえた。


「そーちょん、こっちこっち!」

「……緋色さん? どこにいるんですか?」

「こっちぞよ!」

「…………どわっ!」


 思わずトランシーバーに変な叫び声を流す。

 葉っぱを乗せたタヌキの信楽焼きの隣に、同じくらいの大きさの高校生がちょこんと膝立ちしていた。


「まったく、どこ見てるぞよ!」

 金髪とピンクのリボンを揺らして、ハムスターのように頬を膨らませている。

 置物と並んでここまで目立たない人も珍しいぞ……。


「……なんか、緋色さん置物みたいですね」

「なんだとーっ! よく見てみるぞよ! ひぃはこのタヌキよりも大きいんだぞ!」

 緋色さんこそよく見て下さい。そのタヌキは小学生サイズです。


「で、敵がいたって言ってましたけど」

「うん、4~5分くらい前にこの近くにいたんだ。挨拶代わりに投げてみたけど、かわされたぞよ」


 緋色さんが後追いしてないことに気付いたとしたら、まだそこまで遠くには逃げてないはず。闇雲に動いても他の敵に遭遇しやすくなるだけだから、ある程度移動スピードは抑えるだろう。とはいえ、階段使ってたら結構動いてるかもしれない。


「とりあえず、この階からゆっくり回ってみましょうか。見つけたら教えるんで」

「おう、『知りすぎた男セカンドサイト』は頼もしいぜ!」


 そこからは張り込みの如く、曲がり角に来ては止まって奥を確かめながら、2人で進んだ。いつ敵と鉢合わせてもいいように、枕は常に右手で構えておく。


 でも、正直敵がどうとか言ってる場合じゃない。摺り足を急に止めると、後ろにいる緋色さんの胸が背中にぶつかってくる! わざとじゃないよ! わざとじゃないけど! この薄地の下でぶつかる高反発バスト! 浴衣は日本の心! 誰だ洋服なんて生み出したおバカさんは!


 ………………ポフッ…………


 舞い上がった僕を試合に呼び戻す、一瞬の音。


「緋色さん、今の音」

「ん? 音なんてしてないぞよ」


「いえ、微かにですけど……ひょっとしたら枕の音かも」

 持ってる途中で、置いたか落としたんじゃないか。

「行ってみましょう」


 気が急いているせいか、さっきの張り込みモードより幾分大胆に進んでいく。

 敵が近いかも、という予想は、階段近くで確信に変わった。


 …………トントン…………トン……


「緋色さん、階段の音です。下行きました」

「分かったぞよ。見つけてくれてありがとう!」


 玲司さんに続いて、今度は緋色さんと一緒に追いかけっこ。3階と2階を結ぶ階段の踊り場まで来て180度ターンしようとしたとき、ザッザッとイヤホンに雑音が聞こえた。


「こちら灯。本館2階にいるんだけど、今別館の方に逃げてく敵を――」

 聞き終わる前に、枕を持ちながら親指でトランシーバーの通話ボタンを押す。

「雪葉さん、それ多分、僕と緋色さんが追ってるヤツです」


 返事をしながら階段を1段飛ばしに降り、2階に着いてすぐ雪葉さんを見つけた。

「おう、あかりん! 敵は別館行ったの?」

「うん、別館に向かったよ。背小さかったから、波待君だと思う」

 波待さん、さっき砂元さんと一緒にいた人だ。

「うし、袋のネズミだ! みんなで行って叩きのめすぞよ!」



 3人で連絡通路を渡り、別館に行く。本館よりも闇が深いように感じられるその場所に見えてきたのは、売店に使われていた横長の格子状と違って、縦長の格子状のシャッターで閉ざされたゲームセンター。


 そのシャッターの奥、UFOキャッチャーのランプがパッパッと遊んでいる中、波待さんはこっちを向いて1人で立っていた。


「3人がかりなんて、ひどいなあ」

 雪葉さんよりも低いの身長、150あるかないか。前髪はかなり伸びてて、表情はよく見えない。枕を2人持ってお手玉みたいにポンポン遊んでる。


「君、灰島君だっけ? さっき時雲君と一緒にいたね。君から投げてごらんよ」

 よっぽど余裕があるらしい彼の挑発に敢えて乗り、思いっきり振りかぶって投枕とうちんする。


「よっと!」

 そばがらで重い分、勢いをつけて飛んでいった枕は、によって簡単にかわされた。


 枕を握ったまま、スーっと強く息を吸った雪葉さんが、クッと右側の口角を上げる。

「緋色ちゃんと同じタイプってことね」

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