Act.3-3 タッグで追って、追われて

「うわっと、俺だよ!」

 玲司さんがホールドアップしながら言った。


「う、あ、玲司さん……」

「アブないな、ったく」

「すみません、ビックリしちゃって」

 といっても、味方の枕に当たるのフレンドリーピローはアウトにならないけど。

 冷静に考えると凄い名前だな、フレンドリーピローって。


「中継器の近くにいようと思ったらお前が見えたからさ」

「あ、別館のこの階に置いたんでしたね」

 真反対にある露天風呂のところか。別館は吹き抜けになってないから直進できるんだったな。


「本館より別館の方が電波が入りづらいからな、中継器を別館に設置するのは基本戦略だ。相手も間違いなく、別館に狙いをつけて電源を切りにくるだろう」

 なるほど。玲司さんも敵が来るのを待ちつつ、自分も烏丸の中継器を探しに来たってことか。


「玲司さん、敵は見つかったんですか?」

「いや、多分向こうもかくれんぼ状態だな。別館5階か、あるいは連絡通路渡って本館5階か。このままじゃ埒があかないし、思い切って2人で攻めよう。お前の『知りすぎた男セカンドサイト』があれば攻めも守りもなんとかなるだろ」

「分かりました」


 2ヶ月経っても、この能力名には慣れない。自分で「僕の能力はセカンドサイトだ!」とか言っちゃったら恥ずかしくて前向けない気がする。




「よし、下の階から本館に行こう」


 連絡通路を渡って本館5階へ。開始から20分、トランシーバーには目立った報告は聞こえてこない。これだけ広かったら、調さんが危惧してた通り長期戦になってもおかしくないな。


「さて、敵さんはどこにいることやら……爽斗、ガラスまで行けるか?」

「行ってみます」


 小声の指示を受け、吹き抜けの手すりの下、ガラス張りの壁に忍び走りで近づき、ガラスにベタっとくっついて座る。玲司さんは通路で待機。


 1階から上まですっぽり繰り抜いた、見事な吹き抜け。上下の階も良く見える。

 本館は9階までだから、ここはちょうど真ん中のフロアか。


 ここに留まっていれば敵を見つけやすいことこの上ないけど、2人もいたら見つかる危険性も高い。あまり長居はできな――



「あっ……」

 視線が一点に定まる。

 

 1つ下、4階のトイレ付近。微かに動くものが見えた。


「爽斗、いるのか?」

 小声を精一杯張り上げて、玲司さんが聞いてくる。


「4階のトイレのところですけど、確証はないです。一般のお客さんがトイレに来ただけかもしれません。ただ、部屋にトイレがあるから、わざわざ外に出る人は滅多にいないと思います」


 瞬きの回数をなるべく減らして、目を凝らす。

 動け、もう一回、動け。


 十数秒後、僕の言葉に反応するように、それはもう一度動いた。

 2人、しかも、不自然に屈んでいる。トイレに行った人の動きじゃない。



「見つけた!」

「よし、間違いないんだな」

「ええ。2人います」

 2対2。先制攻撃を叩き込めば、有利に運べるだろう。


 玲司さんが後ろから近づいてきて、僕と同じ姿勢を取る。

「今は観葉植物の近くにいます」

「……ううん、見えない。全っ然わからん。ホント、よく見えるなお前。助かるよ」

「とにかく行ってみましょう」


 4階までそろそろと下り、半周して観葉植物のところまで向かう。

 右手で枕を構えつつ、左腕に予備の枕を抱える。しかし。



「……いないな」

「…………いませんね」

 トイレの方まで足を伸ばしたものの、標的はどこにも見当たらなかった。


「ここに……いたんだよな……?」

 なんだ、どこに消えたんだ?


 絶対に見間違えじゃない。ってことは、移動したのか。どこだ、どこに動いた?


 落ち着け、あの2人は屈んで観葉植物の方まで移動してた。その近くに隠れた? いや、それならとうに僕らが狙われてるはず…………階段!


 そうだ、植物の近くに階段があった! なら階段で下に? 僕らに気付いて逃げた? いや、あるいは――


「ひょっとして……」

 振り返りながら目線を斜め上に。さっきまで自分達がいた場所を見る。


「玲司さん、見つけました」

 肩を枕でトントンと叩いて、顎で5階をクンッと指す。


「……なるほど、向こうも俺達を見つけて上ってたってわけか」

 こっちが北側の階段で下りてる間、あっちは南側の階段で上ったんだ。両側に階段があると、こういう入れ違いも起こるんだな。


 さて、ここからどうするか。向こうも今、僕らを探しているに違いない。いや、ひょっとしたらもう見つけてるかもしれ――

「行くぞ、爽斗」


 言うが早いか、ものすごいスピードで走り出す玲司さん。とても両脇に枕を抱えてるとは思えない。


「ちょ、ちょっと、玲司さん!」

 踵で急アクセルを踏んで、追いつきながら話しかける。


「殺られる前に叩く!」

 そう言いながら、枕を器用に片手で2つ持って、トランシーバーに叫ぶ。


「こちら本館5階、玲司。2人見つけた、これから爽斗と一緒に特攻する」

 浴衣についたポケットから落ちそうになるスリッパを押さえつつ、南側の階段を駆け上がる。


 荒くなる自分の息の音に混じって、真上からトントンッと小刻みに床が響いた。

「玲司さん、階段でもっと上に逃げてるみたいです! 上から音が!」

「分かった、6階まで行くぞ! また音がしたら教えてくれ!」


 階段を1段飛ばしで上り、音を頼りに結局更に上層の7階まで進んだ。階段を離れてすぐに目に入ったのは、前の試合会場「ホテル雅」にもあったような休憩スペース。そして、そこにあるソファーに今ちょうど身を隠した2人組。


「爽斗、こっち!」

 相手と十分に距離をとって、別のソファーを盾に転がり込む。ソファーに背をつけながら時折相手をこっそり覗き込む姿は、枕を拳銃に変えればベタな刑事ドラマの銃撃シーン。


 思い切って枕を投げてみたものの、僕の枕はソファーに阻まれ、あっけなく攻撃は終わった。


「チッ、銃と違って弾2発しかないんだから、打ち合いは勘弁だな……うおっ!」

 お返しとばかりに3連発で飛んできた枕を避けながら、玲司さんがパーマを撫でつつ頬を膨らませてフーッと息を吐く。


「こんなに躊躇なく打ってくるなんて、妙ですね。もっとじっくり狙ってくるかと思いました」

 2人で4つしか持ってないはずなのに。この状態だと、枕を拾いに来るのは自殺行為だし……あるいは他の人からもらって3つ以上持ってるのか……?


「応援が来るのかもしれない。早めに片付けないと危ないかもな」

「確かに、それは怖いですね」

 僕らが隠れているのは階段の近く。ここから敵が来たら一溜りもない。



「よし、爽斗。一気に攻めよう、いい作戦がある……」

 15秒で伝えられた作戦に、すぐさま小声で反対する。


「いやいやいやいやいや! 無理ですって!」

「大丈夫だ、相手もこっちのことはある程度研究済みだろうから、逆に効果は期待できる」

「そうかもしれませんけど……」


「いいか爽斗。女子3人と違って、俺らはズバ抜けた攻撃技があるわけじゃない。俺らが勝つには、こういう作戦も必要なんだ」

「それにしても、もっといい方法があるかも――」

「いいからやってみろって。細工は流々、仕上げを御覧ごろうじろってヤツだ!」


 ガシッと玲司さんに腰を掴まれ、無理やり立たされる。

 奥のソファーから少し顔を出している2人、その肩から上がはっきりと見えた。

 あのアップバングは砂元さん。小柄な彼女、いや、彼は波待さんだな。


「爽斗、ファイト」

 ええいっ! もうどうにでもなれ!


「フッフッフ、君達、そこにずっと隠れてるつもりか?」

 これは演技だ、これは演技だ、これは演技だ……。玲司さんに言われた通りにしてるだけだからちっとも恥ずかしくない。嘘、恥ずかしい。もう座り込みたいくらい恥ずかしい。


「1つ勘違いをしているみたいだから教えてあげよう。君達のことをここから宙返りで狙えるのは、


 相手と僕達が隠れているそれぞれのソファーの間にも、幾つかのソファーが眠りについている。

 そのうちの1つに飛び乗り、2ステップ目でソファーの肘掛をグッと踏んで、宙に跳ぶ。


 大分高くなった視点から見下ろすと、相手が僕の言葉に反応して、身を乗り出しているのが分かった。


「うりゃっ!」

 宙を舞ったまま、足を上に、頭を下に。ほぼひっくり返った状態になって、緋色さんならこの状態でも攻撃に転じられるはず。


 ただし、その能力は僕には備わってない。あとやっぱり気付いちゃったけど、宙返りする意味がない。そしてそもそも2、3回転するどころか1回転するだけの勢いもない。


 攻撃用の枕を頭の下に掲げたまま、体は残り半回転を待たずして、跳んだばっかりのソファーに叩きつけられた。


「グエッ」

 鶏を締めたような声を立てて、そのままソファーの下にボスンと転がる。


 上半身のジクジクした痛みと、枕があって良かったという安堵に包まれながら、改めて緋色さんのスゴさを感じる。


「いいのか? 向こうにばっかり気を取られて」 

 玲司さんの声が、相手が潜伏していた場所の近くから聞こえる。


 続いて聞こえてくるのは、枕が当たる音、そして間髪入れない速い足音。

「こちら本館7階、玲司。砂元は仕留めたが、波待に逃げられた」


 とりあえず、「僕がアクションを繰り出して見事失敗し、相手が気を取られているうちに、玲司さんが近づいて枕投げちゃえ」作戦、一応成功……かな。痛え。

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