第3部 VS 烏丸高校

Act.3-1 立ちはだかる「五帝」

「ホント大きな旅館ですね」

「4月に行ったホテル雅の倍くらいあるからな。爽斗、試合中に迷うなよ」

「はい、確かに気抜いたら、自分がどこにいるか分からなくなっちゃいそうです」

 温泉に浸かりながら、玲司さんと話す。


 今日は桔梗杯予選、初戦。2ヶ月ぶりの温泉旅行は、現在試合会場となる桔梗苑にて、夕飯前の温泉中。

 昨日サイトを見て大きさを想像していたけど、実物を見た実感はそれを上回る。


 ホテル雅は5階建てだったが、桔梗苑は9階建て、さらに6階建ての別館まである。単純に言えば、ホテル雅の3倍のフロア数だ。


「広いだけじゃないけどな。本館のポイントは吹き抜けだ」

 本館の真ん中は、1階から9階まで繰り抜かれたように吹き抜けになっている。


「なかなかオシャレな造りだけど、向かいに敵を発見しても直進できないってのは戦略立てる上で重要かもな。爽斗の目がいくら良くても、追えなきゃ意味がない」

「確かにそうですね」


 建物は四角いドーナッツ状で、吹き抜け部分の壁はガラス張り。上下の階でも簡単に敵は見つけられそうだけど、追うのに時間がかかる。


「後は別館だな。本館との連絡通路は2階と5階だ」

「玲司さん、別館って何があるんですか?」

「露天風呂やバー、あとはゲームセンターとかだな。お、見ろ、爽斗。泡だぞ泡」

「あ、ホントだ」

 腕を上げた玲司さんの腕に、細かい泡がプツプツとついている。


 桔梗苑の温泉は、二酸化炭素泉というやつらしい。浸かると全身に炭酸の泡が付くから、通称は「泡の湯」。


「この泡が皮膚から吸収されて、血液の循環を良くするらしい。桑や雪達も、肌が少し赤くなって出てくるはずだな」


 浴衣を着てる緋色さんや雪葉さんを想像して、温泉に入り始めたばっかりなのに顔だけ染まる。可憐な女子高生のお風呂あがり浴衣。そんなものを定期的に眺められる高校生が世の中に何人いることか!


「こら、爽斗。お前今、赤くなった桑の小さい背中に黒ゴマのペーストをちょんちょんと垂らして、イチゴのオブジェを作ろうと思ってただろ。危ないヤツだな」

「どっちが危ないんですか」

 ホント、玲司さんの頭の中を覗いてみたい。


「大体なんで玲司さんは、いちいち何か塗らないと興奮しないんですか」

「体に食べ物を塗るって行為は、化粧みたいなもんだからな。女性を魅力的に映すツールだよ」

「絶対違う!」

 ファンデーションと黒ゴマが同じカテゴリでたまるか!


「ああ、でもやっぱり気持ちいいな、久々に入ると」

「そうですね、姉貴も温泉好きだから、ここ教えたら喜びそうだ」


「爽斗、お姉さんいるのか」

「はい、2つ上に1人。もともと伊里坂いりざかに通ってたんで、引越した後も転校とかしてないですけどね」

「伊里坂高校! 聡明で美人が多い、あの進学校の伊里坂高校! 俺が選ぶ『お腹の上にかき氷を作ってシロップをかけたい女子高』ランキング1位の伊里坂高校!」

「他にどんなランキングあるんですか」

 やっぱいいです、ディープすぎて聞きたくないです。


「それにしても、これだけ広いと試合も大変ですね」

 髪をかき上げながら、話題を変える。

「ああ、電波も厄介な問題だよ。ここはともかく、別館は中継器を使ってもトランシーバーがギリギリ入るくらいだ」


 ここは本館の最上階、9階。ホテル雅よりもさらに田舎にあるこの旅館は、スマホの電波すら不安定。本館に比べて山寄りの別館は尚更のはず。


「中継器2台までって条件も厳しいですね」

「まあ、だから面白いって部分もあるけどな。なるべく広範囲でシーバーを使おうと思ったら、どうしても中継器を設置する場所のパターンは限られてくるから、見つかりやすくなる。敢えてそこを狙わずに、一部のエリアは繋がらないことを覚悟で別の場所に設置した方が、結果的には中継器を狙われるリスクは減る。そこらへんは駆け引きだな」

「なるほど」


 スマホを使えないというルール上、頼れる連絡手段はトランシーバーしかない。中継器の電源が切られたら電波の届く距離は大幅に短くなり、仲間同士の連絡は相当困難になるだろう。


「こんなに広い試合会場だ、連絡できなくて孤立でもすれば、狙われて殺されることも有りうる。もちろん、電波の入りやすいところを探してウロウロしてても、狙撃されて一発でお陀仏だな」

「なんでみんな試合のことになると表現が凄惨になるんですか」

 ほら、隣の人すごい目でこっち見てますよ。


「本館2階、いや、別館の方がいいのか。去年は……」

 玲司さんは真面目な顔をしてブツブツ設置場所を考え始めた。こういう顔をしてるとカッコいいけど、残念ながら妄想してるときも同じ表情だったりする。


 たまにこの表情のまま妄想してるよな、と感心しつつ、僕もこれからの戦いについて思いを馳せる。

 2ヶ月ぶりの試合。ルールも覚えたし、ある程度戦略も分かるようになった。後はどれだけ、4人の「目と耳」になれるかどうか。




「玲司さん、烏丸からすまって強いですか?」

 予選の初戦、烏丸高校。4チームの総当たり戦、3試合の始めを勝利で飾れれば、波に乗れる。


 が、玲司さんは「知らないってのはある意味楽だな」と苦笑いを浮かべた。


「強いぞ、相当強い。特に敵将の汐崎さんは『五帝』の1人だからな」

「……五帝?」

「8校で60人以上がこの競技をやってるけど、その中でも最強クラスと謳われる5人の総称だ」

「そんなのがあるんですね……」

 伝説の四天王、的な。


「ちなみに調先輩も五帝の1人だぞ」

「調さんがですか!」

「ああ、こっちのブロックに3人いる。『奮迅』の湯之枝調、『鉄壁』の駒栗美湖、そして今日戦うのは『剛腕』の汐崎隆司しおさきりゅうじだ」

 いちいちカッコいいんだよな。


「……あの、残り2人は? 別ブロックにいるんですか?」

「その話は止めよう、爽斗。口に出すのも恐ろしい」

「そんなに!」

 怖いよー、五帝怖いよー。 



「まあ、俺らもしっかり練習してきたんだ、普段通りにやれば戦えない相手じゃない」

 一息ついて、2人同時にバシャッと顔にお湯をかける。

「そろそろあがるか」

「はい、ご飯食べましょう!」


 ゆったりと温泉に浸かった体には、泡がプツプツついて、ちょっと気持ち悪い。体を拭くと、長風呂のせいか効能のせいか、太ももから下は真っ赤になっていた。



「おう、くもっち!」


 暖簾をくぐったところの椅子に座って待っていると、緋色さんが駆けてきた。僕らと同じ、薄い水色に猫の足跡のような白い柄がついた浴衣。でも、破壊力は男女に差がある。


「待たせたな! ゆーのさんとあかりんもすぐ来るぞよ!」


 おおおおおおっ! やっぱり緋色さんの体はすごいなあ! こんな低身長なのに胸のあたりがたっぷり揺れてるってのはもう東洋の神秘だね! これこれ、これこそが青春! 十代後半の男子の青春!


「おお、そーちょん、さてはひぃの体に見蕩みとれているのだな!」

「い、いえ! 決してそんなことは!」


「緋色ちゃん、スタイルいいもんね、羨ましいな」

 後ろから雪葉さんが顔を出した。いつもの色白な体はどこへやら、ほんのり色づいた腕は思わずかぶりつきたく……まずいまずい、玲司さんに似てきたぞ。


「そんなことないですよ! 雪葉さんも、その、イイと思いますし……」

「おい爽斗、何口説いてんだ!」

「なんだとー! そーちょん、あかりんを口説いてるのか! ハレンチぞよ!」

 ムンクの叫びみたいに自分のほっぺを手で押さえながら、悶絶する緋色さん。


「なんだなんだ、こんなところで仲睦まじく」

 調さんがタオルを首にかけてやってきた。手には空になったコーヒー牛乳のビン。


「待たせたな。じゃあ、試合まではのんびり過ごそう」

「ですね!」

 4人一斉に相槌を打った。

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