Act.2-5 この通話を、もっと、ずっと

「いよいよ桔梗杯ですね」

「うんうん、私も頑張らないと」


 枕投げ部の全国大会を前に、ベッドに横になって、雪葉さんとLINE。雪葉さんのシンプルな文にスタンプの返事は合わない気がして、たまに絵文字を混ぜる程度。


 ゴールデンウィーク以来、たまにやりとりする。いつも短文で10往復にも満たないけど、何となくそのやりとりが楽しい。


 あんなにキレイな先輩とこんなに話せることが嬉しくて。あんなに頭の良い先輩が枕投げに真剣になってることが面白くて。あんなに素敵だった笑顔をまた見てみたくて。つまらない用事でも大したことない相談でも、ついつい連絡したくなる。


「でも、試合に向けてどんな練習しようか迷ってるんですよね」

「アクションもできないし、記憶力もそんなに良くないし、力があるわけでもない」

 ついつい悩みを打ち明けてしまう。でも、実際結構悩んでたんだ。


 自分の視力を確かめるように、ベッドに横になりながら奥の本棚に目を凝らしタイトルを読む。窓の外からは遠く離れた犬の遠吠え。ううん、目と耳なら負けないんだけどなあ……。


 と、気を緩めていた僕を驚かすように携帯が鳴る。想定と違うこの音は、通知じゃくて着信。画面を覗くと「灯雪葉」の文字。

 反射的に体を正座に直して、スピーカー部分を急いで耳に当てた。


「は、はい! 灰島です!」

「灯です。急に電話、ごめんね。文だと少し長くなっちゃいそうだったから」

「ぜ、全然大丈夫です!」


 初めて電話越しに聞く雪葉さんの声は、籠ってるけど透明で、耳に優しく留まる。上擦った声で返事をして、その声を自分で聞いて余計に緊張の度合いが高まる。


「あのさ、灰島君、どうやって『知りすぎた男セカンドサイト』を体得したの?」

「体得って言われるとアレですけど」

 あと、自分の能力名にもまだ慣れてないですけど。


「その、実際自分でも良く分かってないんです。山で鳥探したり、川で魚見つけたり、夜まで缶蹴りしたりしてる中で、自然に鍛えられたんだと思うんですけど……」

「ん、だったらそれでいいんじゃない?」

 雪葉さんの声が柔らかくなる。勉強を教えるような、何かを諭すような、穏やかな口調。


「この闘争ではね、何もかもバランス良くそれなりに出来たって、それは何も出来ないのと一緒なんだよ」

 相変わらずスケールの大きな話だけど、知性派の雪葉さんが言うと説得力がある。


「灰島君の能力は、一朝一夕で身についたものじゃないと思う。それは、湯乃枝さんや緋色ちゃんや玲司君も一緒だよ。そうやって磨いたものは、絶対に戦いの役に立つ。灰島君の能力は重宝するよ。攻めにも守りにも使えるしね」

「そう……ですかね」


「うん。灰島君が出来ないことは私達がやるわよ。だから、私達に足りないところをカバーしてほしいな。それが、この戦争を終わらせる鍵になるかも」

「やっぱり戦争なんですね」

 戦争を終わらせる役目って。救世主かよ。


 でも、そっか。今の能力があればそれでいいのか。


「うん、そうですね。なんか気持ちが楽になりました」

「ごめんね、大した答えじゃなかったけど」

「いえいえ、そんなことないです! 雪葉さんの意見、目からウロコでした。ありがとうございます!」

「ううん、役に立ったなら良かった」


「…………」

「………………」


 お互い、少し間が空く。このまま切るのは、ちょっと寂しい。


「……あ、そうだ、雪葉さん!」

 じゃあまた、と切り出される前に、名前を呼んだ。


「うん?」

「僕、新しいアイディア考えたんですよ! 雪葉さんのトリック!」


 立ち上がって机の上のリングノートを手に取る。数学の練習問題用に使っていたそのノートの中身は、途中で数式からトリックのメモに変わっていた。


 時間が空いたとき、雪葉さんとのやりとりを思い出したとき、いつもこのノートに書き溜めていた、黒炭色の期待。


「茶托、フリスビーみたいに投げたら武器にならないですかね?」

「ううん、それ昔、考えたことあるのよね。お茶関連の道具でなんとかならないかなって。茶托だとただぶつけて終わりでしょ? 『履かない命スリップスリッパ』みたいに相手を錯覚させるわけじゃないし、あんまり効果ないかも」


「そうか、確かに……。あ、じゃあ、冬になったら、部屋にみかんとか置かれないですかね? みかんの皮を潰して、相手の目に汁をかけて視力を奪うっての考えたんですけど」

「ふふっ、何それ」

 耳に吸い込んだ笑い声は、脳まで進んで雪葉さんの笑顔を投影する。


「冬にみかんかあ、でも旅館でも実際見たことないのよね。お茶菓子はよく見るけど。それに、そんなに至近距離に近づけるなら、視力奪う前に枕投げちゃうわよ」

「あ、ですよね、あははっ! みかん意味ないや!」


 リアクションを楽しみに、笑い声を楽しみに、書き留めたノート。とても緊張するような、でもすごく落ち着くような。相反する想いを同居させて、スマホを耳に押し付ける。


「あとはですね、シーツをうまく丸めてニセ枕を作るっていう作戦があって……」


 4分で終わった相談の後、2人だけのトリック会議は30分続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます