Act.2-4 盗聴は普通に起こるから

「じゃあ始めよう。爽斗、今回は正解できるといいな」

「はい……」

 18時。南校舎3階の部室でトランシーバーを帯に挟みながら、玲司さんの声に少し力なく答える。


 5月も下旬に差し掛かり、浴衣を通す腕に暑さを覚えるようになってきた。今日も校庭のダッシュを終えて、一番気が重い練習が始まろうとしている。


「チャンネルは18、グループは34に合わせて。調先輩と雪はこっちの校舎、桑と爽斗は北校舎だ。よし、スタート!」


 一斉に部室から散った。2階の渡り廊下を渡って、職員室や理科室がある特別教室の南校舎から、クラス教室の北校舎へ。緋色さんと別れて3階、3年生の階に着いた。トランシーバーに口を近づける。


「こちら灰島。北校舎に着きました」

「こちら緋色。こっちも北校舎にいるぞよ!」

「じゃあ後は各自適当に動いて、随時報告して下さい。途中で俺から問題出します」


 指示の通り、適当に2階まで降りてくる。

「灰島、北2階です」

「灯、南3階に移動したわ」

「湯之枝、渡り廊下を渡って北2階に移った」

「緋色、南1階に来たぜ!」

「時雲、北1階だ」

「灯、南2階に戻りました」


 各自、エリアを移動するごとに報告を重ねる。突然「ジャジャン!」と効果音の口真似が聞こえた。


「全員ストップ。よし爽斗。今、調先輩はどこにいる?」


 うっ、まずい……えっと、2階に移ったって言ってたような……北? 南?

「えっと……南2階だったかな……」

 玲司さんは、「ブッブー!」と効果音を真似ながら返事した。


「違うな。調先輩は北2階だ。雪や桑のことは覚えてるか?」

「えっと、雪葉さんが南3階、いや、2階。緋色さんが南1階ですね」


「うん、その通り。桑、俺がどこにいるか分かるか?」

「んっとね……南3階!」

「全然違う、俺は北1階だ。後は、灰島が北2階だな。よし、じゃあ続けよう」


 校舎を旅館に見立てた、情報戦の練習。正確には、情報を記憶する練習。


 スマホ使用禁止の中で行う枕投げ。その中で唯一の情報端末、トランシーバー。各自が次々にトランシーバーで報告してく中で、誰が今どこにいるのかを覚えておく。状況を見て、誰を助けにどこに行けばいいのか、判断できるようにする。


 玲司さんが指示を出せる状況にないときにも、個々で情報を活かせるようになるための訓練だ。


「次、調先輩。雪がどこにいるか分かりますか?」

「多分、南2階か南1階なんだが……すまない、正確には覚えられてない」

「いや、いいところまで行ってます。南1階です。さっきまで雪は南2階にいたんで、混ざったんですね」


 動きながら残り4人の位置を覚えるだけでも大変なのに、玲司さん、移動経路も覚えてるのか、棋士みたいだな……。「脳内俯瞰トイガーデン」恐るべし。


 それに、本番はこんなにうまくいかない。旅館では階数だけじゃなくて「休憩スペースの近く」なんていう位置情報まで覚えないと使えないわけで、今の練習もまだ序の口。無意識に記憶していけるようになるまで、練習を重ねることになるんだろう。



 でも、別に覚えるのが苦手だから気が重いんじゃないんだよな……。



「こちら灰島。渡り廊下渡って、北2階に移り――」

「わっ!」


 渡り廊下の出口で、赤リボン、2年生女子のペアとぶつかりそうになる。


「あ、す、すみませ――」

「あ、あの、いえ、大丈夫です」

 片方の女の子が、僕の「すみません」より早口で話す。言い終わるが早いか、もう1人の女の子の手を引いて、そそくさと渡り廊下を駆けていった。



 ええ、分かっていますとも! この聴力のせいで君達の声は大体聞き取れていますとも! 


「あれ、枕投げ部だよね」「そうそう、浴衣とか着てるし、変なの!」「何かトランシーバーとか持ってたよ」「マジで! 何に使ってんの!」みたいな会話してたでしょ! 泣いてない、泣いてなんかないぞ!



「爽斗、雪がどこにいるか分かるか?」

「……すみません、聞いてませんでした」

「どうした? トラブルでもあったか?」

「まあ、心に傷が少々」


 僕にはこの練習は向かないらしい。むしろ、他の4人がなんで堂々と振る舞えるのか不思議だ。雪葉さんなんか、外で肌見せるのが恥ずかしいとか言ってたけど、温泉浴衣にトランシーバーで校舎走り回ってるのだって十分恥ずかしい。



「こちら、時雲玲司」


 練習も終盤、傷心のまま移動中、玲司さんの声にビクッと反応する。


「コード、2・3・7・1」


 えっと、2・3・7・1を逆にすると、1・7・3・2。1つずつ前にズラして、0・6・2・1か。6チャンネル21グループだな。


「こちら玲司。皆さん聞こえますか?」

「こちら湯之枝。ああ、大丈夫だ」

 調さんから始まって、残りのメンバーも返事をした。


 トランシーバーでフルネームになったときは、相手に盗聴されている可能性があるというサイン。掛戸の中での大事な決めごとだ。


 試合で使うトランシーバーは20チャンネルあって、それぞれに38のグループを設定できるので、組み合わせは760通りある。


 でもグループを未設定にすれば、同じチャンネルの声ならグループに関わらず拾うことができる。つまり、グループ未設定で1から20までチャンネルを回していけば、どこかで必ず相手チームの声を盗聴することができるのだ。


 「実際の戦争でも当然の戦法だ!」という理由で、盗聴は正当な作戦として認可されている(どんな理由だよ……)。今のはそんな盗聴への対応策。情報が漏れていると思ったら、グループとチャンネルを変えて戦況を立て直す。


「こちら時雲玲司。コード、オール1。全員、南3階、西側階段に集合」


 またフルネーム、しかもコードはオール1。今度は、盗聴されていることに気付かないフリをして、相手を撹乱する作戦。2つ後ろにズラすと3→1→2だから……実際に集まるのは南2階か。


 旅館で各メンバーに個別指示すれば、確かに撹乱できそうだ。それにしても、盗聴まで作戦に出てくるなんてなあ。


 南2階に行くと、程なくして全員集まった。

「よし、今日の練習はここまで。調先輩、お茶にしましょう」


 フッと笑う玲司さん。枕投げ部的には、敵に回すとこんなに怖い人もいないかもしれないな。

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