Act.2-2 僕はタオルになりたい

「よし、みんな、腕は大丈夫か?」

 動かせないほどじゃないけど、実際はちょっぴり悲鳴をあげている。


「まあ、これでヘバッてるようでは困るけどな。次はドッヂだ、古桑、頼むぞ」

「さあ、ここからはひぃが主役ぞよ!」

 緋色さんが前に出て、ふふんと威張る。


「やっぱりかわいいな、小さい女の子が威張ってるポーズは」

「なんか言ったか、くもっち!」

「言ってないですー」

「ウソぞよ! 言ってたぞよ!」


「証拠あるのかよー、証拠は。何時何分何秒に言ったって証明できないだろー」

「緋色ちゃん、玲司君。始めるよ、もう」

 小学生みたいな言い合いをしてる2人に、雪葉さんが呆れながらツッコむ。


「今日のターゲットはあかりんから!」

「ん、わかった」

 アッカンベーし合ってる緋色さんと玲司さんの間を通って、雪葉さんが僕ら4人の真ん中に位置どった。


「準備できたわ。緋色ちゃんから来る?」

「任せろ! ていっ!」

「よっ」

 緋色さんの投げた枕を、上半身を捻ってかわす雪葉さん。


 ドッヂ(=避ける)の名の通り、投げられた枕を、その位置からなるべく動かずに避ける練習。交代で1人がターゲットになって、残りの4人はターゲットを囲んでドッヂボールのように枕を投げる。


 ターゲットは、首を傾ける、しゃがむ、軽く跳ぶって感じで、最小限の動きでそれをかわす。


「雪、これならどうだ!」

 玲司さんが肩に向けて投げた枕に、サッと体を引く雪葉さん。

「上半身は簡単よ、玲司君」


 そう、上半身は結構簡単。目でしっかりと軌道が確認できる場所だからだ。問題は、足の方に向かってきた枕。


「よし、次のターゲットはそーちょん!」

「はい!」

「ふふ、行くわよ」

 僕がターゲットに替わってすぐ、雪葉さんが投げてきた。

 ヒュワッ!


 ……足元、いや、脛のあたり……違う、太もも!

 まずい、どうやって避ける? ジャンプして……いや、これは動かないとマズ――


 ポフンッ

「こら、そーちょん! 判断が遅い!」

 下に投げられると、軌道を読んで対応策を考えるのに時間がかかる。


「軌道を予想して動かなきゃ! 接近戦を戦い抜くには不可欠なスキルぞよ!」

「すいません、分かってるんですけど……」

 ううん、難しい。


「そーちょん、ちょっと投げてみて」

「いきますよ!」

 枕を太ももに向かって思いっきり投げる。


「いやっほう! ほっ!」

 その場ですばやくバク転して枕から遠ざかり、続いてバク宙して枕をかわした。


「こんな感じでやればいいの!」

「軽く言うけど!」

 できたらやってます!


「よし、次はゆーのさん! ターゲットお願いします!」

「おう、任せろ」

 校庭の隅で、日の色がオレンジ、続いて青混じりの黒になるまで枕を投げる。パッと見は旅館と学校を間違えて遊んでるようにしか見えないけど、じーっと見てもみんなの顔は楽しそう。

 僕はといえば周りの目線とが気になって、まだちょっとだけ笑顔に無理がある。




「よし、部室に戻るか」

 外練終了。タオルで汗を拭きながら、調さんがこっちを向く。


 うっわ。うっわ……。やっぱり何回見ても、この汗ばんだ体を拭いてるシーンは堪らない! 下に体育着を着てると分かっていても、浴衣の内側に手を入れて動かしてるこの光景は……しかも着やせするあのダイナマイトボディーな緋色先輩も一緒にやってるなんて……入って良かった枕投げ部!


「ん、どうした、灰島。何か気になるのか?」

「い、いえ! べべべ別に!」

「調先輩。爽斗は、調先輩と桑が体拭いてるところを見て淫らな妄想に浸ってるんですよ」

「玲司さん!」


「はっはーん。そーちょん、ひぃのタオルになりたいとか思ってるんだな!」

 下の体育着と一緒に肩の部分の浴衣をずらして、緋色さんが挑発的な目をする。

 チラッと見える肩は少し火照って健康的なピンク色。


「ち、ち、違いますって」

 一応手で顔を押さえるけど、目の部分は開けておく。くっ……なんて悲しい性!


「そうそう。爽斗は、桑のタオルになったら、たまにわざとびしょ濡れになって桑の背中に張り付いて、桑が『こ、こらっ!』とか言うのを期待してるんだ」

「期待してません! 断じてそんなに変態ではありません!」

 玲司さんを介在させると、もれなく妄想が一段階レベルアップする仕様。


「そうか、灰島は古桑を見ていたのか。てっきり、ワタシが今日体育着を着てくるのを忘れたことに気付いたのかと思ったぞ」

「いや、別に見ていたわけ……って、えええええ!」


 何だってえええ! って、って、ってことはですよ! その浴衣の下は下着……どわあああああああああ!


「あかりんも拭けばいいのに」

 自分でも分かるくらい顔がアツくなってる僕の横で、雪葉さんに聞く緋色さん。

「ううん、私あんまり汗かかないし。それに、外で拭くのちょっと恥ずかしいよ」

「ふうむ、恥ずかしいのかあ」

 雪葉さんはちょっと照れてる。


「あ~か~り~ん、うりゃ!」

「きゃっ!」

 緋色さんが雪葉さんの浴衣の肩をチラッとずらした。

 何ということでしょう!


「ちょ、ちょっと、緋色ちゃん!」

「ぐふふ、良いではないか、良いではないか!」


 雪葉さんの肩が見える……ホントに汗かいてないし、もう雪って名前のとおり色白で、またそれを必死に押さえてる雪葉さんの顔は対照的に頬だけ少し赤みを帯びていて、何この白と赤のグラデーションとそのマリアージュ!


「おい爽斗。今、雪の頬にスポイトで墨汁かけて、顎の方に滴ってくるのが見たいって思ってたろ。顔見てればバレバレだぞ」

「どんな顔してたんですか僕は!」

 顔は口ほどにものを言う、にしても度が過ぎます。



「よし、みんな、部室に行くぞ」

 枕カバーに墨汁……じゃなかった、カバーをそろそろ洗わなきゃ、と思いながら枕を袋にしまって、みんなでペッタンペッタンとシューズロッカーに向かった。


「じゃあお茶にしようか」

 他の部活なら帰り道のファミレスや喫茶店を指すところだけど、この部活は部室でお茶になるのが珍しい。しかも、お茶といっても紅茶やコーヒーじゃない、日本茶。


「みんな、よく聞け! 俺は今日、玉露を持ってきた!」

「おお! くもっち、玉露とはやるぞよ!」

 まったりとお茶を飲みながら談笑。誰かが何か言うたびに、誰かが何かするたびに、誰かの顔が綻ぶ。そんなテンションで、ゆったりとした時間を楽しむ。



「そういえば、今年の桔梗杯予選は6月第1週からに決まった」

「そっか、もうそんな時期ぞよ!」

 腕を組んで頷く緋色さん。


「あの、調さん、桔梗杯って何ですか?」

「ああ、今のところ枕投げ部はこの県と隣県に8チームあるんだが、その中で1位を決める大会だ」

 大会の内容より、8チームもあることにビックリです。


「まずは4チームずつ2ブロックに分かれて、総当たり戦の予選を行う。各ブロック上位2チームずつ、計4チームで決勝トーナメントだ。予選の戦場が両ブロックとも"桔梗"の名前がつくホテルだったので、ミーコが桔梗杯と名付けたんだ」

 なるほど。6月の中旬、1ヶ月半ぶりに試合ってことか。


「本当は今月あたりに練習試合をしたかったんだが、なかなか予定が合わなくてな。ちょっと難しそうだ」

「おお、去年のこと思いだしたらなんかやる気出てきたぞよ! そーちょん、掛戸は去年、決勝トーナメントまでは進んだけど4位だったんだ。今年は優勝目指すぞよ!」


 腕を振り回す緋色さんに、調さんが枕をポンポン投げながら「ふははっ! 頑張っていこう!」と小動物を威嚇するように目を細めて笑う。いや、だから怖いですって。






 徐々に窓の外のオレンジが黒に染まってきた頃、調さんの「そろそろ帰るとしよう」の声を合図にして、ブレザーに着替えて外に出た。


 今日は雲がないから、星がよく見えるな。山にいたときの方がもっと見えたけど。

 南の上空には、うみへび座が大きく陣取っている。

 東寄りに強く光るのは、おとめ座のスピカ。


「ねー、そーちょん。あの四角になってるの、何座?」

「あ、からす座ですね。その右にあるのがコップ座です」


「右? 右、右……全然見えないぞよ! そーちょんは特殊な目なんだから、もっと一般人の能力に合わせて教えるのだ!」

 いや、バク宙やれって指導する人にそんな説教されたくないです。


「爽斗、じゃあな!」

「またね、灰島君」

 みんなに手を振って、校門近くの交差点で分かれる。


 枕投げ部の1日はこんな感じ。汗もかくし、自分が半年前に夢想していた青春とはちょっと違っているけど、これはこれで楽しい気もしている。

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