Act.1-7 遠投と決着と

 調さんに呼ばれた。期待に応えられるよう頑張らなきゃ。


 スリッパブーメランを帯に挟んでいる雪葉さんの方を向くと、彼女は大きく一度頷いた。


「雪葉さん、ちょっと行ってきます」

「灰島君、湯之枝さんの周りは死と隣り合わせよ。気を付けてね」

 そんなさらっと厨二病のようなセリフを言われてもですね。


「わかりました、気を付けます……」

 ペコッと一礼して、3階へ向かう。

 階段非常口の緑のランプがしっかり自己主張する。走るピクトは、僕らの試合を表現しているようにも見えた。



 ううむ、もし従業員が起きてて、鉢合わせしたら何て言い訳しよう。枕を腰に結わえて走ってからじゃないと眠れない体質なんです、って言えば大丈夫かな。いやダメだろ。



「調さん、3階に着きました」

 トランシーバーで報告しながら、自販機が3台並んだ小部屋へ。お酒の自販機には全てのボタンに「売切」のライトが煌々と光っている。暗がりの中で貴重な明かり。


「調さん、調さん」

 見当たらない総大将を小声で呼ぶと、頭の上から声がした。

「灰島、こっちだ」


「……おわっ!」

「シッ!」

 浴衣で自販機の上に乗っていた総大将が、人差し指を立てて大声を咎める。

 いや、その格好してる女子高生を見て驚かない人はいないです。


「すまない、敵襲に備えてたんだ」

 するすると下りてくる調さん。きっとあられもない格好で登ったんだろうな……。


 結構走ってきたのか、首に汗が流れ、長い髪は水気を帯びてちょっとまとまっていた。しかも浴衣が上下に捲れる度に、中が見えそうで見えない絶妙なショットを連発。


 だ、だめだ、やっぱりエロいと言わざるを得ない!


「わざわざ呼び出してすまなかったな、灰島」

 告白の枕詞だったら王道だけど、今回は枕の意味がちょっと違う。


「いえいえ。で、どうするんですか? 部屋戻って立て直したりしますか?」

「いや、部屋はアウトになった人間以外は入れない。もし敵が部屋に攻め込んできたらどうする。部屋の中でドタバタするのは非常識だろ?」

 いや、外でやってるのも非常識ですけど。


「まず古賀を探してワタシに連絡をくれ。向こうは2年の本間も残っているし、ワタシが不用意に歩くのは危険だからな。多分、古賀はこのフロアか下の2階をうろついてるはずだ」


「分かりました。でも調さん、もし見つけたとしても、体中布団に包まってたら枕も当てられないんじゃないですか?」

「いや、足先であれ頭であれ、当てられる部分はある。頭から完全にくるまられたら難しいが、そのときは布団を剥がすだけだ」

 確かに、そんなサナギみたいなヤツがいたら逆に狙いやすいな。


「見つけたら連絡頼むぞ。これは古桑の弔い合戦でもあるからな」

「死んでないですって」


 今までずっと言いたかったツッコミを発動させると、調さんは僕の両肩を叩きながら、悲しげな笑みを浮かべた。


「灰島、古桑は死んだんだ。この世界で枕に当たるってのは、そういうことなんだ」

「だからどんな世界なんですかっ!」

 目が本気だよお、怖いよお。


「よし、それじゃあよろしくな」

 調さんに自販機コーナーから押し出され、3階をゆっくり回りながら目標を探す。




 こんな風に歩き回ってて大丈夫かな。緋色さんみたいに狙撃されたらどうしよう。


 不安で重くなる足を、小学校時代に夜の山でやった鬼ごっこを自信にしてなんとか動かす。




「…………あっ」

 3階、避難用の非常階段に続くドア、そこを過ぎたあたりにターゲットはいた。

 確かに膝下くらいまで掛け布団を巻いている。器用に持つなあ。


「調さん、後ろから古賀さんを発見しました。さっきのところから右に進んで、非常階段付近まで来て下さい」

「おお、見つかったか、すぐに行くぞ」



 連絡から程なくして、調さんが早足でやってきた。揺れた髪から女子の匂いが遊びに来て、こんな場面でもちょっとドキドキする。

「で、どこにいるんだ? もう少し先か?」

 口で答える代わりに指で指示すると、調さんは思いっきり目をしかめた。


「全っ然見えないぞ。ワタシもそこそこ目は良い方なんだがな」

「40メートル先くらいです」

「お前の視力には感心するよ」

 少しずつ距離を詰めながら後をつける。角を曲がり、さらに直進するターゲット。


「おお、ようやく見えた。こんな暗い中でよく見えたな、灰島」

「はい、もう大分この暗さにも慣れましたし」


「爽斗、調さんと一緒に追ってるんだな? 向こうに気付かれないようにしろよ」

 僕の返事に重ねるように、玲司さんの声がイヤホンから入ってきた。さっきの僕の声で作戦を把握したんだろう。


「玲司さん、今のところ気付かれてないみたいです。ただ、まだ距離がありますね、30メートルくらい。どうやって近づこうか――」

「ああ、それなら大丈夫だ」


 玲司さんの声とほぼ同時。調さんが片方の枕を置き、もう1つの枕の端を持って、腕を下におろした。



 ギンッと目を見開き、不敵な笑みを浮かべる調さんの横顔。


 ソフトボールのピッチャーのように、下から前、前から上へ、上から後ろへと、大きく素早く、腕を回していく。


 ちょうど1回転、そのタイミングで、枕から手が離れた。



「よく寝な」


 調さんの微かな囁きと共にアンダースローで放られた枕は、信じられないようなスピードで空間をこじ開けていく。



 ドゴンッ!



 そのまま、重力も何処吹く風、床に落ちることなく、布団で隠れていない相手のふくらはぎにぶち当たった。


「『軌道確保スケート・ストレート』 ふうむ、もう少し速くしないと防御されるな。まあ距離は悪くなかったか」

「…………速さも十分だと思います…………」


 なんですか今の技。投げたの本当に枕ですか? あんなに早く遠く飛ぶもんなんですか?



「とりあえず報告だな。こちら湯之枝、古賀を討ち取っ――」


 ボスッ!


 トランシーバーを持つ調さんと、隣にいる僕。そのちょうど間に、枕が飛び込んできた。


「灰島、左に戻れっ!」


 瞬間、獰猛な獣のような顔で、調さんが声を絞って怒鳴る。

 恐怖心を煽られ、逃げるように元来た廊下を引き返す。

 調さんは僕と反対に走りだした。


「湯之枝さん、大丈夫ですか!」

「大丈夫だ、灯。おそらく永田に狙われてる。灰島と二手に分かれた」

 走ってるはずなのに息を切らす様子もなく、雪葉さんに応答する調さん。


「灰島君、逃げながらでいいから、湯之枝さんを狙った敵を探して!」

「わ、わかり……ました……」

 さらにスピードを上げつつ、呼吸を荒くしながら答える。


 よし、もう少ししたら休憩スペースだ。緋色さんと戦った4階のものと作りは一緒のはず。一旦隠れてから、相手を見つけ――



 トンットンットンッ…………


 後ろから恐ろしいスピードで距離を詰める足音。

 しまった、後ろの音まで意識してなかっ――



 ヒュオッ  ドスッ!



「ぐえっ!」


 思わず声が漏れる、左背中への衝撃。

 とても枕とは思えないスピードで、身体に食い込む。

 その枕に押し倒されるように、床に倒れ込んだ。


「うっ……」

「灰島君……だっけ。大丈夫?」

 仰向けになると、永田君が枕を拾っていた。

「あ、ああ、大丈夫だよ」


「走る音で気付くかと思ったよ。耳が良いって聞いてたから」

「ちょっとパニクってて、音に集中するの忘れちゃってた」

「おっと、戦場でそれは命取りだよ。今日みたいに殺されても仕方ない」

 わあお、同じ1年生なのにもう殺すとか言っちゃうんですね。

 いや、怖いですってホント。

 

 こっちの驚きも気にせず、永田君が左耳のイヤホンを少し押し込む。報告が来てるのかな。

「これで人数は2対2かな。いや、玲司さんがやられてなければ3対2か」

「いえ、もうゲームは終了だよ」

 僕の言葉に、彼は苦笑いで返す。


「大将の本間さんが、君のところの時雲さんにやられた」

「……へ?」

 ポカンとする僕の耳にブツブツとノイズが入る。

「みんな、よくやった。今回はワタシ達の勝ちだ」


 開始から1時間半。アクロバティックな動き、動く情報本部、旅館道具のトリック、剛速のアンダースロー、そしてほんのちょっとばかり良質な視力と聴力を結集した掛戸高校は、古桑緋色と灰島爽斗という戦死者を2人出しながらも雛森に勝利した。




「うう、当てられて悔しいぞよ」

「桑、お前油断しただろ」

「くもっち、うるさいぞよ!」

「ワタシも古賀を仕留めたところで気が緩んでしまったな、反省だ。『軌道確保スケート・ストレート』の調子は悪くなかったから、そこは安心だがな」


 試合から半日経ったお昼前。僕らはチェックアウトを済ませて、駅に向かう途中。


「はあ、でも勝った後の温泉は気持ちいいね、あかりん」

「そうね、勝利のご褒美っていう感じ」


 試合で疲れ切った僕らは、湯呑みの日本茶で乾杯して、そのまま就寝。

 もちろん朝もひとっ風呂浴びて、みんなで輪になってコンビニ朝食も食べて、これはこれで青春の1ページ。


 でも……でも…………



「でも、そーちょんスゴかったぞよ。あの聴力は立派な武器になるぞよ! 」

「ああ、爽斗の見たもの聞いたものを俺の『脳内俯瞰トイガーデン』と合わせれば、大分戦術が組みやすくなる」

「そうね、確かに玲司君とのコンビネーションはアリかも。それとは別に、コンフォーター対策は課題ね。湯之枝さん以外でもアレを破れるようにしないと」


「2年生トリオも灰島も、来週からまた厳しい特訓だぞ」

「はい!」

「は、はい」

 3人の先輩の大きな返事に合わせるように、戸惑い混じりで返事する。



「そうだ、驚け灰島。ワタシは昨日、寝る時間を削ってお前の能力名を考えたぞ。『知りすぎた男セカンドサイト』、どうだ、いい名前だろ」

「おお、そーちょんカッコいい!」

「良かったな爽斗!」


「へ、あ、は、はい、ありがとうございます……」




 もしかして、ひょっとしたら、僕のキラキラ青春ロードは、寄り道したまま正規ルートには戻ってこないかもしれない。

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