Act.1-6 スリッパに命を

 あれは……見間違え……? いや、確かに動いた。


「雪葉さんっ!」

「きゃっ!」

 咄嗟に小声で名を呼び、ちょうど左前にあった部屋に雪葉さんを入れて自分も飛び込む。

 低い平机が20ほど並ぶその一番奥の隅、座布団が積まれたエリアに身を隠した。


「……灰島君、いたの? 全然分からなかった」

「多分いました。少し動いてたので、敵だと思います。まあ、僕がギリギリ見えたくらいなんで、向こうには気付かれてないと思いますけど」

 相手が僕より目が良ければ別だけど、そうそう負ける気はしないな。


「そっか。まあどのみち、この部屋も探されるでしょうね」

「この部屋……山茶花ですか? 宴会場っぽいですけど」

「多分違うわね。位置を考えると第二宴会場の水仙すいせんだと思う」


 周りを見ながら、雪葉さんが言う。机が整然と並んでるってことは、朝食の会場とかになってるのかな。



「すみません、危険だったんでつい……」

「ううん。通路で敵と遭遇してたら危険だったから助かったわ。私ちっとも気付かなかったし。ありがとね」

 静かに笑う雪葉さん。目と口だけフッと笑みを湛えるその感じは、「謎多き美女」って感じで逆にドキドキする。


 それに、いや、こんなときにこんなこと考えちゃいけないことは重々承知してるんだけど、足がさ! 浴衣からバッチリ見える足が、もうさ! こんな夜に2人っきりで浴衣なんて……いいんですか? 間違って触っちゃうようなことがあってもいいんですか? どうしよう、間違って帯なんか引っ張っちゃったら下着姿になっちゃうんだよなああ! 間違ってね、あくまで間違って!


 広げに広げた妄想を、微かな音が破る。さっき緋色さんといたときに聞いた音に似た、この床の軋む音は、おそらく足音。


「雪葉さん、来ます」

「分かった。このまま動かないで」

 暗闇の中、座布団の山に隠れたまま、目だけ少し出す。全てが黒に溶ける部屋、このくらいならすぐには気付かれないだろう。


 カラカラカラ……サーッ……


 足音が止まり、僕らが開けた後ろとは反対側、部屋の前側のふすまを開ける音が響いた。


 枕を構えながら飛び込んできた1つの人影。闇に慣れた僕の目は、セミロングの髪をばっちり捉える。暗くて色は分からないけど、雛森のメンバーでこの髪型だったのは鷺原さんしかいない。


 枕を構えたまま、キョロキョロと辺りを見回す彼女。そうそう、やっぱり怖いよね。僕が同じ立場でもああやって見回しただろう。どうやらこっちには気付いてないようだけど、慌てて顔を引っ込める。


 さて、隠れたけど、ここをどうやって切り抜けるんだ。絶対にこのスペースも探しに来るはず。雪葉さんは緋色さんみたいなアクションはできなそうだし、どうやって戦おうか。


 悩んでいると、トランシーバーのノイズが耳に切り込んできた。続いて聞こえてきたのは、緋色さんの声。

「そーちょん、ちゃんとあかりんと合流できた?」


 返事したいけど、今したら相手に気付かれるかもしれない。少しずつこっちに近づいてる敵を見ながら、黙ったままでいると、緋色さんが続けた。


「お、返事できないってことは近くに敵がいるってことか! あかりんも一緒にいるのか? あかりん、返事できる?」


 雪葉さんも無言。座ったまま、帯に挟んでいたらしいを取り出した。

 スリッパ? こんなときに何で?


「あかりんとそーちょんは一緒かな。それならそーちょん、安心するぞよ。あかりんがいれば大丈夫!」

 元気いっぱいの幼声を片耳に流しながら、音を立てずにスリッパを握る雪葉さんを見る。


 よく見ると、スリッパは足先の部分をお互い反対向きになるように重ねられ、かかとの部分がガムテープで巻かれていた。


「あかりんのには、ひぃも勝てないぞよ!」


 ヒュパンッ!


 緋色さんの言葉を合図にするように、スリッパを水平に投げる雪葉さん。飛んでいったスリッパは、ブーメランのようにカーブして、部屋の前側の入り口まで行って戻ってくる。帰り道の途中、スリッパブーメランは、こちらを向いていた敵の背中に当たった。


 すばやく後ろを向いて虚像の敵に枕を構える鷺原さん。その瞬間、立ち上がった雪葉さんが放った枕は、彼女の足に当たった。

「あっ……!」


 驚いた様子でこっちを振り返る彼女に、雪葉さんは手を差し出す。

「危なかったわ。もう少し近づかれてたら、投げるのが見えちゃったかもしれない」

 自分に当たったものがスリッパだと分かって少し笑う鷺原さん。


「……参りました。やっぱり美湖さんの言う通り、皆さん強いですね!」

 近くにいってようやく鮮明になった青色の髪を揺らして軽くお辞儀する彼女。雪葉さんに近づき、握手をして水仙を出て行った。




「こちら灯。鷺原さんを仕留めたわ」

 トランシーバーで連絡する雪葉さん。イヤホンから、そして目の前から、同じ声がステレオで聞こえる。


「おう、さすがだな。爽斗、雪はすごかっただろ?」

「はい……ちょっとビックリして頭がついていってないですけど……」

 この競技、奥が深すぎます。


「どうだった、今の技?」

 当てた枕を拾いながら、雪葉さんが聞く。

「す、すごかったです」

「『履かない命スリップスリッパ』、結構気に入ってる技よ」

 やっぱり名前あるんですね。カッコイイような、そうでもないような。


「でも、まさか道具まで使うなんて思わなかったです」

「なんでもかんでも使っていいわけじゃないけどね。旅館にあるものって制約があるの。工作にも文房具くらいしか使っちゃダメ。それに今のスリッパだって、敵から見えない状況じゃないと効果は薄いわ。白兵戦でも戦える緋色ちゃんが羨ましくなるときもあるの」


 だから宴会場みたいな障害物が多い場所で戦うのか。雪葉さんは、サバゲ―のうち埋伏・潜伏の要素を最大限に活かしてるんだな。



「よし、敵はこれであと3人ね」

「こちら湯之枝。おい、時雲」

 調さんからの呼びかけに玲司さんが返事をした。


「他の敵の場所は把握してるか? ワタシは5階にいるが、このエリアにはいなそうだ」

「はい、俺は4階で隠れてるんですけど、今ちょうど、向こうで桑が戦ってます。相手は大将の本間さんですね」


 本間さん、2年生でツインテールだった人か。雛森の2年生は、本間さんと古賀さんの2人だったな。


「調先輩、俺、ヘルプ行った方がいいですかね?」

「いや、古桑ならタイマンでもなんとかなるはず――」

「うわっ!」

 玲司さんが突然、声を大きくした。


「どうしたの、玲司君?」

 呼びかける雪葉さんに被せるように、すぐ返事が返ってくる。

「桑が別の場所から狙撃された!」

 狙撃って!


「時雲、撃ったのは誰だ! あの無造作ヘアのヤツか!」

「いえ、1年生の永田は、多分1階か2階にいるはずです。さっき桑がヤツを見ている」

 ってことは残りの1人……2年生の古賀さんか。


「桑はアウトになりました。本間さんはそのまま4階に待機してます」

 玲司さんが早口で報告を続ける。

 緋色さん、アウトになっちゃったのか……。


「クソッ、古賀はどこだ……この階にいるはず……」

 玲司さんの声が数秒間途切れ、やがて少し大きな声になって戻ってきた。


「いた、近くの階段にいました。古賀も3階に下りていきました。アイツ、コンフォーターです。みんな気をつけて」

「コンフォーターか。どこまでのレベルか分からないけど、厄介ね……」


 軽い溜息とともに口を開いた雪葉さんに聞く。

「あの、コンフォーターって……?」

「ああ、Comforter、つまり掛け布団を体に巻いて戦う人のことよ」

 …………はい?


「布団の上から枕が当たってもアウトにはならないから、防御力が高いの。こちらの攻撃を防ぎつつ弾切れを狙って攻めに転じるスタイルが一般的ね」

「なるほど……」

 ダサっ! ダサいのにそんなカッコいい名前って!


「さて、緋色ちゃんがアウトってことは、これで4対3か」

「雪葉さん、アウトになった人ってどうなるんですか?」

「部屋に戻るだけ。トランシーバーの音を聞く以外、何もしちゃいけないの。アウトになるってことは死ぬってことだからね」

 なんでこの人達はちょいちょい命懸けで枕投げしてるんだろう。


「時雲、5階には誰もいないようだ。ワタシはその古賀ってヤツの首を取りに行こうと思う。一度、3階まで下がるぞ」

「調先輩。本間さんが4階にいますけど、そっちから攻めた方が良くないですか?」

「いや、コンフォーターの方が厄介だ、古賀から仕留めるよ。時雲、多分本間は中継器を復活させるために5階に上がってくる。お前はそこを狙ってくれ」

「了解しました」


 調さんと玲司さんの打ち合わせ終了。調さんが5階から3階へ、玲司さんが4階から5階へ移動するらしい。


「おい、灰島」

「は、はい」

 張り切った声で調さんから呼ばれる。


「ちょっとお前の力が必要だ。3階まで来てくれ。自販機コーナーで落ち合おう」

「わ、わかりました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます