Act.1-5 戦争だから、仕方ない

「そーちょん、何をそんなに焦ってるのさ」

「い、いや! 本当に、その、何でもないですから!」


 いやいや、もちろん下着なんかいりませんとも! その太ももだけ見せていて下さい! 温泉の熱も冷めて天然の白さを取り戻した、なめらかなレアチーズケーキのようなその太ももを! 僕は玲司さんのようにカニ味噌塗りたいなんて変態的な妄想はしません! だって今のままで十分すぎるほど十分ですから!



「…………わわっ! わっ!」


 逸らそうと思っても照準が合ってしまう僕の目線に気付いた緋色さんが、裾に気付いて高速でカサカサと直す。


「そ、そそそそーちょん! 君ってヤツは!」

 レアチーズにストロベリーソースをかけたように顔が真っ赤になる。


「いや、緋色さん! すみません、でもその! あの、つい――」

「問答無用ぞよ! でいっ!」


 ボフッ!


「ぐううっ」

 至近距離で枕を顔面に当ててきた。痛え。ゼロ距離で顔に受けると窒息する。


「味方の枕に当たってもアウトにはならないのだ! 反省するぞよ」

「むぐ……すみません」

 良いモノも見られたし、ルールも1つ覚えたし、良しとしよう。



「まったくもう。あ、そうそう、枕は何回でも使えるぞよ。相手が投げた枕を自分のものとして使ってもオッケー」

「なるほど、拾って投げるを繰り返してれば、何回でも投げられるんですね」


「そういうこと。まあ、この世界じゃコイツは銃弾と一緒の扱いなんだけど、そこだけは違うかな」

 枕を見ながら落ち着いた声で話す。いや、もっと違うこといっぱいあるでしょ。形状から大きさまで。



 話しながら青リボンを揺らしてる緋色さんを見ていると、イヤホンから雪葉さんの声が聞こえた。


「こちら灯。さっき2階で敵に遭った。多分、鷺原さんだと思う」

 鷺原さんは、と……青い髪の1年生だな。


「なんとか逃げたけど、別な人の気配もしたからこの階に2人くらいいるかも」

「こちら湯之枝。灯、お前1人でれそうか?」

「1年生なら造作ないですけど、古賀君か本間さんがいると危ないですね」


 調さん、今普通のトーンで「殺れる」って言いませんでしたか。どうしたんですか。なんで枕投げでその動詞が出るんですか。


「こちら玲司。俺は3階にいるんだけど、このフロアにそろそろ敵が来そうだから動けそうにない。爽斗、雪のサポートお願いできるか?」

「こちら緋色。くもっち、了解。今からそーちょんを1階に派遣するぞよ。ひぃはもう少しこの階で待機する。あかりん、そーちょんはスゴいぞよ!」


「緋色ちゃん、ありがとう。灰島君、期待してるわ。1階の厨房近くにいるね」

 初めて使うトランシーバー。通話ボタンを押して、口の近くに持っていく。

「り、了解です」


 通話を終えると、緋色さんが真顔で僕を見た。

「そーちょん、あそこの階段を使って1階まで行って。曲がり角に敵が潜んでることもあるから気をつけるぞよ。敵を見つけてから抜枕ばっちんすると遅れとっちゃうから、必要なら手に1個持っておきなね」

「抜刀みたいなノリで抜枕って言われてもピンと来ないですから」

 この世界では枕は刀とも同義なんですね。


「とりあえず、くもっちの指示に従っておけば良いぞよ」

「そういえば、玲司さんは本部みたいな役割なんですか? みんなの報告聞いて指示出ししてますけど」

 味方の位置、場合によっては敵の位置もほぼ把握して、逐一指示を出している。


「ほ? ううん、本部なんてないぞよ。くもっちはただの一般兵」

「でも僕達の移動とか、全部記録してるんですよね?」

「ああ、記録じゃなくてぞよ」

 …………へ?


「『脳内俯瞰トイガーデン』。くもっちの技、っていうか能力だね。味方全員の状況リアルタイムで覚えていきながら、報告受けた敵の情報から進路を予測して指示出しするの」

「………………へ、へえ……すごいですね……」


 すごいなんてもんじゃないだろ……全部記憶してるって…………。何なのこの部活、超人の集まり? 大丈夫? 僕、ただちょっと人より目と耳がいいだけだけど、入部して大丈夫?


「じゃあ、そーちょん、1階であかりんを助けてあげて! 殺られる前に叩くんだよ!」

「はい、行ってきます」

 冷静に考えると怖い別れの挨拶を受けて、握手する。

 階段までは2人でゆっくりと歩き、そこから僕だけ下に降りた。



 銃撃戦のシーンでよく見る、曲がり角で背をつけて銃を構えるあのポーズ。やってみたかった気はしないでもないけど、実際にやってみると怖い。死ぬほど怖い。


 大丈夫なのか。相手もこの角に潜んでるんじゃないか。音はしないけど、僕がここに張り付く前からここにいたのかもしれない。


 相手が急に飛び出してきたら対応できるか? そう考えたら、先に飛び出した方がいいな。いやでも、仮に飛び出したとして、緋色さんじゃあるまいし、敵の枕を交わしながら当てるなんてできるのか。とりあえず飛び出しながら投げる? いや、もし敵がいたら闇雲に投げるのは危険だ。当たらなかったら苦境に立たされる。

 頭にザワザワ実る疑念を刈り取って、必死の想いで枕を構える。


 行くぞ、3つ数えたら飛び出すぞ。3、2……いや、待とう。もう少し待とう。

 落ち着け、落ち着け。


 いや、でも敵が先に来たらどうするんだ。対応できないぞ。

 やっぱり早く出なきゃ……行くぞ……行くぞ……えいっ!


 角を飛び出した先には、誰もいない。

 …………よ、良かった…………。

 一安心しながら、忍び走りで階段を下りる。


 こんな緊張と緩和の繰り返しで、なんとか1階まで来た。

「こちら5階、玲司。505号室近くの曲がり角に相手の中継器を1つ発見、電源を切った。敵は上の階で連絡が取りづらくなるはずだ」


 トランシーバーは電波の届く範囲でしか使えないけど、無線の中継器を置けば範囲を広げられるって、昔アマチュア無線好きの友達が言ってたっけ。携帯会社のアンテナを折った、みたいな感じなのかな。


 それにしても玲司さんホントにスゴいな。指示出しだけじゃなくて、相手の連絡を邪魔することで自分も攻撃に参加してる。情報戦のプロフェッショナルだ。


「とりあえず俺は、もう少しここで待機する。復旧させようとして5階に来た敵を狙うよ」

「くもっち、ありがと! ひぃも4階にいるから何かあったらサポートするぜ!」

「よろしくな、桑。調先輩、5階のどこにいますか? 合流する必要ありますか?」

「今は501近くの廊下だ。合流の必要はない」


 みんなの話を軽く頭に入れながら、館内図を見て厨房に向かう。なるほど、トランシーバーなら一辺に全員に情報を伝えられるし、電波の範囲が広くないのも戦いを左右するアクセントになる。確かにスマホ禁止の方が面白いな。



 公衆電話が2台置かれてる少し奥まったスペースを通り過ぎたとき、肩を叩かれた。

 驚きと恐怖で、思わず振り返りながら枕を投げる。


「わっ!」

 投げた枕は相手を掠めず、近くの壁にぶつかる。

 自分の目線より少し下から聞こえた声。セミロング、茶色混じりの黒髪が揺れていた。


「ご、ごめんなさい雪葉さん!」

「ううん、びっくりさせちゃってごめんね」

 膝立ちしていた雪葉さんが、ゆっくり立ち上がる。


「来てくれてありがとう」

「いえいえ、大丈夫です。それで、敵は?」

「さっき連絡してからは、鷺原さんと遭遇してない。先手を打って、先に山茶花さざんかに向かおうと思うの」

 主戦場にするって言ってた宴会場だな。


「宴会場は隠れやすい分、探されやすいんだ。戦場になりやすい場所だから、先に陣取っておかないとね」

「よし、じゃあ行きましょう」

 2人で山茶花に向かって軽く走る。音を立てないように結局スリッパは使わず裸足で走っているから、足はひんやり冷たい。


 途中で敵に鉢合わせたらどうしよう。うまく逃げられるかな。戦うことになったら勝てるかな。大丈夫かな。

 浴衣の綺麗な先輩と走ってるのに、普通とは別の意味で緊張してる。


「雪葉さん、もし鷺原さんに見つかったら戦うことになりますよね?」

「十中八九そうなるでしょうね。でもまあ、戦争だもの、仕方ないわ」

「……………………」

 雪葉さんもだいぶ常識人っぽいんだけどなあ。枕投げの間は新しい人格が芽生えてるんだろうか。



「あと少しね」

 広めの部屋が幾つか並ぶ、細く長い通路。



 そこで。



「…………ん?」


 非常口のランプもない暗がりのその通路の奥で、ユラッと何かが動いた。

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