Act.1-4 彼女も浴衣も、華麗に舞う

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 開戦したけど、ちっとも騒がしくならない。耳に鳴り響くのは、静けさだけ。


「もっと騒ぎながら攻撃するものだと思ってました」

 小声で緋色さんに話しかけると、返事をするために僕の耳元に口を寄せてきた。


 うおおお! なんてステキなシチュエーション!

 もっと遠くても聞こえるけど! だって僕、聴力で入部認められたんだし!

 でもいいです、うん、そのくらい寄せてくれないと聞こえないです!


「騒ぐなんて、そんなことするわけないぞよ。この戦争は『マナー遵守の安全な戦争』を目指してるぞよ。だから宿泊客に怒られた人や、危険なプレイをした人はアウトなのさ!」

 確かに、夜中に廊下でワイワイ騒いでたら迷惑になるしな。


「緋色さん、こっちから攻めたりはしないんですか?」

「ん、こっちから行くこともあるぞよ。この体勢だと、強襲受けたら一溜まりもないし。ただ、闇雲に歩き回っても、潜んでる敵に攻撃を受けやすい。一長一短ぞよ」

 隠密行動が基本ってことか。このあたりもサバゲーっぽいな。


「この戦争では敵を見つけることが一番大事。そのためにそーちょんの目や耳が役に立つぞよ」

 それでああいう入部テストだったのか。あと、ちょいちょい戦争って入れるのやめてくれませんか。


「そーちょん、一旦イヤホンは外していいぞよ。何かあればひぃが伝える。まずは足音を探ってほしいぞよ」

「分かりました」


 外に軽く吹く風の音、自動販売機が呻く声が館内を包む。おそらく、この旅館の精一杯の静寂。目を瞑って、何も聞き漏らさないように音を拾っていく。



 トンッ



 ……この音……おそらく…………

「まあ相手がこの階にいるとは限らな――」

「シッ!」

 遮って、もう一度耳をすませる。



 トンッ トンッ



 微かに、でも確かに、床を踏む音がする。音の発信源はおそらく、一番近い階段の下方向。

「いますね。下の階から上がってきてます」

 できるだけ声を絞って、隣で枕を撫でている緋色さんに伝える。


「ホント? そんなことまで分かるんだ、スゴいぞよ」

 さっきよりも小さい声で話しながら、緋色さんはトランシーバーの通話ボタンを押す。同時に僕に、イヤホンをつけて、と手でサイン。片方だけイヤホンを嵌め直す。



「こちら緋色ぞよ。くもっち、4階に1人来る」

「わかった。桑、そいつの相手は任せる」

「ラジャー」


 報告を終えて、僕の方を向く。イヤホンの中では引き続き、調さんや雪葉さんの状況報告を受けて、玲司さんが指示を出していた。


 まだ見ぬ敵は、ゆっくりと歩みを進めている。その足音はさっきと音が少し違う。

 もう階段を上がってない。


「この階です。近付いてきてます」

「そっか、まだひぃには聞こえないぞよ。ただ、相手も当然ここを探ってくると思う、隠れやすいしね」

 そう言いながら、置いていた枕のうち1つを握る。


「そーちょん、目視で確認できる?」

「やってみます」

 椅子の背もたれから、銃撃戦もかくや、ゆっくりと顔の上半分を出す。


 ここから遠い非常口の明かりの気配を、辛うじて感じるだけの暗がり。それでも、夜目が利く僕にとって、動く個体を見分けるのはそんなに難しくなかった。闇に薄く薄く白色をつけるそれは、きっと枕。


 すぐに顔を引っ込めて、緋色さんに向かって頷く。緋色さんは指でオッケーマークを作ると、人差し指で自分の胸を指した。自分が相手するってことらしい。


 クレッシェンドしていく、ペタッペタッという足音。それでも相当注意して歩いているに違いない。相変わらず神経を集中させてないと聞き取れる大きさではなかった。


 それに、近づいてきてるということは、自分も音を立てないように気を付けないといけない。

 迂闊に音を立てられないって緊張感が、体を固まらせる。今枕なんか握ったら落としそうだ。


 うわわわ、いざこの状況になるとかなり怖い!

 見つかったら終わり、ホントに決死のかくれんぼだ。


「近い?」

「かなり」


 最小限の音量、最小限の言葉のやりとり。

 多分、あと15歩も歩いたら相対することになるだろう。

 呼吸も極力静かに、相手に気付かれないようにしなきゃ。


 と、思った矢先、隣から声が漏れた。


「ようしっ……じゃあ、吹っ飛ばすかな」

 ニヤッと笑う緋色さん。次の瞬間。



 ガタンッ! ビュウッ!



 突然立ち上がり、僕の思考が追い付く前に枕を投げた。

 続いてドサッと床に枕が落ちる音。けられたってことだろう。


 な、何してるんですか急に! 隠れて狙撃とかじゃないんですか!



「ちぇっ、外したか。1年生? 避けるのうまいぞよ。さすがミーコさんに鍛えられただけのことはあるぞよ」

 相手からの返事は聞こえない。隠れたまま、耳だけで状況を窺う。


「で、そっちからは投げないの?」

 緋色さんの挑発に反応したんだろう。布が摺れる、枕を構えた音が聞こえた。


「それじゃあ、ひぃは倒せないと思うぞよ」


 軽くジャンプして、近くにあったテーブルにトンッと乗る。

 そして、僕は椅子の裏から、映画のようなワンシーンを目に焼き付けた。



 ヒュオッ



 テーブルから跳んだ緋色さんは、



 浴衣が捲れて中が見えそうとか、そんな不埒な想像は浮かばなかった。

 ただただ、殺陣のようにキレイなアクションを、バカみたいに口を開けて見つめた。



 回っている緋色さんの横を、枕が掠める。枕はそのまま、僕が身を隠す椅子の横にぶつかる。枕に驚いて立ち上がると、敵の顔が見えた。挨拶に来た5人の中でも、一番大きかった男子。西原にしはら君とか言ったっけ。



 緋色さんがトンッとテーブルに着地した。まるで廊下で軽く跳んだかのように、何の音もしない。


 西原君は緋色さんのアクロバティックな動きに戸惑いながら、2つ目の枕を構えようとしていた。


「まあ待ちなって」

 プールの中でジャンプするように、フワッとテーブルを蹴って浮かぶ。


「投げ方も避け方もセンスあるぞよ。でも、まだまだひぃは狩れないね!」


 膝を抱え込むように前方宙返り。


1回転、2回転……何回転目……?



 そして幾多もの回転の途中、どのタイミングで投げたのか、緋色さんの体から枕が飛び出す。遠心力が加わって猛スピードで放たれた枕は、ボフッと敵の肩に命中した。


「うしっ!」


 着地してVサインする緋色さん。

 西原君は無言で、武道のように一礼して僕の横に落ちた枕を取って去っていった。


 あまりの急な展開に立ちつくす。

 …………な、なんだったんだ今のは。

 枕投げなのに、ただの枕投げなのに、バク宙も前宙もするのか。


「……すごいですね、緋色さん」

「ん? ああ、今の技? 『回って放ってローリングドール』ぞよ」

「名前あるんですか……」

 独特なネーミングだな……。


「1年生か。まだ試合慣れしてない感じだったからサクッと仕留められたけどね。2、3年生じゃ、あんな簡単には勝たせてくれないぞよ」


 乱れた髪を直しながらさらっと言う。え、上級生だと緋色さんレベルでも苦戦するんですか。



「まあ、こういうアクションならひぃは結構得意ぞよ!」

「確かに。小さくて軽いってのが強みですね」

「小さいんじゃない、小柄なんだ!」

 ガウガウと怒る。緋色さんの中では、2つの表現に大きな違いがあるらしい。


「あ、そうだそうだ」

 トランシーバーを帯から取り出す。

「こちら緋色。1人倒した。そーちょん、アイツ名前なんだっけ?」

「西原君です」

「そう、1年生の西原を倒した。そーちょんも無事ぞよ」

「おお、古桑、ステキじゃないか。よくやった」

 調さんに報告し終えた緋色さんが、ニンマリとこっちを見た。


「いやあ、そーちょんの耳があって良かったぞよ!」

「いえいえ。とりあえずお役に立てて良かったです」

「こういう感じで目と耳のサポートしてくれるメンバーがほしかったのさ。攻撃のメンバーは結構強いからね」

「うん、確かに、緋色さんに勝てる気はしません」

 僕にはあんなアクションできそうにないからな……。



「それに、そーちょん夜目が利くのも羨ましいぞよ。ひぃは接近しないと敵がどこにいるのか分からないから」

「ううん、まあ山で遅くまで遊ぶことも多かったから、そのおかげですかね」

「なるほど、環境が人を作るんだなあ」

 腕組みをしてウンウン頷く緋色さん。


 でも、僕だって羨ましいです。あんなにスゴいアクションができるなんて、脚力も体幹もかなりのものに――どわっ!


「ん、どしたそーちょん?」

「い、いいいいや! ななななな何でもないです!」


 あれだけ激しいアクションしたら当然かもしれないけどさ!


 浴衣が……っ! 浴衣の下の裾が……っ! めくれてますよっ!

 もう、その、あの、ギリギリで、その、下着が……っ!

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