Act.1-3 タイチン、始めました

「雪葉、主戦場は決めたか?」

「1階の第一宴会場、『山茶花さざんか』にしようと思います。下見してきましたが、スペース的にもここがベストですね」


「だろうな。古桑、時雲、厄介な相手がいたら、うまく山茶花に誘導してくれ」

「了解です。雪、俺に任せろ」

「ええ、頼むわ。こっちに来たら私がしっかり消すわ」


 顔は存分に笑顔のまま、ヘンな汗が頬を伝う。


 え、枕投げってアレでしょ? 誰かがテキトーに枕投げたらみんなが投げ出して、「おい、やめろよ」とか言ってるヤツも自分が当たると「テメーやったな!」とか言ってバカ騒ぎが大きくなって、最終的に先生に止められる、アレでしょ?

 っていうか何でみんな表情が変わってるの? 目が本気なんですけど。


 と、入口のドアをノックする音が聞こえた。


「お、敵さんが来たようだな」

 調さんが引き戸を開けて玄関に向かう。

 ガラガラという音に続いて、6人のメンバーが入ってきた。


「皆さん、お久しぶりですね」

 メンバーの先頭、茶髪ショートの女子が、会釈しながら口を開く。身長は170近く、足もすらっと長い。


「お久しぶりです、美湖さん。相変わらずモデルみたいに綺麗ですね」

「あらあら時雲君、相変わらずお上手ですね、ふふっ」

 軽く握った手を口に当てて笑う。ううん、口調といい仕草といい、正にお嬢様。この人が3年生の駒栗こまぐり美湖みこさんか。


「ミーコ、時間通りに始められそうか?」

「ええ、シーラ。大丈夫ですよ」

 調さんが美湖さんの肩を叩く。ミーコにシーラ、幼馴染っぽい呼び方だな。


「今回は練習試合ということで、私は参加しません。2年生・1年生中心に参戦してもらいます。大将は本間さんにやってもらいますね」


 美湖さんが5人のメンバーを紹介してくれた。

 まずは2年生の2人。ツインテールの本間さんと、スポーツ刈りの古賀さん。

 そして1年生の3人。がっしりした体格の西原君、ワックスで無造作ヘアにしている永田君、青い髪の鷺原さん。


 それに続いて調さんが僕ら4人を紹介する。

「こっちは新人は1人だけだ。1年の灰島爽斗」

「よ、よろしくお願いします」

「ふふ、よろしくお願いします。全力で潰しに来てくださいね」

 何、何が始まるのこれから。


「ではシーラ、0時ちょうどに開始で」

「よろしくな」

 全員で対戦メンバーと握手を交わし、美湖さん達は部屋を出て行った。




「ゆーのさん、枕持ってきましたぞよ!」

 雛森と同じタイミングで部屋を出ていった緋色さんが、隣の女子部屋から白い枕を5個持ってきた。こっちの部屋と合わせて10個の枕。



「古桑、ワタシが苦手なタイプのヤツがいたらお前に任せるかもしれない」

「任せてください、息の根止めます」

「緋色ちゃん、無理しないでね。1年生はすぐ狩れると思うけど」


「灯、お前も頼むぞ。調さんには3年生の相手に専念してほしいからな」

「大丈夫よ、玲司くん。刺し違えてでも仕留めるわ」

 フフッと笑いながらで話す4人。あの、なんでみんな怖いことばっかり言ってるんですか? 誰か死ぬんですか?



「今回の枕はポリエステルだ。飛距離はかなり長いから、遠目からでもガンガン狙っていくぞ」

「はい!」

 2年生3人の返事が響く。あの、早く枕投げませんか?



「じゃあ準備だ。灰島、お前は慣れてないだろうから、帯枕たいちんしろ」

 タイチンって何でしょうか? あの、何をされるのでしょうか?



「古桑、手伝ってあげてくれ」

「了解であります! そーちょん、手を上にバンザイして! あとスマホは使用禁止だから置いていって!」

「は、はい……」

 言われるがままにバンザイする僕。腰の左右に枕をくっつけられ、予備として置いてあった浴衣の帯で縛られた。


「よし、これで大丈夫ぞよ!」

 僕は今、左右に枕を結わえた、日本でも稀なファッション中。


「各自、時雲からシーバーとイヤホンをもらえ」

 ねえ、何で枕投げにトランシーバーが必要なの? ねえ?


「もらったら帯に挟むの。落とさないように、緩かったから締め直してね」

 玲司さんからトランシーバーとイヤホンをもらい、雪葉さんが帯の隙間にぐいっと本体を差し込んだ。



「灰島、イヤホンは片耳だけにしておけ。他の情報が拾えなくなる」

「わ、わかりました」


 調さんはトランシーバーを持ちながら、玲司さんの方を向いた。

「時雲、チャンネルとグループはいくつだ?」

「チャンネルは8、グループは6でお願いします。雪、爽斗のシーバー合わせてやってくれ」

「うん。灰島君、ちょっと貸してね」

「は、はい」

 雪葉さんが、トランシーバーのボタンをカチカチ押して設定してくれた。


「チェックチェック。こちら玲司。聞こえますか、どうぞ」

「みんな、時雲の声聞こえたか?」

 イヤホンから玲司さんの声が流れる。調さんの確認に、全員が軽く頷いた。

「いつものやるぞ。灰島、お前も手を出せ」


 漫画で見る、みんなで手を真ん中に出して重ねる円陣ポーズに慌てて参加する。


「枕に風を! 枕に牙を! 掛戸、ファイトーッ!」

「オーッ!」

 調さんの掛け声に呼応して、全員で叫んで手を高く上げる。

 僕も戸惑いながら、手だけ動かした。



「よし、散るぞ! 時雲、指示を頼む!」

「任せて下さい、調先輩!」


「緋色ちゃん、危なくなったら敵を1階まで誘導して」

「おういえ! あかりんも気をつけてね! よし、そーちょん行くぞ!」

「え、あの、どこにですか?」

「とりあえず隠れる!」



 耳にイヤホン、胴にトランシーバー。僕は腰に、緋色さんは両手に、2つの枕。

 アブナい格好で、アブナいヤツらが部屋を飛び出した。




***




「よし、そーちょん、一旦ここに隠れるぞよ」


 階段を1つ上がった4階、通路途中に設置された休憩スペース。テーブルと椅子が幾つか置かれていて、新聞のラックには今日の各紙が並んでる。

 一番奥の椅子、その裏側に座った。


 もうきっとフロントにも誰も立っていない、日付が変わる10分前。館内も完全消灯で、非常口の明かり以外は茫洋たる黒色。


「すぐ飛び出せるように、お尻はついちゃダメぞよ」

「わ、分かりました」

 両手に持っていた枕をいったん床に置き、椅子の背もたれからスペースを覗き込む緋色さん。



「ここで相手が来るのを待つぞよ」

「…………あの、緋色さん、若干混乱してるんですけど、あの、これ、何ですか……?」

「うん? 枕投げぞよ。修学旅行のときにやったりしなかった?」

「こんな枕投げはしてないですよ!」

 やっと言えたよ、このツッコミ!


「そっか。あれは枕投げるだけのライトタイプだもんね」

 そうです。少なくともトランシーバーは使ったことないです。


「あのね、この競技は、ゆーのさんやミーコさんがサバイバルゲームの要素も取り入れて作ったんだって」

「オリジナルなんですか……」

 そりゃやったことないわけだよ。


「で、緋色さん。僕ルールが良くわかってないんですけど、とりあえず投げまくればいいんですか?」

「あのね、そーちょん。これはそんな簡単な競技じゃないぞよ」

 分かりきったことを、というように溜息を漏らす緋色さん。


「今回は大将戦だから、勝利条件はさっきの本間っちに枕を当てること。こっちは、ゆーのさんが当たったら負け」

「1回でも当たったらですか!」

 厳しいルールだなあ。


「当然、ひぃ達も当たったらアウト。部屋に戻って、行動不能扱いぞよ」

「行動不能、ですか?」

「うん。当たったら死んだってことだもの」

 ライトタイプの枕投げで絶対聞かない言葉をさらっと言われる。


「緋色さん、枕ってキャッチしてもいいんですか?」

「そーちょんさ……」

 僕の肩に手を置く緋色さん。


「枕投げ部の世界では、枕と銃弾は同義ぞよ」

 何かヘンな世界に来ちゃったなあ!



「枕をけるのはオッケー。キャッチはアウト。跳枕ちょうちんに当たってもアウトぞよ」

「なんですか、チョウチンって?」

「跳ねるに枕って書いて跳枕。跳弾と一緒ぞよ、壁に当たった枕に決まってるぞよ」

「決まってないぞよ」

 枕を「ちん」って読む文化に慣れてないんです、僕。


「ああ、でも壁じゃなくて地面にバウンドしたものは跳枕とは看做みなさず当たり判定はないぞよ」

「なるほど。でも、当たり判定って誰がするんですか? 審判とかいないんですよね?」

「自己申告ぞよ。そこは相手を信じるしかないぞよ。この競技はお互いの信頼と性善説で成り立ってるのさ!」


 金髪をなびかせて正拳突きのように拳を突き出す。拳より、揺れた体に目がいっちゃうな。座ってる分、胸の膨らみがはっきり分かる。どうしよう、戦ってるうちに浴衣がはだけていったりしたら……おおお、むしろちょっと敵を応援したくなる!


「あ、そーちょん、トランシーバーの使い方は分かる?」

 熱気ムンムンで盛り上がっていた脳内を、緋色さんの声が冷やす、

「はい、大体は。このボタン押して喋ればいいんですよね?」

 さっき雪葉さんが触ったボタンの近くに、通話と書かれたボタンがあった。


「そうそう、かなり高性能だから、小声でもバッチリ拾うぞよ。みんなの声は勝手に入ってくるからね。あと、呼ばれたら、生きるか死ぬかの瀬戸際じゃない限りは返事して!」

 枕投げで今際いまわの際ってどういうケースですか。


「あと、色んな人から移動指示とか出るから、ちゃんと聞いておくこと!」

「分かりました! なんかカッコいいですね!」

「でしょー? カッコいいよね!」

 ニッシッシと笑う緋色さん。


「他に質問はあるかね、そーちょん君」

「えっと……雛森は他のメンバーもいるみたいでしたけど、試合は5対5なんですか?」


「そ、5人ぞよ。うちはゆーのさんの代にもう1人いたんだけど、3月に親の都合で海外に行っちゃってさ。雛森みたいに2チームできるくらい部員いれば別チームとして試合できるけど、もし部員6人とかになっちゃったら毎回1人参加できなくなっちゃうでしょ? だから今年は1人だけ入れることにしたのさ」

 そっか、それで新入部員が僕だけなのか。


「よし、あとは試合やりながら教えるぞよ!」

 枕をグッと握る緋色さん。それに応えるように、イヤホンから調さんの声が聞こえる。


「こちら湯之枝。まもなく0時だ。気合い入れていくぞ」


 その途端、彼女はニパッとした笑顔を真顔に戻し、口を歪めて目を光らせた。

「さて……宣言通り、ボロ雑巾みたいに引きちぎってやるぞよ」


 …………怖っ!



 人生初体験、ヘビーなタイプの枕投げが開戦した。

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