Act.1-2 告げられる真実

「灯、古桑こそうはどうした?」

 部室の隅に鞄を置きながら、調さんが雪葉さんに聞く。

緋色ひいろちゃんですか? まだ来てないですけど……」

「あ、くわなら遅れるって言ってましたよ」


 そういえば女子部員は3人いるって言ってたな。残り1人のことか。

 そんな僕の考えを察してか、調さんがこっちを向いて説明してくれた。


「もう1人、古桑緋色こそうひいろってのがいるんだ」

「カッコいい名前ですね!」

 なんか由緒正しい家っぽい名前だなあ! 緋色って名前がまた味わい深い。


「まあ、本人はそんなにカッコいいもんでもないけどな。な、雪葉?」

「そうですね、緋色ちゃんはどっちかって言うとマスコットみたいな感じですね」

 茶托に湯呑み茶碗を乗せて、お茶を淹れながら雪葉さんが返事をする。


「そうなんですか? でも名前がすっごく、こう、温泉部にピッタリというか、日本的というか、そんな感じで――」

「お、君がそーちょんか!」


 初めて耳にした珍しいあだ名とドアのガラガラ音に後ろを振り向くと、自然と目線が下にいった。


 びっくりするほど低い身長に、プラチナブロンドでカール少なめのショートパーマ。頭のてっぺんには、僕のペンケースくらいの大きな青色リボン。


「は、はい。灰島爽斗ですけど……」

「そうか! ひぃは会えて嬉しいぞよ! 古桑緋色だ、よろしくぞよ!」

 ピンクのラメをイメージさせるようなロリっ気たっぷりの声で話しながら、小さい手で精一杯握手する。


 …………全然イメージと違う! 1つも由緒正しさがない!

 語尾だけ異常に古風だけど!


「な、爽斗。くわってマスコットみたいだろ?」

「……そうですね、うん、小さいし」

 玲司さんに返事をした僕に、ムキーッと怒った。


「なんだとーっ! 言っておくけど、ひぃはギリギリ140は超えてるだぞ! 141センチあるんだからな! 小さい小さいってバカにしてもらっちゃ困るぞよ!」

 141センチ……僕と30センチも違うのか。


「なんか、緋色さん小動物みたいでかわいいですね」

「なっ……!」

 赤くなる緋色さん。おお、名が体を表した。


「バ、バカにするな! かわいくなんかないぞ!」


 自分の胸のあたりに手を構え、ポカポカと殴ってくる。彼女にとっての胸なので、僕にとってはお腹くらいの位置。

 そして言葉では反抗してるものの、表情はちょっと嬉しそう。おさな可愛いってヤツだな。


「全員揃ったな。じゃあお茶にしよう」

 雪葉さんが急須でお茶を淹れ、調さんが手早く隣に回していく。冷静に考えると部活中にお茶飲むってすごいな。


「はい! 今日はひぃの家から、かりんとうを持ってきたぞよ!」

 ポットの隣にあった菓子皿に、袋からザザーッとあける。甘い匂いに混ざって、少しピリッとした香りが鼻をさした。


「これ、生姜みたいな匂いがしますね。練り込んであるのかな」

「おお、そーちょんスゴいな君は、鼻も利くのか!」

「ふははっ、ワタシが見つけた逸材だけのことはあるだろ?」

 調さんの嬉しそうな声を聞きながら、みんなでお茶を啜った。


「よし、灰島。何はともあれ、歓迎会も兼ねて一度旅行に行こうと思う。今週の土日は空いてるか?」


 ……え、もう旅行に行けるの?


「はい、今のところ空いてますけど」

「おう、ステキじゃないか! じゃあ明後日から、今シーズン1回目の温泉旅行だ!」


 こ、こんな簡単に、女子高生との温泉ライフが実現するなんて!




 ***




 そしてあっという間の旅行当日。

「うあー、天国だ。玲司さん、天国ですよ!」

「そうだな。あーホントに天国だ。気持ちいいぞー!」


 家のお風呂じゃ絶対できない、体を伸ばしきった姿勢でお湯に溶ける。

 電車に揺られること1時間。宿泊先の「ホテル雅」、その最上階である5階の大浴場。内湯とサウナのエリアを抜けて露天風呂につかり、幸せを満喫した。


「ところで爽斗。3人の浴衣姿はなかなかスゴイいぞ」

 ニヤリと笑う玲司さん。

「で、ですよね! 僕、ちょっと考えただけでドキドキしちゃいます!」

 なんだ、玲司さんもまともな男子高校生っぽい感性あるじゃないか。


「あの浴衣姿はね、見てるとカニ味噌を塗りたくりたい衝動に駆られるよ。特にくわの身体はね」

「そんな衝動はおかしいです」

 一瞬でも信じた自分を恥じる!


「この旅館の浴衣はネットで評判だったぞ。女子の浴衣は柄や色がかわいいってさ」

 脱衣所に戻って体を拭きながら、波模様の白い浴衣と茶羽織ちゃばおりを着てドライヤーをあてる。


「へえ、楽しみですね! 男子のこれもなかなかオシャレですけど」

 玲司さんの耳寄り情報に相槌を打ちながら、スリッパでペタペタと暖簾を潜った。


「お、灰島」

「あ! どうも……」


 調さんの声に体を向け、あまりの衝撃に思わず声を落とす。

 3人とも、桜の花びらをあしらった薄桃の色浴衣と茶羽織。


「どうした? 灰島」

「いえ、なんでもないです……」


 この3人……浴衣がメチャクチャ色っぽい!

 これが、これが、女子高生の魅力……っ!


 調さんは、濡れたロングヘアと覗く足がスゴい。割と高めの身長だから、ちょっと浴衣が小さめなのも高ポイントだ。


 雪葉さんは、調さんよりももっと足が細くて、スレンダーという言葉がピッタリ。普段の色白のせいで余計に火照って見えるその体。


 そして何より緋色さん。この人、着やせするタイプだったのか……。あの低身長からは想像できないほど成長した胸とお尻。そのくせ、ちっとも太ってないウエスト。


 反則だ! この3人は存在自体がセクハラ、いや、ハラスメントではないからセクシャルだ!

 温泉っていいものですね! 温泉って素晴らしいものですね!


「すみません、調先輩。遅くなりました」

 タオルを首にかけて、玲司さんが来た。

「ああ、いや、ワタシ達も今あがったところだ。よし、部屋に戻ろう」


 戻る途中、小声で玲司さんが囁く。

「な、スゴいだろ?」

「はい、みんなスゴいです……」

 体が熱いのは、きっと温泉のせいだけじゃない。




 部屋に戻ってからは、調さん達3人が隣の304号室から遊びに来てくれて、303号室で大はしゃぎ。今が高校生活のピークなんじゃないかと思うくらいの楽しさ。


 安く済ませるため、素泊まりでコンビニご飯。でもそれでも全然構わない。

 クイズ番組を見て、ババ抜きをして、UNOをやって。


 温泉で、浴衣の女子高生とゲームしてお喋り。思い描いた通りの、いや、それ以上の、キャッキャウフフな青春ロード。


 しかも、女子3人がババ抜きで僕の手札を引こうとする度、UNOで手札を出そうとする度、テーブルのクッキーを取ろうとする度、毎回浴衣の胸元と足元を風が通り抜け、絶妙な空間が生まれる。これが女性の肌、麗しい肌! 危うく下着も見えそうじゃないですか! なんだこの楽園は!


 何度でも言おうじゃないか。青春バンザイ! 全国の高校生の皆さん、さあどうぞ、遠慮なく僕を羨ましがってくれ!




***




 気が付けば23時。夜食をつまんで話してるうちに夜も更けた。

 そろそろ寝る準備でもするのかなあと考えていると、調さんが口を開く。


「……灰島、実はお前に謝らなきゃいけないことがある」

「へ? あ、はい、何でしょう?」


 すると調さんは、いきなり


「実は……この部活は温泉部ではない。枕投げ部なんだ!」


 キャッキャウフフな青春ロードは、おかしな方向に寄り道を始めたらしい。




「…………枕投げ部?」


「ああ。今日は他校との練習試合でこの旅館に来たんだ。もちろん、旅館に来て温泉に入るってのは嘘じゃない。ただ、枕投げと聞いて入部を躊躇しないように、温泉部とウソをついてお前を捕まえた。本当にすまない!」

 言葉の勢いそのまま、また土下座する調さん。


「もし出来るなら、枕投げを一緒にやってくれないか!」


 ……うん、楽しそうじゃないか。枕投げなんて修学旅行以来だし、女子も混ざってみんな浴衣で枕投げするなんて、捲れる浴衣、広がる夢……むしろやってみたい!


「はい、ぜひやらせて下さい! よろしくお願いします!」

「そうか、ありがとうな、灰島!」

 もうすっかり乾いた髪を揺らして立ち上がった調さんが、微笑みながら握手してくれた。


「じゃあ早速今日の試合にも出てもらうからな。もう少ししたら相手の雛森ひなもり高校がここに挨拶に来る」

「分かりました」


 雛森はこの町の近くの高校で、雛森の枕投げ部の部長、駒栗こまぐり美湖みこさんが調さんの旧友だと、雪葉さんがお菓子の袋を片付けながら説明してくれた。



「よし、ではワタシ達も準備を開始しよう。これより作戦会議を始める!」


 おお、なんか本格的! 時間内に当たった回数とかで勝負するのかな? あるいはドッジボール的な感じ? まあとりあえずガンガン投げて、めいっぱい楽しむぞ!



 4人の目つきが、突然変わった。

 調さんと緋色さんはギンッとした鋭い目、玲司さんと雪葉さんは冷静で冷徹な目。


「これが今回のフィールドです」

 大きくコピーされた、館内の見取り図を机に広げる玲司さん。


「時雲、シーバーの中継器はどこに置いた?」

「4階の休憩スペース近くにあるゴミ箱の後ろに1つ。あと1つは1階の厨房付近、食器を運ぶ用のワゴンの裏にガムテープで留めました」

 ペンで差しながら確認する玲司さん。


「分かった。古桑、お前は始めは灰島と一緒に行動してくれ。余裕を見て、灰島に細かいルールの説明を頼む」

「了解であります!」

「その後は、お前が動き回って何人か仕留めてほしい」

「任せて下さい!」

「ワタシはしばらくは5階にいる。あとは状況を見て動くことにするよ。狩れそうなヤツがいたら少し狩っておく」



 あ、あれ……僕が知ってる枕投げと、ちょっと違うぞ……?

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