入部~練習試合編

第1部 VS 雛森高校

Act.1-1 温泉部との出会い

「誰もいない……早く来すぎたな……」


 校門を潜ったが、生徒の姿はまったく見えない。でも、準備が終わったら一刻も早く登校したくなってしまって、家で待ってなんていられなかった。


 今日、私立掛戸かけと高校の入学式を迎える僕、灰島爽斗はいじまそうとは、それくらい気合が漲っていた。



 高校での目標、それはズバリ「とびっきりの青春!」


 中学までは、ここから電車で40分、山沿いのド田舎に住んでいた。

 父の仕事の都合で引っ越してきたこの街は、中学時代は月に一度遊びに来ていた、なんでも揃う魔法の楽園。そんな街にある高校への入学は、考えただけで興奮する。


 都会っ子の友達と進路の相談、部活の練習で渇いた喉を潤す校庭の水道、彼女とのカフェデート……。彼女もいないし部活も決めてないからあんまり具体的な目標はないけど、とにかくキラッキラ光る高校生ライフを楽しみたい!


「散歩して時間でも潰すか……ん?」


 校門から当てもなく西に向かって歩いていると、駐車場の方に1人の女子の先輩を見つけた。ビリジアンと黒の中間色のブレザー、その首元に3年生の証であるシルバーのリボンをつけている。身長は普通の女子よりやや高め、162-163くらいかな。


 少し目線を下に向けて、ジーッと目の前の木を見ている彼女の顔は、びっくりするほど端整。大人びた綺麗さと、なんでも相談に乗ってくれそうなキリッとした強い目つき。腰上まであるロングストレートの黒髪もつややか。


 つい目がいってしまい、引力が発生しているかのように彼女と距離が縮まる。


 しかし彼女にあと7、8歩まで迫ったとき、足を止めた。

 ギリギリ聞き取れるような小さい声で、何か呟いてる。



「この声が聞こえるか?」

 …………なんだ、僕に言ってるのか?


「この声が聞こえるか?」

「……あ、はい」


 すると、彼女はそのまま、駐車場の隣にちょこんとある池を指差した。ときどき水面が揺れて、少し大きめの鯉が顔を出している。そして、また小声で囁く。


「池の前に置いてあるキーホルダー、そこから動かずに何の動物か答えられたら、部活のステキなマル秘情報を教えてあげよう」


 部活のマル秘情報? なんだよ、大分怪しい話になってきたな。

 言われた方を見ると、確かに池の手前の石に、何か置かれてる。


 うーん、あれがキーホルダーか、ホントにちっちゃい。こっからだと、なんとか見えるくらいだな……あの黄色と茶のまだら、細長い上半身からすると……。



「池の前に置いてあるキーホルダー、そこから動かずに何の動物か答えられたら、部活のステキなマル秘情報を――」

「あ、あの、キリンじゃないですか?」


 僕が言い終わるか終わらないかのタイミングで、先輩はこっちを向きニマッと笑った。


「お前、名前は?」

「あ、灰島爽斗です」

 見た目に反したカッコいい口調に驚きながら返事をする。


「灰島か。よし!」

 グワッと肩を掴まれて、続いてバンバン叩かれる。


「おめでとう! 正解だぞ灰島! では、部活のマル秘情報だ」

 誰もいない周りを一応チラチラ見回して、彼女は僕に顔を近づけた。


 うっわ、ホントに綺麗な人だ。切れ長で二重の目に、小人の滑り台のような高い鼻。口元がキュッと締まって、表情は自信に満ちている。



「来週の部活紹介には出ないんだけどな、ワタシは温泉部の部長なんだ」

 さっきと同じくらいのボリュームで囁く。


「……温泉部? 温泉って……あの温泉ですか? 旅館にある大きなお風呂の?」

「そうだ、あの温泉だ。温泉旅館に泊まりに行く部活なんだ」


 み、みんなで温泉だって! こ、こ、こんな綺麗な人と温泉に行けるのか!


「今、ワタシ含めて、女子3人、男子1人の部員がいるんだがな、部費の都合上、1年生の募集は1人だけってことにしたんだ」


 女子3人! 女子高生3人と温泉だって!

 ホントですか! ホントなんですか、名も知らぬお姉さん!

 浴衣! みんなでトランプ! 枕投げ! 朝まで恋バナ!


「その1人を……僕に……?」

「ああ、もちろん強制するつもりはないから、じっくり考え――」

「入ります!」


 即答。そりゃそうでしょう、即答ですよ。

 ええ、入りますよ! 部活に、っていうか温泉に! 女子と温泉に!


「おお、そうか、入ってくれるか! 嬉しいぞ、ありがとう!」

 待ってたんだよ、そう! 僕はこういうのを待ってたんだ!


 部活に汗を流すのもいい、放課後に教室で語らうのもいい。でも、休日みんなで温

 泉に行って、ハプニングだらけの泊まり旅行を送るなんて、今言った2つが霞んで見えるくらい、とってもとってもキラキラしてるじゃないか!


 しかも、女子高生と! 浴衣女子高生と! みんなで眠くなって、同じ部屋で寝ちゃったりして! 顧問の先生とかいるのかなあ! 顧問の先生が見回りに来たときに慌てて隠れて、同じ布団に入っちゃったりするかなあ!


「あの、ホントに良い情報教えてくれてありがとうございます! えっと……先輩、名前は……」

「ああ、ワタシか?」

 僕の質問に、振り返って答える。

調しらべ湯之枝調ゆのえだしらべだ、よろしくな」




 ***




「よし、着いたぞ。他の部員にも、お前を連れていくと連絡してある」


 入学式後の南校舎3階、一番西側の奥、ドアに何の貼り紙もない教室。

 調さんに部室に案内してもらえることになった。


「あの、ちなみに、温泉部って顧問の先生もいるんですか……?」

「ああ、顧問は基本いないと思ってていいぞ。たまに活動報告するくらいだ」

 残念。見回りの先生が急に来て、事故で女子と布団に隠れる展開は期待できないか。でもまあ、先生がいない方が自由にアレコレやれたりして……!


「そういえば湯之枝先輩」

「ああ、調でいいぞ」

 振り向いて微笑みながら言う。名前呼びなんて、嬉しいような照れるような。


「じゃあ調さん。何でキリンを当てた人を部員にしようと思ったんですか?」

「ん? ああ、まあ色々あって、目や耳のいい人がほしかったんだ」


 目と耳? 温泉に関係あるのか? あ、あれか、山間の温泉に行ってキャッキャしながら動物観察したりするのかな。何そのハッピーなイベント!


「遅くなったな。連れてきたぞ」

 部室に着き、調さんが引き戸を引いた。


 ドアが開き、目の前に広がったのは、部室というより何かの楽屋のよう。


 部室の真ん中には大きい机があって、それを囲むようにパイプ椅子が並ぶ。パイプ椅子には座布団。

 部室奥、窓の近くには水道付きのシンクがあって、その端には電気ポットが置いてある。

 反対の端には、急須と食器カゴ。カゴの中には、菓子皿と湯呑茶碗、湯呑を置くあのお皿みたいなのは茶托ちゃたくとか言ったっけ。


 ううん、さすが温泉部だけあるな……。



「お、噂の爽斗だな!」

 調さんの声に反応して、男の先輩が椅子から立ち上がる。


「爽斗、よろしくな。温泉部2年の時雲玲司ときぐもれいじ。呼び方は玲司でいいぞ!」


 ドアまで来て、ブンブンと握手をしてくる、軽くパーマを当てた茶髪の先輩。僕よりも6~7センチ高いかな? ってことは180くらいあるのか。


「あ、灰島爽斗です! 玲司さん、よろしくお願いします!」

「いやあ、俺も実験で1回やってみたんだけどさ、調先輩の声、顔まで耳近づけないと何言ってるか全然聞こえなかったわ。キリンなんてあの距離じゃ色も分からなかったし」

「あ、中学が姉子倉あねこくら中なもんで、田舎暮らしのせいですかね。最近こっちに引っ越してきたんです」


 姉子倉町は、ここから電車で40分、ここと同じ地域と呼ぶには烏滸おこがましいほどの田舎。

 でもって僕の家はその中でもさらに田舎。近くの山では鹿の目撃情報も多数で、近くの川で魚を捕るのがベーシックな遊戯。


「なるほど、視力も聴力もそこで鍛えられたんだな」

 玲司さんはうんうんと頷いた。


「ところで爽斗、話は変わるけど」

「はい」

「お前は調先輩の足に何を這わせたい?」

「はい?」

 ホントに大分変わったぞ。


「だから、調先輩の足に何を這わせたいかって聞いたの。刷毛はけでジャムを塗りたいとか、色々あるだろ」

「いや、そんな一般常識のていで言われても」

 ただの変態だこの人!


「ちなみに俺はサーモンを這わせたい。足首から太ももにかけて、S字カーブを繰り返すように箸で動かすのが良いよな」

「同意求めないで下さい!」

 ド変態だこの人!


「ふははっ! 時雲、相変わらずの妄想だな」

 自分が言うのもなんだけど、相当不純な動機で入部したんじゃないか、この人。


「灰島、もう1人紹介。2年のあかり雪葉ゆきはだ」

 調さんが、本を鞄にしまっていた色白の先輩の肩に手を置く。


 調さんより短い、肩くらいまでのウェーブのかかったセミロング。少し茶に近い黒色は地毛かな。

 調さんとはちょっとタイプの違う美人。調さんは大人びたキレイさだけど、雪葉さんは高校生らしい等身大のキレイさって感じ。


「雪葉さん、よ、よろしくお願いします」

 椅子の前まで行ってペコッと頭を下げると、立って礼をし返してくれた。

「灯雪葉です。灰島君、よろしくね。あと、玲司君の妄想に付き合ってると伝染うつっちゃうから気をつけて」

「こら、雪! 爽斗にヘンなこと吹き込むな!」


 真顔に近い表情、目と口元だけ仄かに笑う雪葉さんに、玲司さんがツッコむ。

 

 雪葉さんの声、落ち着いた優しい感じでいいな。そしてこの人と温泉に……卓球とかやって汗ばんだりするのかな……ああ、温泉は日本の宝だよホント……。






 ――そう、この時僕は、何も分かっていなかったのだ。


 この部活がことも……

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