――

「…………それは、聞き逃せないな」



 罵倒を受け止め、聞き流し、声をかけ続けてきた。でも、その言葉だけは、どうしても聞き逃すわけにはいかなかった。鵜呑みにするわけにはいかなかった。

 私は羽汰へと手を伸ばした。なんとか触れたい。触れて、引き寄せて、声をかける……いや、違う。この思いをぶつけたい。私この想いと、怒りを、羽汰にぶつけてやりたい。


 しかし伸ばした腕には炎の槍がなん本も突き刺さり、羽汰に届くことはない。


 ……ここは羽汰の世界。羽汰の空間。羽汰が望んだことが、すべて現実になる世界。だったら、こんな空間で私が羽汰に勝つなんて……やはり無理じゃないのか?


 そう思ったが、ふと、思い返す。



(……どうして私は、まだここに存在している?)



 羽汰の望む世界ならば、私を完全にシャットアウトし、この世界から弾き出してしまうことだって出来るはずだ。

 それか、私の思想を書き変えることだって出来るのかもしれない。私の行動を操って、もとの世界へと返すことだって出来るはずなのだ。でもそうしない。


 なぜだろうと考えてみた結果、可能性は二つに絞られた。


 一つは、本当は羽汰は死なんて望んでいなくて、その心を保ち、殺さないようにするために、感情をあらわにし、私を自暴自棄に襲っている。


 もう一つは単純に……私が、羽汰の操作できる範囲の外にいるという説だ。私はあとから無理矢理羽汰の精神世界にねじ込まれた、謂わばイレギュラーな存在なのだ。だとしたら、この世界で『神』と呼ばれるべきである羽汰が操れなかったとしても、なんら不思議ではない。


 ……だって、神と言われた母上は死んだ。あっけなく、簡単に。



「……羽汰、聞こえてないのか」


「アリアさんはなにも分かってないんだ! 僕がどれだけひどい人間か、わかってない、気づいていない! 今までの人間とは違うんです! 僕は、大事な人を疑って、死なせた! それも、自分のせいだと認めたくなくて、ずっと逃げてきた!

 そんな僕の……どこがいいっていうんですか!」


「…………」



 私は、一歩羽汰に近づけば、手を差し出した。やはり幾本もの槍が突き刺さる。……私は、そんなこと気にせず、羽汰との距離をつめた。

 振るわれた剣を間一髪で避け、また、手を伸ばした。



「っ……離れてくださいっ!」


「嫌だ」



 そしてそのまま、羽汰の片手をとれば、強く捻りあげる。抵抗しようと手のひらを私に向けた羽汰が、はっと驚いたような顔をする。……それもそうだろう。だって、『ここでは柳原羽汰が絶対』なのだ。そのはずなのに、今羽汰は、簡単に私に組みつかれ、その反撃すらできていないのだから。

 とはいえ、私もろくに魔法は使えない。……なので、体を捻り、反動をつけて、羽汰の体を地面に叩きつける形で、投げる。……今はもう死んでるのだ。これくらいしても、なんともないだろう。


 一瞬の痛みに悶える羽汰の上にまたがり、胸ぐらをつかんだ。そして、おもいっきりその頬を殴る。

 乾いた音がして、羽汰が驚いたようにこちらをみる。……私は、そんな羽汰の表情なんかまるで気にしないで、怒鳴った。



「ふざけるなよ羽汰っ! ……自惚れるんじゃないぞ。私たちと一年以上一緒にいて、一年以上一緒に旅をして来て! 自分のいいところだけを私たちに見せてこられたと思っているのか?!」


「……え」


「私は言えるぞ! 羽汰の嫌いなところ、羽汰の悪いところ、羽汰の醜いところ! 幾つでもいえるぞ、ポンポン沸いてくるんだからな」



 戸惑いを隠せない羽汰に、私は捲し立てる。そんなことで……たったそんなことで生きるのをやめるなんて、そんなこと許すはずがない。



「普段ヘタレで頼りないところ。優柔不断で、私たちを待たせてばっかりなところ! びくついて、判断を私たちに任せること! 普段弱いくせに、急に強くなること! あれずるいからな!?」


「あ……りあ、さん……?」


「疲れるとすぐに寝るし、すぐ一人で抱え込む。前の世界で何してたか、こないだまでずっとずっと隠してたし、言ったあとの今もまだ、一人で抱え込もうとしてる」



 どうしようもないリーダーだ。なんであの瞬間、Unfinishedのリーダーを自分じゃなく、羽汰をリーダーにしたのか。正直なところ、まるでわからない。

 でもなんとなく……『それしかない』と思ったんだ、私は。



「大丈夫とか、平気とか、気にしないでとか、そういう言葉ばっかり使って、私たちが心配しないとでも思ってるのか!? そういうところ本当に嫌いだ!

 すぐに自分を傷つけようとするのだって嫌いだ! バカなんじゃないのか? それで私たちが喜ぶとでも本気で思ってるのか!?」



 でも……。

 ……私は、羽汰の襟元を、両手でぎゅっと握りしめた。声に出すことで溢れかえった想いは、意図も簡単に滴となってこぼれ落ちた。



「…………私は、お前なんかだいっきらいだ」



 体が支えられなくなって、襟元から手を離せば、剣を杖代わりに、体を支えた。



「それでも――柳原羽汰。お前がいいんだ。羽汰じゃなきゃ、嫌なんだ。……帰ってきてくれ」

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