逆境
「シエルトっ!」
彰人の声が聞こえた次の瞬間、私はフローラにシエルトを張った。フローラを襲ったのは、紛れもなく、ヤナギハラ・ウタだ。疑心暗鬼にかかり、自我を失っている。ここまでの戦いでわかっている。
この『疑心暗鬼』というスキル……一度かかると、なかなか切れない。具体的にいつまでなのかは、スキルの説明にはなかったから、本人にしか分からないのだろう。恐らくは、エマの意思にかけられた側の意思が勝つことが必要……。そしてそれは、ウタには難しいことだ。
なぜなら……
「っ……!」
「アリアさん……! ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。衝撃に耐えきれなかっただけ……直接攻撃は受けていない」
「アリア! ……これ、もしかして……やばい?」
「かなりな。なんてったって、ウタは『勇気』を発動させていたんだからな」
『勇気』を発動させている時のウタは、文字通り最強に近い。それは、ステータスだけに限らないのだ。
ウタの『勇気』の発動条件……それは、『自分の限界を越えること』だ。限界を越えているということは、自分の中で最大の『勇気』を振り絞っているということ。
それを支配したエマの想いは、この『勇気』に等しいだろう。むしろ、それ以上だ。
ウタが疑心暗鬼から逃れるには。エマの想いを越えなくてはならない。しかしエマはすでに、ウタの限界を越えている。
何が言えるか。
ウタにとって原則、『これ以上』はないのだ。つまり、よっぽどのことがなければ、ウタが『疑心暗鬼』を自分で乗り越えて自我を取り戻すということはないのだ。それはつまり、私たちが、私たちの力だけで、『勇気を発動させているウタ』に勝たなくてはならないのだ。
そして、私たちが相手にするのは、もちろんウタ一人に限られた話ではない。エマはウタを操るのに集中しているかもしれないが、エドやサラ姉さん、アキヒトはフリーだ。これは……ヤバイ以外のなんでもないだろう。
「さて……エマ、行けるか?」
姉さんが、エマに声をかけた。エマは険しい顔をしたまま、ポツリと呟いた。
「――暴れろ」
「アリア殿、下がれ!」
瞬間、鬼が暴れだす。そして真っ直ぐにこちらに向かってきた。ドラくんの声に咄嗟に避けていたからいいものの、これではいつまで持つか――
「っ……?!」
鬼を避けて逃げた先に待ち受けていたのは『ウタ』だ。振り上げられた剣を、剣で受け止める。その瞳は、すでにいつものウタのものとは違うものになっていた。そして……今のウタの剣を、私が受け止められるはずがない。
その勢いのままに押し切られ、受け身をとる前に光の槍が飛んでくる。
まずい、避けられない……。
「信義!」
目の前に張られる、シエルトのような……しかしそうでない、バリアのようなもの。ハッと声がしたほうを向けば、スキルを使った本人が一番驚いているようだった。
「うわ……おいら、ウタ兄の攻撃受け止められちゃった……」
「ポロン……ありがとう」
「油断するな?」
サラ姉さんが弓矢を放つ。なんとかそれを避け、剣を振るう。が、当たらない。一向に当たる気配がない。どれだけやってもだ。そうしている間に、エドに背後をとられる。避ける。攻撃する。届かない。
こちらが本気であるように、あちらも本気なのだ。死にたくないし、死なせたくない。
「うっ……」
「ドラくん!」
近くで声がする。見れば、スラちゃんを庇ったドラくんが、ウタの魔法に当たったようだ。氷魔法……ドラくんの弱点の一つだ。ウタの氷魔法の熟練度は4、今は40だ。ドラくんにとって、大きなダメージになるのは間違いなかった。
「だい……じょうぶだ……」
「なにも大丈夫じゃないだろ! ケア」
「剣術の決意!」
ドラくんの治療をしよう。そうしてドラくんに伸ばした瞬間、エドの攻撃が当たる。
「アリアっ!」
「スラちゃ……離れろ!」
鬼がスラちゃんを狙う。赤鬼に殴り飛ばされ、スラちゃんはその場にうずくまり、小さくうめいた。そして極めつけは……
「…………ウタ……」
ウタは、炎魔法を空中から私たち全員に向かって放った。
「信義! ……っ、きつ…………」
「ポロン! 無理するな! シエルトっ!」
少しでも助けになればとシエルトを張る……が、すぐに破られ、炎が襲いかかる。
熱い。……あの遺跡でのことを思い出す。まさか同じような攻撃をウタから受けるなんて……思ってもいなかったことだ。
「…………私も、助けたい」
「……フローラ……?」
「私も、みなさんを助けたい」
よろよろと立ち上がったフローラは、祈るように手を握る。
「春の息吹」
ぶわりと、風が吹き抜ける。そのやわらかくあたたかい風に撫でられ、ハッと気がつくと……すっかり傷がなくなっていた。
「……すごい……!」
「ダンジョンでもらったスキル、全部強いね!」
「我らがここでくじけるわけにもいかんだろう。踏ん張るしかない」
「大丈夫、ウタ兄なら戻ってきてくれる!」
……みんな、希望が見えているようだ。それはいいことだ。前向きでいることは、いいことだ。
…………でも、私は、どうしてもそんな気持ちになれなかった。
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