スキル

「…………ウタ?」


「……アリア、さん……」



 僕が目を覚まし体を起こすと、アリアさんは本当に安心したように微笑んだ。



「よかった……目を覚まさなかったらどうしようかと思ってたぞ」


「ここは……えっと、僕」


「大丈夫。……ダンジョンを突破した。先に進んでいるんだ。無事に……とは、いかなかったみたいだけどな」



 体の傷は……なかった。あのなかで受けた傷が、実はたいして深くなかったのか。それとも、アリアさんが頑張って治療してくれたのか。……両方の可能性が高い。

 ちらりと周りを見ると、ポロンくんやフローラ、スラちゃんにドラくん、リードくん、そしてヒルさんとソフィアさんの姿も、そこにあった。



「……よかった、みんな……」


「……ウタ殿、心配したぞ」


「あはは……ごめん、ドラくん」


「ま、無事なんだからいーだろ?」


「そうだね。みんな無事だったんだから」



 そんなことを話していると、不意に、一人分の拍手が聞こえてきた。パチパチと乾いた音がそこらに響く。振り向いてみれば、三日月型の目と口をした仮面をつけた男性が、そこにたっていた。彼は全く笑っていない……。隣で、アリアさんが静かに身構えたのが分かった。



「お疲れさまです、冒険者の皆さん。あなた方は無事、ダンジョンを突破しました。そのため、報酬を差し上げます」



 そして、ヒルさんたちの前へと歩いていくと、ぱんっと手を叩いた。……瞬間、その手には真新しいナイフが三本、握られていた。



「聞いたところ、あなた方は新たなパーティーになるようですね。そんなお三方にはこのナイフを差し上げます。

 様々なものを『斬る』ことが出来るナイフです。きっとお役にたつでしょう」


「……斬る……?」


「…………」


「なんかよくわかんねぇけど、俺頑張るよ! ありがとう!」



 ヒルさんとソフィアさんは戸惑いながら、リードくんは純粋に喜びながらそれを受け取った。三人にそれを手渡した男性は、くるりとこちらに目と体を向ける。



「そしてUnfinishedのみなさん。あなた方はこれから、大きな試練に立ち向かうようだ。そんなあなた方には、新たなスキルを差し上げます。ステータスもかなり上がりますよ」


「……スキル? スキルなんてもらえるのか?」


「おや、知らないで来ていたのですか? ダンジョンの報酬は、挑戦者の成長に繋がるものならばなんでも、という決まりですので。スキルでもステータスでも、なんでも差し上げられるんですよ」



 そして彼は最初に、ドラくんの方へと歩み寄った。そして、指先に小さな白い炎を灯す。



「ダークドラゴン、あなたには、『道標』を差し上げます。

 光がなければ闇はない。闇があるから光がある。影を受け持つあなたに、光の導きを」



 次に、スラちゃんの前へ。



「あなたには『輝きの意思』を差し上げます。

 全てが全て、万人にとって正しく、正義であるとは言い切れない。しかしその中で自らを保つのは非難されることではない」



 炎は小さくゆらゆらと揺れている。その炎を通して彼は、僕らの心の内の内を覗き込んでいるようだった。



「セリエ・フローラには『春の息吹』を。

 冷たい雪の下で耐え続けた小さな花の芽に、暖かい日差しと、仲間たちの鮮やかな彩りをもたらしてくれる」



 炎を通して彼は……今までの僕らを見ているようだった。



「ポル・ポロン、あなたには『信義』を。

 どんな環境、どのような事態に見舞われたとしても、決して形を変えない、硬い岩石であり宝石」



 僕らの、なにを……。



「ヤナギハラ・ウタ」


「…………」


「……あなたには、なにを差し上げましょうかね」


「……僕は何も要りませんよ」


「そうですか? それでもいいのですが……いや、これにしましょう。あなたには」



 一瞬、仮面の向こうと目があった。……冷ややかな視線だった。



「――破滅を」


「おいお前」


「アリアさん。……いいんですよ。分かってましたから」



 破滅。……破滅かぁ。



「…………僕にぴったりのスキルだ」


「…………」


「……さて、最後は、マルティネス・アリア……あなたですね」



 彼は、指先の炎をアリアさんに向ける。炎の向こうでアリアさんが、彼にどんな視線を向けているのか。アリアさんが今、なにを思っているのか。……僕には、とても分からなかった。



「……あなたには、空のスキルを差し上げます」


「…………は?」


「空……って、どういうことですか?」


「空は空です。からっぽです。からっぽのスキルです。今はなんの効果もありませんよ」


「そんなものもらってどうすんだい」



 男性が少し、ほんの少しだけ、仮面の向こうで微笑んだように見えた。



「からっぽのスキルは、スキルの箱。

 大きさは無限。あなたが何かを欲するときに、あなたが何かを成し遂げるときに、あなたが何かを失ったときに……その時のあなたに必要なスキルが入ります。

 どんなスキルが入るのかは、私には関係のないこと」



 ふと気がつくと、すでに男性はその場から消え去り、その代わりと言わんばかりにダンジョンの出口の扉が、現れていた。

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