行ってくる

 その後、一言も言葉を発することのなくなったリードくんをつれ、僕らは宿を探していた。そして、ギルドの近く、少し古ぼけた宿に部屋を借りるころには、すでに日が落ちていた。



「仕方ない、今日は休むか」


「ですね。……7人部屋なんて、あるんですね」



 部屋の中にはベッドが七つ。片側に四つと反対側に三つだ。四つの方には男性陣、三つの方には女性陣が寝ると言うことで意見が一致した。よかった。



「聞いた感じ、ここだけしかないみたいだがな。運が良かったってことだ」


「……ま、作戦会議でもしようぜー」



 ポロンくんはそう言いながらベッドに座る。僕らも同じように座り、必然的に円を描くような形になる。



「……で、どうする? 国王が宛になんないんじゃ、ニエルを追う手がかりの一つもない」


「……それどころじゃありませんよ。国王がもし、本当に操られてて、勇者と関わりのあるもう一つの勇気を本気で封じに来るなら……ここにいることも、ギルドに入ることも出来ませんよ?」


「どう動こうか……」



 それを聞いていたリードくんがおずおずと手をあげる。



「な、なぁ……?」


「ん、どうした?」


「……俺、ここにいていいのか? なんか、大事な話してるっぽいし……。それに、宿のお金だって持ってねーよ? それに勇者とか……何者だよ、お前ら」



 僕らはちょっと顔を見合わせ、そして、今さらだよと笑った。



「今さらだって」


「で、でもよ」


「勝手につるんできて、勝手についてきたのはお前だ。今さら気を使ってどうする?」


「だって……」


「…………それに、な? フローラ」



 ポロンくんが苦く笑いフローラに目をやると、フローラはうなずき、少し寂しげな笑みをリードくんに向けた。



「……環境とか状況とかは違うけど、私たちも、なんとなく気持ち、分かるから」


「…………え?」


「リード、キルナンスって知ってる?」


「おう、少し前に話題になってたから……」


「おいら、そこで盗賊やってたんだ。生まれたときから盗賊、生きるためになんでも盗んで、自分に嘘ついて過ごしてた。……で、ウタ兄とアリア姉に助けられたんだ」



 それにリードくんは驚いたような目を向け、「フローラも……?」と恐る恐るそちらに目を向ける。フローラは笑いながら首を振り、答える。



「私はなにもしてなかった。させてもらえなかった。家に半分閉じ込められててね。……痛かった。心も、体も。

 それを、ウタさんとアリアさんとポロンに助けてもらって、この髪止めは、そのときアリアさんに貰ったものなの。……宝物で、お守りみたいなものなの」


「えっ……え、じゃあ、家族……って、もしかして、その髪止め…………」



 少しの沈黙の後、リードはハッとしたようにベッドから飛び降りてフローラにかけより、その手を握りしめた。



「ごめん!」


「リードくん」


「本当にごめん。俺、自分がこんな状況にならなきゃ、フローラの気持ち、全然分かんなかった。……俺、今誰かに家族のこと話そうとしても……上手く話せないよ。

 フローラも、こんな気持ちだったんだろ?」


「…………」


「それに、そんな大事な髪止めとったりして……本当に、ごめん。こんなんだから……自分がそうならないと分からないようなやつだから、俺、簡単に利用されたんだな、きっと」



 そしてリードくんはフローラから手を離し、今度はポロンくんの方へかけより、手をとった。



「ポロンもごめん! 俺、間違ったことしか言ってなかった。変なことしか言ってなかった。ポロンが正しかった。……ごめん」


「……ん、もういいよ、おいらは」



 ……にしても、だ。

 本当にどうしよう。ニエルのへの手がかりがまるっきり消えてしまった。あるとすれば、僕が聞いた『声』のみ。



「……ニエルのことに関しては仕方ないですね。明日、また街に出て聞き込みしましょう。それでダメ元でギルドに行って、ダンジョンに入れないかどうか。

 運よくニエルに見つからなければ、殺されることもありませんから」


「……そうだな。そうしようか」



 ……本当に運よく、だけれども。



「…………」



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「ねぇ、どこ行くの?」



 夜中、また彼は、彼女に声をかけられた。その口調は普段に比べやや強く、目は鋭くも感じた。



「……スラちゃん……と我が呼ぶのは、やはり若干違和感があるか?」


「そんなこと今はどうでも良いよ。……どこ行くの? こんな真夜中に。ウタたちが起きないこと確認した上で」



 彼の想いは、決まっている。それを分かった上で、彼女は彼を止めに入ったのだ。彼もまた、それを分かった上で笑う。



「……なに、昔の縁を絶ち切りにいくだけだ」


「本当に絶ち切るの……? ドラくんが弱いとは言わないよ? 強いよ? でも……ニエルって人は、きっと、もっと強いよ?」


「分かっている。だが、大丈夫だ」


「…………」


「……きっと、街へ出ても情報はないだろう。昔の住み処へ行ってみようと思う。あるいは、そこに」


「それってどこ?」


「教えると思うか?」



 彼が部屋の扉に手をかけると、彼女は小さな声で、しかしはっきりと告げた。



「ウタは……ドラくんを探すよ。それで、見つけて、連れ戻すよ。……なんとしてでも」


「…………なぜ断言できる?」


「本当は分かってるくせに、素直じゃないなぁ。ドラくんもそう思ってるんでしょ?

 ――ぼくとドラくんは、ウタにとって、ただの使い魔の域を越えてるんだよ。仲間なんだよ」



 彼は、聞こえないふりをした。



「……行ってくる」

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