バカ犬
「どういうことですか……」
「そのままだ」
「捨てられたって……」
僕は、自分の頭が真っ白になっていたことに気づいた。あんなに元気だったリードくんが、真っ青になって震えている。……それだけでも、異常だというのに。
「そいつは、この街でも有名なバカ犬だ。俺が認知できるくらいにはな。そいつは、昨日、他人の畑を踏み荒らして、それに悪びれる様子を少しも見せなかった。呆れた親が、ついにそいつを見離して捨てたのさ」
「……それは本当なの?」
僕は、出来るだけ優しく、リードくんに声をかけた。リードくんはブルブルと震えながら、首を横に振る。
「ち、違う! 俺は……俺はただ、母さんが言った通りにしただけだ! それで、父さんの畑に行って、野菜を採ってきただけだ!」
「……って、彼は言っていますけど」
「だがそいつが踏み入ったのは他人の畑だ。それは事実。その家の主が訴えなかったから罪には問われなかったが、実際は窃盗犯だ」
「……窃盗、か」
ポツリとポロンくんが呟いたのを聞きながら僕は国王に問いかける。
「……そうですね。仮に、リードくんの両親がそのことをきっかけに彼を見切って捨てたとして……彼を、囮に使おうとするのはなぜですか?」
「『要らない人間』だ。そうするのに一番の適任だろう」
「適任って……相手は殺人鬼ですよ? 囮になって、殺されない可能性がどこに」
「殺されたって構わんだろう?」
……何をいっているのか分からない。僕は確実にそう思った。そして、アリアさんがあれだけ声を荒らげていた理由も、わかった。
「……なんてこと、言うんですか。あなたは、国王なんですよね? この国の……それなのに、どうしてこんなこと」
「逆に聞く。お前は、そいつに生きるだけの価値があると思うのか? 捨てられて、犯罪者で、罪の意識も無いようなそいつに、生きるだけの価値が?」
「命に価値もなにもないです! 命は、そう簡単に無くしていいものじゃ」
瞬間、ハッとした。……声が、聞こえたのだ。国王の声。しかし、全く違う声。
「命の重さがどうとか言うのか? バカらしいな。そんなんでニエルと対峙しようとしてるのか」
『そうだ、命は大切にしなければならない。捨てられたからとそう簡単に投げ出していいものじゃない。そんなこと、当たり前じゃないか。それもこんな子供の命を……』
「…………え」
「とにかく、そんなことを言いに来たのならさっさと帰ってくれ」
「でも」
「帰れ!」
アリアさんはなんとかしてここに留まりたい様子だった。……そりゃそうだ。アリアさんだって、マルティネスを背負った立場がある。でも僕は、その手を引いた。
「アリアさん、とりあえず帰りましょう」
「でもウタ」
「声……」
僕の言葉に思うところがあったのか、アリアさんはなにかを察したようにうなずいた。そしてその後僕らは、逃げるようにお城を出た。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
思えば、レイナさんとロインは、パレルの人はいい人ばかりだと言っていた。それは嘘ではないだろう。二人はこんなことで嘘をつくような二人ではない。
しかし、国王のあの発言や態度……普通とは思えなかったし、『いい人』とはかけ離れているように感じた。だとしたら、可能性としては……
「お前! ……それ本気で言ってるのか?」
「はい。国王も、今までのドラゴンみたいに、操られている気がします」
「でも、今までドラゴンだけだったのに、なんで急に人……それも国王を」
「わからない。けど、そうすると辻褄が合うんだよね。今までがドラゴンだったのは……例えば、人『も』操れるようになった、とか」
みんな一斉に考え込む。だとしても、国王なんて目立つ人を操る理由はなんだ。それに、操られているとして、どうやったら助けられる? やっぱり退魔の力で斬るか、聖剣を使うかなのか……?
それともう一つ。……僕が聞いた声。それが、国王の本当の声、本心だとして……リードくんが捨てられたってことを否定しては、いないのだ。
ということはこれは……本当、なのか。
「……なぁ」
そんなリードくんが、不意に、口を開いた。
「お、俺、家に帰ってみようかな」
「……でもお前は」
「いや、捨てられたなんて嘘だって。そんなこと、ありえないって」
「……リードくん、私も一緒に」
「いいよフローラは。だってほら、家に帰るだけだし? ね……俺、なんか変なこと言ってる?」
……変なことは、言っていない、はずだ。でも……。
「――変なことしか、言ってねーよ」
ポロンくんは、そう言うとリードくんを睨み付けた。
「お前……一人で行って、『万が一』になったとき、どうすんだよ」
「万が一って、そんなの、あるわけねーだろ?」
「ほんとにそう思ってんのか? 本当に? なら止めねーけどさ。
……おいらたち、お前、助けること出来ると思うよ。な、ウタ兄?」
うなすいてくれとすがるような目に、僕は首を縦に振った。
「もちろん」
「…………俺」
リードくんは、そっと自分の首筋を撫でる。
「周りから秀でた子になるようにってこの名前つけられたのかと思ってたけど……俺が、ただの、リードつけられても気づかないようなバカ犬だったから、こんな名前にされたのかな」
そして、自分の手をぎゅっと握りしめた。
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