逃げる

「お前、また『勇気』発動してるんじゃないか?」



 アリアさんが風魔法の威力を見て、半ばからかうように言う。僕はそれに笑い返し、風向きを調整する。



「そうかもしれないです。……逃げますよ! とことん!」


「分かってる!」



 思えば今まで、逃げるときはだいたい下を向いていた気がする。惨めでカッコ悪い逃げ様。それを見られるのが、見られているのを見るのが嫌で。


 でも……今回は、そんなことない。逃げるのが正しい。あそこで戦ったところで、おばさんを巻き込むだけだ。

 たくさんの人が追ってくる。それを怖いとも思わなかった。……僕らは結局、安全よりも、守ることを望んだのだ。『助けて』という声を、無視できなかった。目の前でおばさんが傷つけられてるのに、見逃すことが出来なかった。……全く、



「反省がちっとも生かされてないですね」


「……しょうがない。お前の勇気は、自己犠牲なんだから」


「……それもそうですね。っと!」



 飛ばされてくる槍を、シエルトでやり過ごす。闇魔法のだけはシエルトでは防げないから、光魔法で相撃ちにする。



「さーて、どこまで逃げる?」


「そうですね……」



 僕は上を見上げる。よく晴れた空の高いところに、雲がぷかぷかと浮いているのが見える。



「雲の上まで……とかどうですか?」


「はぁ? それは……楽しそうじゃないか」


「ですよね!」



 すると、僕とアリアさん、二人のアイテムボックスから何かが飛び出してきた。咄嗟につかむと、それは例の単語帳だった。

 屋根の上で逃げ回りながら二人でそれを確認すると、同じところが光っていた。僕らはそれを確認し、顔を見合わせて笑う。



「これもしかして……」


「そうだな。……じゃ、久々にせーのでいくぞ」



 背後から槍がいくつか飛んでくるのを感じる。僕らはそれを気にもせずにぐっと足を踏み込んだ。



「せーのっ!」


「「ex、シード権を越えるっ!」」



 踏み込んだ勢いで屋根を蹴りあげると、体はふわりと浮き上がり、そのまま上へと。飛んできた槍が届かないほど上へと上っていく。

 そして、本当に雲の上まで来てしまった。



「おぉ! すごいぞこれ!」


「本当にすご……た、高い!」


「勇気切らしてくれるなよ? まっ逆さまだ!」


「が、頑張ります」


「……ま、単語帳使うときに、実はもう切れてるんだな、これが」


「えぇっ?!」


「単語帳あって助かったな」


「ですね」



 もちろん雲は、アニメのように上に乗れたりする訳じゃない。水蒸気の塊である。とはいえこのままじゃ降りられない。どこかで効果を切らなきゃいけないのだ。さーてどうしようか……。



「あ、そうだ」


「ん?」


「アリアさん、どこか、降りられそうな場所ってありますか?」


「そうだなぁ……。あぁ、そうだ! とりあえずあそこに向かうのはどうだ?」


「あそこ?」


「魔王がいた場所だよ、魔王城。もう封印されてるし、行っても問題ないだろう」


「そっか……なら、そこに向かいますか」


「でも、行けたところでどうやって降りる?」


「まぁ任せてくださいよ」


「大丈夫か?」


「大丈夫ですよ!」



 そうして僕らは、もぬけの殻になっているはずの魔王城へ向かうのだった。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「……アイリーン、二人どうしてる?」


「逃げてるー」


「逃げてる? 何から?」


「街の人ー。おばさん助けちゃったみたいー」


「……お人好しが過ぎる……」



 アイリーンとドロウはそんな話をしながら、レイナたち、他の人間が起きるのを待っていた。ウタとアリアが起きてからもう一日経つ。そろそろ目覚めるはずだ。



「……お、」


「お」



 ごそごそと、物音がする。それを聞いたドロウは隣の部屋のドアを開けた。



「ぅ……頭が……痛…………」


「ロインさん、おはよう」


「え……ど、ドロウさん……ですよね? どうして……そもそもなんで生きて……」


「あー、そっかー! テラーが助けたとき、ウタくんとアリアさん以外意識なかったんだよね!」


「ウタ……そうだ、ウタとアリア姫は」


「説明するから」



 と、その声に反応したのか、ロインの両隣、レイナ・クラーミルとダークドラゴンが小さく体を動かす。



「ん……っ…………?」


「姉さん! ……大丈夫?」



 レイナはその言葉にこくりと頷き、ゆっくりと起き上がり、アイリーンとドロウを見上げる。



「くっ……ぅ……ドロウ、殿……アイリーン殿……」


「ドラくんもおはよー」


「…………我の、主の姿がないが……?」


「みんな心配性だなー! ちゃんと説明するよー。……あれ」



 ふと、アイリーンは外に視線を向ける。そして、ポツリとこんなことを呟いた。



「…………途切れた」


「途切れた?」


「千里眼が、届かないところに行ったみたい」


「……どういうことだ? ウタ殿とアリア殿は、いったいどこに」



 ドロウは少し考えてから、ハッと顔をあげる。



「魔王城……ってこと?」


「そうみたいー」


「あそこか……。まぁ、誰も何もいないとは思うけど、長居はよくないね」


「一応ジュノンたちに伝えとくねー!」


「うん。……で、みんなにはちゃんと説明するから、ゆっくりでいいから、こっちに来てね」



 そうして、なんとか椅子まで来た三人に向かって、ドロウはこんな声をかける。



「二人には、囮になってもらってる。といっても、悪魔の、じゃないけどね」

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