目覚めたのは

 ……目が、覚める。

 一番最初に感じたのは、痛み。脳みそを締め付けられるような、キリキリとした、鋭くも鈍い痛み。

 痛みに顔を歪めながらも、僕は、ほっとしていた。


 痛みを感じる……生きている、と。



「っ……た…………」



 目の前にあるのは、木製の天井。布団の上に寝かされているようで、ふわふわの毛布が心地いい。

 まだ朦朧としたまま、そっと首を横に向けてみる。……隣には、同じように寝かされた仲間たちがいる。みんな意識こそ無いものの、その息は穏やかで、眠っているだけのことが分かる。


 ほっとして息をつき、ずきずきと痛む頭を抱えながらなんとか起き上がり、辺りを見渡す。……どこかで、見たことあるような、ないような部屋……。前に来たことあったか?

 と、僕か思考を巡らせていると、部屋の扉が静かに開いた。そして、そこから、僕らを助けてくれた張本人が顔を覗かせる。



「…………ウタくん」



 本当に安心したようにそう呟いたテラーさんは、一つため息をつき、柔らかく微笑んだ。



「……おはよう」


「テラー……さん……」


「…………」



 それからテラーさんは、無言で、しかし微笑みながら僕に近づき、僕の腕を自分の肩に回した。



「向こうにアイリーンいるから。ほら、せーの、」


「わっ……と……。ありがとうございます……」


「今更」



 そしてそのまま、テラーさんが出てきた扉の方へ歩いていく。その扉の向こうには、思わず泣き出したくなるほど頼もしい女性たちがいた。



「ウタくん! ……よかった。アイリーンの回復魔法でこれだけ寝てるってかなりだったからね」


「ほんとにねー! あんまり心配かけちゃダメだっての」


「チョコいるー?」


「今回は、あげた方がいいかもね」



 個性の、塊's……。

 優しく微笑むその人たちの中心に、腕を組ながら座っている女性がいた。あれほど強く警告してくれたのに、僕らが従わなかった相手だ。



「ジュノンさん……」



 ジュノンさんはなにも言わず、静かに座っていたが、やがて一つため息をつき椅子から立ち上がると、テラーさんに言った。



「……ここ、座らせてあげて。とりあえずおじやでも作ってくるよ」


「あの」


「あとできっちり、話聞いてもらうからね」



 言葉のわりには柔らかい口調と態度。ジュノンさんは部屋から出て、台所があるであろう場所に歩いていく。



「……ジュノンさん」


「ま、ジュノンもあぁ言ってるし、とりあえず座りなよ」


「はいチョコレート!」


「……ありがとうございます」



 なんだか……意外だった部分もある。ジュノンさんは、『知らないから』とはっきり言っていた。あのジュノンさんのことだから、そう言ったら絶対にそうしようとすると思っていたのに……。



「……言っとくけどね、」



 テラーさんがどこかあきれたようにジュノンさんが出ていった方を見ながら呟く。



「……ジュノンほど、身内に弱くて、面倒見がいい人、そうそういないと思うよ?」


「なーんだかんだでね、完全に放り出すことが出来ないから、テラーに魔法使わせた訳じゃん?」


「そうだ……テラーさん、本当にありがとうございました。あの、あの魔法って一体……」


「ま、ジュノンが帰ってくるまで待とうよ」



 ドロウさんがお茶を一口口に含んで、小さく呟いた。



「……状況は、かなり悪い方に変わってるんだから」



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「はい、とりあえずこれ食べてね」


「あ、はい……」



 ジュノンさんが持ってきてくれたおじや。ホカホカで湯気をたててて、お粥みたいなんだけど、出汁の匂いがして、大根だとか、ほうれん草だとか、お肉だとかがいっぱい入ってて、見るからに栄養がありそうだ。

 れんげに少しすくい、ふぅふぅと息をかけて少し冷まし、口に含む。



「……あ、美味しい…………」



 悪い言い方になるかもしれないが、普段のジュノンさんが纏う気配からは全く想像ができないほど、優しい味がした。濃くなく、薄くもなく、どこかホッとしてしまう味。思わず二口、三口と口をつけてしまう。



「うんうん、美味しそうに食べるねー」


「あの……本当に美味しいです」


「それはよかった」



 じゃあ……と、ジュノンさんは僕のとなりに椅子を出してきて座り、今度こそといった感じで話を始める。



「……全くもう、予想していたなかで、いっちばん最悪のルートに進むって、なかなかのやり手だよね、君らも」


「……申し訳ないです」


「ま、いいけど。

 とにかく今は最悪の状況。それが一体どういう状況下ってことを、ひたすら簡潔に伝えると……」



 ジュノンさんは僕を真っ直ぐに見た。漆黒の瞳が、僕をゆっくりと捉え、その状況を語る。



「……もしこれ以上選択を間違えれば、マルティネスとクラーミルの戦争は避けられない」


「……え」


「どういうことか?

 ――Unfinishedは、レイナ・クラーミルとロイン・クラーミルを殺害した犯人として、クラーミル全体に指名手配されている。捕まったら、確実に死刑」



 ……なるほど、これは最悪だ。

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