間違っていても

「クラスティラントア……」


「ドラくんも分からないか?」


「あぁ、そんな詠唱をする魔法、知らない」



 僕は、胸元に手を当ててぼんやりと考える。……あの魔方陣が僕の中に入り込んだ瞬間、一瞬だけ、胸が焼けつくように熱くなって、でも、もうその感覚も消えてしまった。

 なんて言う魔法なのか、どういう効果があるのか、何も分からない。テラーさんを探しだして聞こうにも、きっとそう簡単に見つけられないし、見つけたところで、この状況だ。きっと教えてはくれない。



「そもそもだが、魔法と一言に言っても、属性だけで9種類ある。古来、近代、現代でもまた種類が違う。

 この世界には、何千何万何億という魔法で溢れているんだ。知らない魔法の一つや二つ、ないほうがおかしい」


「……ウタさん、あの魔法を受けてから、なにか、変な感じはしないですか? 大丈夫ですか?」



 僕は再び胸に手を当てる。……変な感じとかはしない。ただ、強いていうのなら……、



「なんか……ポカポカする?」


「ぽかぽか?」


「お風呂に入ってるみたい……?」


「……本当に、どういう魔法なんだ、これ」



 僕が首をかしげていると、スラちゃんが不意に、僕の肩を後ろから叩いた。



「…………ウタ、本当に、大丈夫なの?」


「いや、体調はなんの問題も」


「そうじゃなくて……。ウタを疑う訳じゃないけど、もしも……レイナとロインが敵だったとき、ウタとアリアは、大丈夫なのかなって」


「…………」



 大丈夫……とは、もしかしたら言えないかもしれない。僕はきっと、裏切られたとしても、ロインやレイナ様に刃を向けることは出来ない。それでも、仲間は逃がしたい。



「……分からない、かな。ごめん」



 僕がそう口にする。フローラがそっと、自分の髪を耳にかけ、微笑んだ。



「分からなくて……いいじゃないですか。私たちは、それでもいいから、ついてきてるんです」


「ただ……、さ、おいらたちは、アリア姉とウタ兄が、笑わなくなっちゃうのが嫌なんだい。

 逆に言えば……アリア姉とウタ兄が笑っててくれれば、おいらたち、裏切られても何でもいいんだい」



 その言葉を聞いて、嬉しくなると同時に、とても……悲しくなった。

 みんなには、もっと自由に幸せを感じてほしいのに、僕が、それを身勝手に決めてしまってる気がして……。



「……そっか」



 ふと、アリアさんが口を開く。そして、二人をぎゅっと抱き締めた。



「ありがとう、二人は優しいなっ!」


「アリア姉!? ちょ、くすぐった……」


「あ、アリアー! ぼくも!」


「あぁ! おいで、スラちゃん」



 三人をぎゅっと抱き締めながら、アリアさんは目を閉じ、これ以上ないほどに優しく微笑む。



「私なら大丈夫だ! ……私も、みんなが笑っててくれたら幸せになれる。嬉しくなれる。だから、万が一のことがあったとしても、ポロンと、フロート、スラちゃんと、ドラくんと。……それから、ウタ。

 UnfinishedがUnfinishedであるうちは、私は幸せだ!」



 そして、よりいっそう抱き締める力を強くした。……ように見えた。

 きっと、なにか言いたげに見えただろう僕の肩を、優しくドラくんがたたく。



「……お主らなら、大丈夫だ」


「……そう、かな?」


「そうだ。無理をしているようなら我がなんとかしよう。ウタ殿が守りたいというのなら、我も命懸けで守ろう。一人で抱える必要はない」


「……うん。ありがと」



 本当にそれでいいんだろうか? きっとこの選択は間違っている。個性の塊'sは、きっと、正しいことを伝えてくれていた。


 だけど……。



「な? ……ウタも、これを不幸だとは思わないだろう?」


「……間違っていても、僕は、この選択を後悔しませんよ」



 いつかと同じ笑顔を、アリアさんは僕に向けた。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「いいのー? ほっといて」


「いや、良くはないでしょ」


「って言ってもなぁ……」



 とある研究所。五人の女性が紅茶やコーヒー、緑茶などを啜りながら、そんなことを話していた。

 五人の女性……個性の塊'sの一人、テラーが紅茶を飲みつつ、口を開く。



「まぁ、こんなこというのもどうかと思うけどさ……死ぬよ? あのままだと、確実に」


「テラーが魔方陣仕込んでくれたからまずとりあえずは安心だと思うけど……」



 おさくは刀の手入れをしながら、ジュノンを見た。足を組み、優雅にコーヒーを飲みながら、ジュノンは何かを考えているようにも見える。



「……ねー、ジュノン。『あいつ』は確実に黒な訳だからさ、私またヒントあげに行こうかとか思ってるんだけど」


「行かなくていいよ」


「でも」


「ちょっとは痛い目見ないと分からないよ。……死にゃあしないでしょ」



 それよりも、と、ジュノンは地図を広げる。とある一ヶ所には赤いバツ印がつけられており、ジュノンはそこを指差した。



「……分かったよ、場所」


「ここか……」


「そもそも魔王が復活してたのだって納得いってなかったんだよね。ディランが、とも考えたけど、失踪前のディランがどんなに努力して、勇気を手にいれて、ステータスを100倍にしたとしても、封印を解くほどの力はなかった」


「私の千里眼は、また別問題ー?」


「関与している力が違う。別問題だね」


「でも、場所が分かったとして……どうしてくれようか」


「……一先ず、クラーミル王家の件を見守ろうか? ひょっこり出てくるかもよ?」



 頷きもせず、ジュノンはコーヒーを啜る。



「……ほんっと、素直じゃないなぁ」

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