撤回してください

「あっ……れ、個性の塊'sは!? 魔王は!? え、おいらが変なんじゃないよな!?」



 ポロンくんが動転したように叫ぶ。ポロンくんがおかしいわけじゃない。だって現に、僕の目にも、塊'sや魔王の姿は見えていない。



「……どういう、ことだ?」



 アリアさんが呟く。僕は回りを警戒しつつ、後ろを見た。……スラちゃんが、不安そうに僕の後ろに立っているだけだ。右も、左も、前も……いるのはUnfinishedのメンバーのみ。個性の塊'sの姿はない。放置されたカップ麺の蓋が半開きになり、湯気が漏れているだけだった。



「……とりあえず、くっつきましょう。あんまり離れていると危な――」



 瞬間、屋根が崩れ落ちた。そして上から瓦礫と共に大きななにかが落ちてくる。人ではない。人の形をしていない。もっと大きななにか。

 それを確認するよりも先に、僕は手の中の小さな球体を握り、反対の手を頭上にかざす。



「「ガーディア!」」



 僕の声と、たまたま重なったアリアさんの声が響く。アリアさんも唱えてくれてよかった。僕の場所からじゃ、スラちゃんとフローラまでしか守れない。でも、アリアさんからならポロンくんが守れるはずだ。

 黒いような紫色のような、闇魔法でできたバリアは、瓦礫も防いでくれた。魔法以外に使ったことはなかったが、シエルトやガーディアは、物理攻撃にも有効らしい。


 なんて、どうでもいいことを考えていると、目の前の巨大な影がゆっくりと動き出す。僕らはなにも声に出さない。が、分かっていた。


 それが、魔王なのだ。ということを。



「……あいつらは勇者だ。確かに強い。だが、俺はそれを越える」



 さっきまでの、人間に近い姿とは違う。なにか、禍々しいオーラをまとった、鬼のような、悪魔のような、なにか。

 それは僕らを見据えると、口角のような場所をあげて、笑ったように見えた。



「魔王である俺が、たった一度で死ぬと思ったら大間違いだな。いくつもの姿を使い分けてこそ魔王……ボスであるべきだろう?」


「塊'sの、みなさんは……?」


「あいつらならば、今ごろは結界の中だろうな」


「結界の、中……?」


「結界は街に張られているようなものともう一つ、相手を閉じ込めるために使うものがあるんだ」



 いまいち理解できていない僕に、アリアさんが短く説明する。



「つまり、今個性の塊'sは」


「ここには来れない。結界というものは中からも外からも、壊すのは困難だ。街の薄いものであの強度だろう? 俺が、人を閉じ込める意味で使ったのなら、その強度は桁違いになる」



 つまりは、ここには僕らだけ。僕らだけで、この魔王をどうにかしなくてはいけない状態になってしまっている。

 ……やっばいやっばい! どうするのさ!



「まぁいくら人間の中で最強だとうたわれていても、俺の前では大したことなかったということだな。

 ……さて、世界を破滅させるかな。しかしその前に」



 魔王は、僕らをじっと見て、そして、くつくつと僅かに笑った。



「お前たちを始末してしまおうか。まずはほんの余興ってことさ。勇者の力を過信して、ノコノコついてきたことを後悔するんだな」



 魔王はそう言って、まずは近かったアリアさんとポロンくんに近づく。僕は、思わずその間に割り込んだ。少しだけ驚いたように動きを止めた魔王が、嘲るように嗤う。



「……どうした、先に殺してほしくなったか?」


「い、いや……その…………」


「ウタ兄……」


「なんだ。まともに言葉も発せないのに、こんな行動に出たのか? バカなやつだ」



 た、確かにバカだけど! でも! ただ見てるだけなんて……。そんなの、僕と、僕の過去が絶対に許してくれなかった。

 足はがくがくと震え、視線は泳ぎ、威圧とはまた違う、なにか、特殊な恐怖心に煽られながらも、僕はそこに立っていた。



「どうして、そこまでする? 人間を殺す前に、その生態を聞くのも面白い」



 ……どうして? どうしてって……。



「……なか、ま。だから……?」


「ほう?」


「みんな……僕を助けてくれた、僕の仲間だから。僕は、Unfinishedの、リーダーだから……」



 未完成な僕らは、助けてもらうしかなくて、助け合うしかなくて、そんな、弱々しい関係が、とてもいとおしくて。そんな、あたたかい関係が、僕は大好きで。

 ……だから、体が動いたのは、考えるよりも先だったのだ。理由がない、と言うのが本当のところなのかもしれない。


 ……そんな僕を見て、魔王は笑い、口を開く。



「全く、あきれるな。どれだけバカなんだこの人間は」



 そして、



「こんな人間の仲間は、さぞかしバカなんだろうなぁ。こんなやつをリーダーにして。

 そもそも、こんなやつと仲間になろうと思ったその精神がおかし」



 その体に突き刺さるのは、一本の光の槍。驚いたようにその槍の持ち主を探す魔王の瞳には、きっと、今までとは全く違う僕が映っているのだろう。



「な……んだ、貴様」


「……撤回してください」


「は…………?」



 仕方のないことだ。

 僕は、自分でも性格は温厚な方だと思っている。そもそも怒るような勇気がないのだから。ましてや言葉より手が先に出るなんて、ほぼあり得ないことだ。

 だからきっと、今、僕は『勇気』を発動させている。



「僕の仲間をバカにしたこと……今すぐに、撤回してください」



 この魔王は、僕の、唯一の逆鱗に触れた。

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