レイナ・クラーミル

「驚きました……。ご存じだったんですね、姉の耳のことは」



 ロイン様がそう言う。言いながら、手を動かす。……日本で少し習ったのと似ている。手話だ。

 アリアさんは同じように手話をしながら言葉を返す。



「えぇ。かつては争いあった国同士だとしても、いづれ、クラーミルとの関係も建て直していければと思っておりましたので。

 ここに来るのは初めてですが、いつも……父から、話は聞いていました」



 それを聞いたレイナ様が手話をする。その様子を見たロイン様が、僕らにも分かるように声にする。



「姉も言っていますが……マルティネスでのことは、耳に挟んでおります。なんでも、闇魔法の使い手に襲われたとか……」


「……そう、ですね。大変な事態だったことに変わりはありませんが、彼が……ウタがいてくれたので、なんとか国も、私自身も、崩れることなくここまでこれました」



 突然僕の話が出て、どう反応していいのか分からず、軽く会釈をした。


 そして顔をあげると、レイナ様と目が合う。

 白銀の、美しい瞳……。アリアさんも美人だが、それに負けないほどの容姿。そういえば、サラさんも、高いステータスと自由奔放な動きに気をとられて気にしていなかったが、顔立ちは整っていた。

 ……姫という立場にある人は、みんな美人なのか。……そうなのか?



「…………?」



 僕がずっと見ているのを不思議に思ったのか、レイナ様はわずかに首をかしげる。それに気づいたアリアさんが僕を見て、苦く笑った。



「……なにやってんだ」


「あっ! すすす、すみません!」


「……姉が、私の顔になにかついてるのか、と」


「あああっ、いえっ! 違いますっ! ただ、皇女って立場にいる人は美人だなぁって……あっ」



 お、思わず口に出してしまった! や、ヤバイ!

 いいか柳原羽汰! 落ち着けー、落ち着くんだ! ここはクラーミルのお城の中で、アリアさんとレイナ様とロイン様が話をしていて、マルティネスとクラーミルは戦争していた歴史があって、この会話は今後に関わる大事なもので……んぁぁぁぁぁ!



(何一つ安心できる要素がない!)


「んんんんんん……」


「……うちの者が、その……こういう性格なもので。

 ……申し訳ありません」


「アリアさんは謝らないでくださいー! 僕がいけないんですから!」


「……これでも、本気出したら強いんだよ、ウタ兄」


「ポロン! 敬語敬語!」



 圧倒的僕のせいで一気に取り乱す一同。そしてその言動を全て手話で伝えるブリスさん……。いや、あの、そんなこと伝えなくていいと思いますはい。

 そんな風にあたふたしていると、



「……ふふっ」


「え……?」



 何かと思って、思わずそちらを見ると、レイナ様が口元に手を当て、僕らの方を見て、くすくすと笑っているのが分かった。



「……えっ、と?」


「…………」



 まだ少し笑いながら、レイナ様は手話でなにかを伝える。それを見たアリアさんはクスリと笑い、僕らの方に振り向いた。



「私たちのやり取りが面白くて、つい笑っちゃったらしいんだ」


「え、そうなの? おいらたち、そんな変なことしてたっけ?」


「まぁ、姉のいうこともわかります。アリア姫、あなた方は本当に明るくて、こちらを楽しい気持ちにさせてくれます。


 ……もうあまり、堅くならなくても大丈夫ですよ。今ので、あなた方がどんな人間なのか大体分かりました。少なくとも、人の善意を裏切るような、そんな人間でないことくらいは」



 ロイン様がそういうと、二人は目を見合わせ、玉座から立ち上がる。そして、僕らの前まで歩いてくると、二人同時に、優雅にお辞儀をし、にこりと微笑んだ。



「よろしければ、後日、お食事でもいかがですか? もちろん、無理にとは言いませんが」


「こちらも急ぐ旅ではないので、ぜひ。……いいよな? リーダー」


「…………あ、僕か! はい! いいと思います!」


「じゃあ、決まりですね。宿は、手配いたしますか?」


「いえ、それは今までも自分達で用意しているので、大丈夫です」



 僕はそこで、あっと思い出して、控えめに、ロイン様に訊ねた。



「あ、あの……」


「ウタ……?」


「どうしましたか?」


「いえ……小さいことなんですけれど、『ジュノン』という人がどこにいるのか、ご存じではないですか? もし知っていれば、教えていただけるとありがたいんですけど……」



 すると、それにはロイン様は答えず、代わりにブリスさんがそれに答える。



「ジュノン……というのは、元勇者の、ジュノンのことでしょうか?」


「は、はいそうです! 僕たち、今までその勇者パーティーの方と会っていて……ジュノンさんに会ったら、僕らが探している人の情報も分かるんじゃないかと思って……」



 すると、それを聞いたブリスさんはうんうんとうなずきながら、こんなことを教えてくれた。



「ジュノンは、この城から少し東に行ったところにある国立の学校内か、それに隣接されている研究所のどちらかにいると思います。寝泊まりはどこでしているのか分かりませんが、大体そこに行けば会えるはずですよ」


「ありがとうございます! 助かりました!」



 僕が頭を下げると、ロイン様が笑う。



「ははは! ……なるほど、面白いパーティーですね。夜になってしまっては、宿を見つけるのも大変でしょう。

 今日はこの辺で、お会いできてよかったです」


「いえ、こちらこそ」



 アリアさんとレイナ様、ロイン様が握手を交わす。そうして僕らが出ていこうとしたとき、



『待って』



 そんな叫び声が聞こえた気がした。でも、気のせい、のはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る