心配の種
「ぷる……ぷるるっ!」
「あっ……!」
しばらくして、アリアさんがエヴァンさんから離れると、僕の肩に乗り、髪に隠れていたスラちゃんが突然飛び出した。
「スライム……?」
「だ、ダメだよスラちゃん!」
僕の声が聞こえているはずなのに、スラちゃんはそのままベッドに飛び乗り、そして、エヴァンさんの顔を覗き込んだ。
「…………ぷる」
しばらくして、スラちゃんはエヴァンさんの死を確認したように、ゆっくりと、ベッドから降りて、とぼとぼと戻ってきた。
「スラちゃん……?」
「…………」
見るからにしおれているスラちゃんを抱き上げ、僕はそっと顔を上げた。
アリアさんは目を閉じ、両手をぎゅっと握りしめ、そして、大きく息を吐いた。
「…………このことを、国民は知っているんだな?」
「はい」
そして、エドさんのその言葉を聞くと、目を開き、どこか訴えるように言う。
「……明日、葬儀を執り行う。喪主は私だ。手はずを整えてくれるか?」
「…………」
エドさんはほんの少しだけ間をおいた。それはきっと、驚いたから。
「……分かりました。すぐに」
「エマ、明日の段取りを考えたい。手伝ってくれ」
「え、えぇ。でも」
「行くぞ」
「あっ、アリアさん!」
そのまま出ていこうとしたアリアさんを、思わず止めた。アリアさんは振り向かないまま、扉の前に立ち止まる。
「……無理、してますよね?」
「…………」
その言葉には、アリアさんは答えてくれなかった。
「…………部屋は、前に使ったところを、とりあえず使ってくれ。
それと……ウタ、今夜、私の部屋に来てくれ」
「え……」
「いいな?」
そして、そのまま出ていってしまった。エマさんはそれをすぐにでも追いかけようとして、僕をちらりと見た。
「……久しぶりね、ウタくん。こんな形じゃない方がよかったのだけど……」
「そう……ですね」
「また話しましょう」
手短にそれだけを言うと、すぐにアリアさんを追って行ってしまった。
部屋には、僕とエドさんだけが残され、そのエドさんも、次に移るために作業を始めていた。
「…………ウタさん、」
「ウタでいいです。僕はアリアさんみたいに身分が高い人じゃありませんから」
「なら……ウタ、一つ聞かせてくれ」
エドさんが手元でなにやら筆を走らせながら言う。
「俺はお前とアリア様の出会いを知らない。どうして、一緒に行動している?」
「それは……僕は、転生者で」
「転生者?」
「はい。それで、右も左も分からなかったときに、アリアさんに助けてもらったんです。
そのあと……街に、ドラゴンが現れて」
「あぁ……俺はそのとき、ここにいなくてな。詳しくは知らないんだ」
「僕が使役してるのは、そのときのドラゴンですよ。アリアさんが一人で森にいたから、それで……」
「うん……ん? いや、お前が一人でドラゴンを倒したのか?」
少し長くなりそうだったから、僕は手短に、その時のことを話した。『勇気』については、なんとなく伏せた。
「なるほどな……。どうりでアリア様が信頼しているわけだ」
「信頼……? アリアさんが? 僕を?」
顔をあげ、わずかに微笑んでエドさんがうなずく。その目の奥には、アリアさんが言った通り、優しげな光が宿っていた。
「アリア様はあれでいて、とても警戒心が強いお方だからな。幼い頃に色々あったのが原因だろうが……。
ウタにはまだ分からないかもしれないが、『無理をしてる』と言われて、否定しないのは珍しいことだ。まぁ、肯定もしていなかったがな」
それから、エドさんは再びなにかを書きながら言った。
「……お前にだけ言いたいことがあるんだろう。一人で抱えがちな人だ。
……頼むぞ」
「……はい。あの」
「なんだ?」
僕は少し遠慮がちに、スラちゃんを抱き締めながら言った。
「少し、お屋敷から出てもいいですか? アリアさんはエマさんと一緒にいるだろうし、僕……その、ちょっと心配なことがあって」
「夕方までに帰ってこれれば、まぁ大丈夫だろう。あまり心配をかけるなよ。
……ちなみに、どこに行くんだ?」
僕は扉に向きかけていた足を戻して、答える。
「喫茶五月雨ですよ」
「さみだれ……あぁ、アリア様たちがよく行っている、あの」
「そこの店主さんと面識があるので、戻ってきたなら一言言っておこうかと。頼みたいこともあるんです」
「そうか。店主は確か、アキヒトといったな。エヴァン様とも関係が深かったようだが。
……エヴァン様を襲った犯人も、まだ捕まっていない。気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます」
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
お屋敷を出て、五月雨へと向かいながら、僕は腕の中のスラちゃんを見た。エヴァンさんを見てからずっとあの調子だ。……魔物だって感情はある。やはり、悲しいのだろうか。
「……大丈夫、スラちゃん。ポロンくんたちの方に行っててもいいんだよ?」
「ぷるっ! ぷるぷるっ!」
ブンブンと左右に揺れ、否定しているようだった。……でもなぁ。このままじゃ心配だ。
「……心配かな?」
「心配です……。え?」
気がつくと隣にはおさくさんがいた。でも、いつもみたいに大きなリアクションをするような気力もなく、ぼーっとその人の方を見た。
「うーん、本当だったら色々売りたいところだけど……状況が状況だもんね。今回は雑用を承りますよ」
「えっ……と?」
「スラちゃん、ポロンくんたちのところに連れてってあげようか?」
「いいんですか?」
僕が聞くと、おさくさんはにっこりと微笑んだ。
「常識はわきまえてるのさ。今回はお代はもらわない。二人とも、アイリーンのところにいるみたいだからさ」
「あ、ありがとうございます!」
正直、このままのスラちゃんを抱えて行くのは、不安だった。何が起こるかも分からないし、アイリーンさんのところなら安全だから、ありがたい。
「ぷるっ!」
「……お願いだから、二人のところにいってて?」
「……ぷる」
こくっと、うなずいたような気がした。
「よし。
……お願いします」
「はいはい。っと、じゃあ……青い髪に気をつけてね」
「え? それって」
最後の問いには答えずに、おさくさんは行ってしまった。
「青い髪……」
余計なことを考えている暇はない。僕は五月雨へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます