報酬
「あの……さっきから、なに見てるんですか?」
「いやさ……意外と覚えられるなって思って」
そう言いながら、僕はパラパラと単語帳をめくる。ここまで来て英単語を覚える意味も意図もわからないが、なんか、書いてある語呂合わせが個性的すぎて、どんどん頭に入ってくる。
次は……enhanceか。意味は向上心。えっと? 語呂合わせは……えーんハンスー、向上心持ってよー。
うん、相変わらず絶妙なセンス。ハンスって誰だよ。今のところ僕のお気に入りは……pretend。プレ、天丼のふりをする、だ。
「これ、覚えて何になるんだ?」
「正直なんにもなりませんけど……。ちょっと面白くないですか?」
「まぁ、確かになぁ」
「アリアさん、なんか面白いのありましたか?」
「えっ? えー……classify、かな。意味は分類する、だ」
「語呂合わせは?」
「よーしこれからクラスごとに分類するぞ! ファーイ!」
「ちょ、アリア姉……! 真顔でそれ言わないで……!」
「あ、あの……さっきから気になりすぎて……。わ、私もそれ、見たいです!」
「あ、おいらと一緒に見る? アリア姉! 今の何ページ?」
「えっとな……112ページだ」
「サンキュー!」
とっても面白いこの単語帳……。意外にも会話の役に立っている。おかげでフローラとの距離もなんとなく縮まってきた気がするし、自然と笑顔になるから、気持ちも軽くなる。……高いけど、今まで結構役に立っているんだよなぁ、グットオーシャンフィールド。
「うわっ! フローラ! これ!」
「えっ? ……こ、これは……」
二人がくすくすと笑っている。それを後ろからそっと覗き込むが、なんて書いてあるのかわからなかった。
「どうしたんだ?」
「debt。デブと借金」
「ひっどいね!?」
まぁ、そんなことを話しながら最後の目的地、花畑にたどり着く。
少し高い、丘のようなその場所には、小さな白い花が一面に咲き誇っていた。風が吹くと優しい香りを放ち、ゆらゆらと揺れる。そしてその奥に、この街を仕切る壁が見えた。
フローラはその場にしゃがみこみ、花を一つ、摘み取った。
「見てください! この、花がまだ完全に咲ききっていない、蕾に近い状態のを集めるんです。私一人じゃ大変なので、手伝ってもらえますか?」
「あぁ、もちろんだ」
「おいらに任せておけ!」
そして、僕らは花を摘み始めた。……転生してくる前は、近くにこんな花畑なんてなかったなぁ。花畑といえば人工で栽培されてて、入場料をとられて、花摘なんてもっての他! みたいなところしかなかったし。
「ん? なんだこれ」
「どうした? ポロン」
「いや、なんかここに……って、うわぁぁぁ!? な、なんだぁ!? むにってした! むにって!」
「どれどれ……? お? これは何かの卵だな」
「た、卵……?」
「あ! 私これ知ってます! この卵は――」
……うん。こっちの方が……ずっとずっといいや。僕の居場所は、向こうじゃなくてこっちだったんだろう。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
花を摘み続けて約一時間。ようやく頼まれた量を達成できた!
「終わったぁぁ!」
「わ、割りときつい体勢が続いたな……」
「僕、こ、腰が……」
「なんだよー! アリア姉もウタ兄もお年寄りかよー」
「「違う!」」
そんな僕らを見て笑いながら、フローラがペコリと頭を下げる。
「みなさん、お疲れさまでした! 助かりました!
……あんまり、案内できたような気はしないんですけど、大丈夫でしたか?」
もちろん、僕らの答えはイエスだ。
「あたりまえだ! だっておいらち、スッゴく楽しかったもんな!」
「そうだね! こうやってフローラと一緒に街を廻れてよかったよ」
「こちらこそ、ありがとうな、フローラ」
「ぷるぷるー!(ありがとう!)」
フローラは顔を赤らめ、笑ってみせた。
それから、テラーさんのところへと戻り、喫茶店の扉を開いた。
「テラーさん! おつかい、行ってきましたよ!」
フローラがそう呼び掛けると、テラーさんは奥から少し急ぎ足で出てきた。お店にはなん組かお客さんもいるが、みんな男性だ。やはり、女性は外出しないのか。
「お帰り。おつかいご苦労様でした!」
「あ、これ、おつりです!」
「はいはい。……あ、なんにも使ってないんだ」
「えっと……はい」
「ま、シガーのところでコーヒーもらったしな」
するとテラーさんはクスクスと笑って、テーブル席を指差した。
「座ってて?」
そして、言われるがままに僕らが席につくと、ケーキを四つ持ってきてくれた。
「タルトしかなかったけど、よかったらどうぞー」
「うわぁ……! い、いいのか!?」
「がっつくなポロン」
「そういうアリアさんも、目がキラキラしてますよ」
「言ってくれるな少年。甘いものは世界を救う」
それからテラーさんは紅茶も四杯ご馳走してくれた。
「ちょっとした報酬です。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます!」
談笑しながらケーキを食べる。……やっぱり、行く前よりもフローラとの距離が近くなった。一緒に出掛けたのは正解だったなぁ。
と、ふとアリアさんがフローラにこんなことを言う。
「そうだフローラ! 今日、私の部屋に泊まりにこないか?」
「え……!? いいんですか?」
「お前さえよければ、私は大歓迎だ。なに、部屋で一人は少し寂しくてな……付き合ってくれないか?」
フローラはぱあっと顔を輝かせる。
「は……はい! もちろんです!」
そんな二人の様子を、僕はただただ見守っていた。
――侍さんの警告を忘れて。
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