少女

「お代はいいですよ。助けてもらったんで」



 コルトンさんが気前よくそんなことを言う。あれから1時間ちょっと馬車を走らせ、サワナルの南端に着いた。色々あったが、まぁ、無事に着けてよかった。



「いや……ちゃんと払うよ。ほとんどテラーの手柄だしな」


「というか、そもそも私は『乗せてもらった』立場なんだけどな」


「おいらたちからしたら『助けてくれた』人だけどな」


「僕らで払いますから」


「だからいいですって!」



 結果、実際のお代の半分、銅貨2枚を払うことになった。これでお互いに妥協だ。ちなみに、僕とアリアさんで一枚ずつだ。

 それで、これから泊まらせてもらう場所につれていってもらうのだけど……。



「……道、分かります?」


「さすがに街に入っちゃえば大丈夫だって! さすがに!」


「……本当か?」


「本当だよー、多分きっともしかして」


「不確かだ」



 と、そこに聞き覚えのある声が混ざる。



「まあねー、テラーの方向音痴は今に始まったことじゃないもんねー」


「えっ!?」



 声の方向に反射的に振り返る。するとそこには、いつぞやの侍がにこにこしながら立っていた。



「しょうがないじゃん! 『あっ、右だなー』って思って左にいくような女だよ? 私は」


「存じ上げておりますよー。テラーにナビゲート任せたら、だいたい迷子だもんね」


「でもさ!? さすがに! 自分が住んでるところくらい分かるよ!?」



 ……なんでテラーさん、普通に会話してるの? え、知り合い?



「…………なぁ、ウタ兄、アリア姉。こいつ、誰だ?」



 あー、そっか。ポロンくんははじめましてか。誰だと言われてもどう返したらいいものか……。

 僕はアリアさんの方を見る。そして、二人でポロンくんの肩をつかみ、呟く。



「……今、所持金いくらでしたっけ?」


「は?」


「私が元々の所持金と依頼報酬で金貨70枚ほどだ。ウタはどうだ?」


「僕ははじめに結構もらってますから……一応400くらいはありますけど……今後のことを考えると、とっておきたいですよね。収入も少ないですし」


「ま、待てよ! どうしてお金の話してんだ?」


「それは」



 事情を説明しようとした、その瞬間だった。なにやらテラーさんと話していた侍さんがぐりんっとこっちを向き、一言。



「自らの意思を闇に告げよ。その後に願いは叶えられる。それをせず、闇に背を向けた者のなれの果ては、目の前に転がる哀れな神である」


「……はい?」



 はてなしか浮かばない僕らを見て、テラーさんがクスクスと笑う。



「意地悪だなぁ。もうちょっと単刀直入に言えばいいのに」


「それだとさ、ほら? 面白くないじゃーん」


「私たちは遊ばれているのか」


「さてさてー! グットオーシャンフィールドショッピングの時間だよー!」


「……避けられない運命か」


「諦めましょう」


「ちょ、待てよ! おいらはほとんど金持ってねーよ!?」


「はーい、ストップストップ」



 完全に諦めた僕らと侍さんの間に、テラーさんが割って入る。



「諦めたらそこで、試合終了だよ?」


「なぜその台詞を」


「あと、そっちはそっちで調子のって遊ばないの。とりあえず、今は先に行きたいんだよね」


「えー?」



 少し不服そうな侍さんだったが、それから笑って、交換条件を出してきた。



「じゃーあ、今度ケーキセット、タダ食いで!」


「一回だけね」


「いえーい!」



 そしてどこかへ走っていくその人。……ていうか、あの人も女性だよね? 大丈夫なのかな。



「……もしかして、心配してたりする?」


「え、あぁ、まぁ」



 僕の心情に気づいたようにテラーさんが言う。正直にそう返すと、さらっとこんなことを言われた。



「大丈夫大丈夫、狂信者ごときに殺されるほど、うちらはやわじゃないからさ」


「狂信者ごときですか」



 まぁ、そんな一悶着があり、ようやく泊まる場所に着いたらしい。アイリーンさんのところよりはいくらか小さかったけど、綺麗に掃除されていて、雰囲気はよかった。

 隣には喫茶店らしき店があり、ここがテラーさんの自宅兼仕事場らしい。


 テラーさんは宿屋のドアを開けると、カウンターにいた男性に声をかける。



「コックスさん、フローラ、いる?」


「ん? あぁテラーか。待ってな、今呼んでくるから。おーい! フローラー!」



 状況はいまいちよく分からないが、コックスさんと呼ばれた人が、背後にあったドアを開け、二階の方に向かって叫ぶ。それから、僕らを見て、テラーさんに訊ねた。



「えっと……その方たちは?」


「あー、そっか。顔知ってるかなーって思ったんだけど」



 テラーさんは手でそれとなくアリアさんを指し、



「マルティネス・アリアさん。名前は知ってるよね?」



 と一言。



「え……えっ?! あ、あの、アリア様ですか!?」


「まぁ……そうだな。マルティネス・アリアだ」


「し、信じられないです! まさか、こんな街にアリア様がいらっしゃるなんて!

 ……ということは、そちらのお二人はアリア様のお仲間で?」


「そうだね。こっちがウタくんで、こっちはポロンくん」


「こんにちは」


「よ、よぉ」


「宿屋セアムの店主、コックスです。以後、よろしくお願いします」



 ぺこりと頭を下げたコックスさんに、アリアさんが言う。



「こちらこそ、よろしくな。突然で悪いが、ここにいる間、お前のところに泊まらせてはくれないか?」


「もちろんでございます! アリア様に泊まっていただけるとは、こちらとしても光栄です」



 と、そこまで二人が話したところで、コックスさんの後ろのドアが少し開き、そこからひょこっと顔が飛び出した。



「……コックスさん、どうしたんですか?」



 長い前髪の間から覗く、柔らかく笑ったその子の目からは、なぜか暗く閉じたものを感じた。感じられてしまったのかもしれない。

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