一夜明けるまで

「無理ですー……無理ですってぇ……」


「……この反応、久しぶりな気がする」



 こんにちは、柳原羽汰です。突然ですが泣きそうです。

 ポロンくんとの一件があり、僕はアリアさんにも色々な説明を求めた。そこでわかったことは大きく二つ。


 一つ目。キルナンスは世界的にも問題視されていて、その被害は絶大だということだ。

 単なる盗賊ならいい。問題はやはり『人身売買』である。小さな街を襲い、男を殺し、女性と子供をみんなさらってしまうらしい。聞くだけでも恐ろしい……。

 そしてその勢力は拡大しており、前は人口200人ほどのごく小さな街を狙っていたが、最近では人口20000人ほどの街をも狙っている。そして、実際に成功させてしまうのだ。


 その事をふまえてもう一つ。今から向かうラミリエは、王都に近いとはいえ、かなり小さな街らしい。発達していないとかではなく、もともとの土地が小さく、人口も少ない。そして、先ほどポロンくんと会ったばかりだ。

 ……このことが何を指しているのか。

 そう、次に狙われているのは、ラミリエかもしれないのだ。あちらに着き次第、現地のギルドに報告し、注意を促すつもりではあるが、いざとなれば僕らも協力することになる。


 ――よって、戦いなれするために、僕は今、ゴブリンと対峙している。しかし、忘れるなかれ僕のことを。僕はあの、柳原羽汰。バカとヘタレを兼ね揃えた究極の生命体だ。



「さっきから言ってるが、レベル的にはお前の方がずっと上なんだ。いくら剣術が初級でも一撃で倒せる」


「うぅ……でも、でもー」



 だってさ? 血、出るよね? 死ぬよね? 死んだら、動かなくなるよね?! ね?! 怖いじゃんそんなの!

 ってかよく考えてたらさ、僕あのとき、どうしてドラくんと戦えたんだろうね。今の僕は絶対無理。さようなら本当。



「……グキャオ!」


「うわっ!」



 ゴブリンがこん棒を振り上げ、襲いかかってきた。つ、ついにしびれを切らしたか!? スラちゃんみたいに待ってはくれないのか!



「グギャア! グギャア!」


「わ! わ! わ!」



 ……このままでは埒があかない。僕はこれから、戦って、大事なものを守らないといけないかもしれない。ゴブリンくらい、倒せないと……。

 ……仕方ない。ごめんなさい。僕は決意し、ぎゅっと剣を握りしめた。



「……っ、ごめんなさい!」



 ゴブリンのお腹にグサッと剣が突き立てられる。柔らかいお肉を裂く感覚がした。



「グギャァアァァァアア!」



 断末魔の叫びをあげながら、ゴブリンはやがて、白い光になって消えた。ゴブリンが消えたあとには、鉄貨が三枚と、薬草が一枚。ドロップアイテムというらしく、魔物が死んだあとに残される。

 『出来た』という心の裏に、激しい『罪悪感』が生まれるのを感じた。



「出来たじゃないか、ウタ」


「……アリアさん、」


「どうした?」


「自分や、アリアさんや、スラちゃんやドラくん……。みんなの命を守るために、必要なこと、なんですよね」



 銅貨を拾おうと身をかがめた瞬間、涙が滴り落ち、メガネのレンズを濡らす。



「ゴブリンの命って、300円なんだ……」



 僕はおもむろに膝を折り、泣いた。



「やっぱり僕には、魔物を殺すなんて無理ですって……」



 僕が、何を怖がって魔物と戦うのを避けてきたか、やっと分かった。

 僕は『死』が怖いのだ。痛いのが怖かったり、死んでいくその様を見るのが怖いわけでもない。

 死んだあとそこに残る、虚無が辛いのだ。苦しいのだ。



「ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」



 それでも……守るためだ。

 いいんだ、それで。

 ――いいのか、それで。



「……ウタ、お前は……本当に優しいな。

 だから心配なんだよ。逆に、な」



 僕の初陣はこれにて終了。色んな人が言う、『二回目からは楽だった』というのを経験し、背筋が凍るのを感じた。

 それでもヘタレな僕だ。一体殺す度に、涙がこぼれた。


 ラミリエまでは、まだ少し遠い。日も暮れてきた。今日は野宿しようと決まっていた。



「アリアさん、野宿とか平気な人なんですか?」


「ん? まぁな。何回かしたことあるぞ。ただ……さすがに9つの時、何も言わずに初めて外で寝たときは、父上と母上にこっぴどく叱られたな」


「そりゃそうですよ!」


「ぷるるるっ!」


「ははっ! そうだな」



 それから、少し開けた原っぱのようなところを見つけ、今日はそこで寝ることにした。簡易的な結界――王都で買った。わりと高かった――を設置し、ご飯を食べる。本日の僕らのチョイスはぶりの照り焼き。白米と味噌汁つきだ。おいしかったです。ごちそうさまでした。


 お風呂は……さすがに無理だ。我慢するかーと思っていたら、アリアさんが小さなボールのようなものを差し出した。



「これは?」


「魔属性球体。一部の魔法を取り込み、使うことが出来るんだ。回数に制限はあるが補充は可能。

 生活魔法が入っていてな。特殊な魔法で、使える人は少ないが便利だ。クリーンと唱えれば体の汚れは落とせる」


「なんと」



 早速試してみると、なんとなーく体がさっぱりしたような気がする。おぉ! すごい!



「おおお……!」


「感動してるところ悪いが、寝るぞ? 明日にはラミリエに着いていたい」


「あ、はーい!」



 僕らは寝袋――これも買った――を取り出してその中に潜り込む。お互いに横には並ばず、縦に頭を揃えて寝ることにした。頭同士が近いのは少し気になったので、距離を開けた。……意識しちゃうんだもん。(スラちゃんは僕の寝袋の中)



「おやすみなさい」


「おやすみ」



 僕らはしばらくして、寝息をたてはじめた。

 冒険者一日目。色々あって疲れたけど、それなりに平和に終わった……のかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る