戦力外

「おっ! アリア様いらっしゃい! 羽汰もまた来てくれたのか! 嬉しいなぁ!」


「ウタとアキヒトが知り合いだなんて聞いてないぞ?」


「エマさんに紹介してもらって、朝ごはんをここで食べたんです」


「ぷるぷるっ!」



 エヴァンさんとの話で、僕は、もう一度ここに来ることを決めていた。なぜなら、彼は今のところ、一番身近にいる転生者だからだ。



「悪いが、昼の営業はもう終わりなんだ。二時になればあんみつでも出すが」


「いや、アキヒト、お前に話を聞きに来たんだ」


「……ほお?」



 僕は、僕自身のスキルのこと、ドラくんに言われた使命のこと、そして、これからについて考えていることを話した。



「なるほどねぇ。使命、か。

 ……もしかしたらお前らがここに来たのは、エヴァンの差し金じゃないか?」


「え? 差し金ってほとじゃないですけど、エヴァンさんとの話で……」


「はぁ、ったく。面倒なこと押しつけやがって。

 ……あいつとは、ちょっとした古い付き合いなのよ。だからその、なんだ……?」



 彰人さんは困ったように笑い、四人掛けの席を指差した。



「ちょっと長い話になる。軽いもん持ってくるから、座って待っててくれ」



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 僕らの前には、ようかんと抹茶が並んでいた。ようかんを一口口に運ぶと、優しい甘さが広がった。



「……羽汰はともかく、アリア様にまでこの話をすることになるとはな」


「私は、父上についていってやれと言われただけだ。不都合があるなら席を外すが?」


「いや、いい」



 ゆっくりと、落ち着いた様子で彰人さんは昔のことを語り始める。



「俺は、元はホテルの料理人だったんだ。わりと腕がいいって評判でよ。……んでも、ホテルで火事があってな。逃げおくれて死んじまった。気がついたとき目の前にいたのは、強そうながたいのいい神様だったよ」


「男の……?」


「あぁ男性さ。お前は女性だったのか? いいなぁ、どうせならおっかないやつじゃなくて美人で巨乳なお姉さ」


「続きを頼む」



 洒落が通じねぇなぁとぼやきつつも、彰人さんは話の続きを語る。



「その神様によ、『今からお前を転生させるから、人々を幸せにしろ』って言われたのさ」


「言われたんですか?」


「逆に聞くが……言われなかったのか? なにも」



 僕の場合はあれよあれよと転生させられて、気がついたら家も焼けて、逃げて、それでアリアさんと会ったわけで。



「まぁいいさ。それで俺は、嫌だって言ったんだ。いきなり知らないところに飛ばされて、そこの連中を助けるなんてたまったもんじゃないって」


「……そしたら?」


「怒られた」



 わりと普通の対応ですな。



「で、お金も家も貰えずに転生させられて、3日間なにも飲まず食わずで森の中をさ迷ってたのさ。そんときゃまだ魔物も少なくて、逃げれば十分助かった。

 ……でも、飢えには勝てなくてよ。倒れた。そこをエヴァンに助けられたのよ」


「……父上に?」


「まぁ、そんときゃ俺は37のおっさんで、エヴァンは19だった。かなりの年下に助けられちまったわけよ。んでも、良くしてくれたよ。

 俺が神様の話をしたら、あいつは『魔物を倒して恐怖を取り除くこと』が国民の幸せに繋がると言った。そのときはまだ結界なんてなくて、街に魔物が入り放題だったからな。みんな怯えきっていた。

 それで剣術やらなんやら鍛えてくれた。


 ……でも、残念ながら、俺には戦闘の能力なんて全くなかったんだ。

 どれだけ努力しても、魔法の熟練度は1のまま。ゴブリン一匹倒すのにかなりの時間を費やした。エヴァンはずっと付き合ってくれてたが、他のやつらは諦めて、俺は完全に戦力外になった。


 しばらくして、俺自身も諦めた。剣を握るのを止めた。使命を放棄した。

 エヴァンは……ちょっと悲しそうだったが、俺の決断を受け入れてくれた。


 俺は新たな生活をしようとして、ここに喫茶店を作った。……もちろんエヴァンの助けがあってだがな。店の装飾やメニューは、俺がやりたいようにやった。ただ、食べたいものを作った。

 ここの飯がマズイ訳じゃないが、向こうの味が恋しくなってな。


 ……そしたらどうした? この喫茶店に来る人がだんだん増えてきやがった。そして、色々飲んで食って、最後には笑って帰っていくんだ。


 俺は楽しくなっちまった。前みたいに、料理人だった頃みたいに、すっげー楽しくなっちまった!

 んで、ある日エヴァンに言われたのよ。『この喫茶店のおかげで、国民が幸せそうだ』ってな」



 彰人さんは、本当に幸せそうに笑った。そして、僕に向かって言うのだ。



「俺は、使命を放棄したんだ。でもって、好きなようにやった。それが結果として使命を果たすことになったってことだ。

 だから、お前も好きなようにやりゃあいいんじゃないか? きっと、使命のためには自然と体が動くようにでもなってるんだ。そうに違いねぇよ!」


「……そう、ですかね」



 ……もう一つの『勇気』を打ち倒すこと。それが、本当に僕の使命なんだとすれば、僕は、戦うことになるのか?

 僕の不安を感じ取ったように彰人さんは、そのあとに続けた。



「……せっかくもう一度チャンスを貰ったんだ。後悔しないようにするのがいい。それが、俺から羽汰にできる唯一のアドバイスさ」

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