ep.25 少女は
「……それでは、もう旅立たれてしまうのですね?」
少し残念そうに、フレンツェが言うとエクスは頷く。
「ええ、この世界にはまだ魔族に苦しめられている人がいると思うので…」
「そうですね…事実、我々も勇者様が居なければいずれ、魔族達に滅ぼされていたかも知れません…」
フレンツェは深く、お辞儀をすると感謝を述べた。
「本当に……ありがとうございました。お陰で民も不安から解放されるでしょう。それでは、お気を付けて。我が街の者も皆、ご無事をお祈りしております」
「ありがとうございます!それでは、行ってきます!」
その言葉を最後に、領主館を出るとそのまま街の外へと向かう。
既に街の外でトーフェとティエラが待っているから。
「すいません、お待たせしました。それでは行きましょう」
エクスが二人に声を掛ける。
「いえ、それ程待ってないので大丈夫ですよ。それで、何処へ向かうんでしたっけ?」
金色に輝く長髪を流しながら、首を傾げるティエラ。
「……もう忘れたのか。この街よりも北西にある森、その近くにある村にまずは向かうんだったろう…」
溜息をつきながら、額に手を当てる着流しをきたエルフ───トーフェが言うと、エクスは苦笑した。
「まぁ、詳しくはお二人に話してないから、しょうがないですよね、すいません」
街から少しずつ離れながら会話を楽しむと、ふと真剣な表情に変わる。
「今から向かう村……森なんですけど、何でも精神に異常をきたすらしいです」
エクスは話しながら、先程フレンツェに聞いた話を思い出していた。
『精神がおかしくなる………ですか?』
『ええ……そこは濃霧の森と呼ばれ、普段から霧の深い森ではあったのですが……』
声のトーンを落とし、暗い表情で語る。
『ここ最近、森に入った者が帰ると皆一様に虚ろな表情でぶつぶつと呟くようになる、との事です。兵を向かわせようとしましたが、丁度街で失踪事件が続いていた為に下手に動かせず……』
『……なるほど。失踪事件の時期と照らし合わせると、魔族の仕業である可能性が高いと、そういう事ですね?』
エクスが聞くと、神妙に頷いた。
『ええ、ですのでお気を付けて……』
「という事らしいんだ。詳しい事はまた村の人に聞こうと思ってる」
そう言うとティエラは軽く顔を青ざめる。
「……幽霊とか出るんでしょうか?」
頼りなさげに揺れる尻尾は、これ以上ない程に分かりやすくティエラの感情を表していたように見えた。
その言葉を聞き、トーフェは鼻で笑う。
「ふん。どうせ魔族だろうと思うが……精神を狂わすだけというのがいまいちわからんな…」
「僕もそう思います。魔族は全ての種族を滅ぼそうとしていますし……迷宮では人をコアに入れて魔力タンクにしていました」
顎に手を当て、ううむと考え込むトーフェとエクスを眺め、ティエラは恐る恐る発言する。
「つまり……狂わす意味が無く、魔族であればそのまま殺すと?」
「うん。だからいまいち分からないんだ………まぁ、行けば何かわかるかも知れないし…」
そう言うと声の調子を取り戻し、切り替える。
「そうと決まれば、早く先に進みましょうか」とエクスが声を掛ける。
「そうだな。実際に見ない事には、な」
駆け出したエクスをゆっくりと追いかけるトーフェ。その背中を眺めながら、ふとティエラは笑みをこぼす。
─────さぁ、行ってきなさい。
草木を揺らす風に押されながら、そんな声が聞こえた気がして。
ティエラは振り返る。
気が付けば遠くにあった街と、何処までも広がる草原に、どこか自らの師を重ねた。
(………もう、昔みたいに泣きませんよ)
師が使っていた杖を強く握り、少しだけ目を閉じる。
頬へと流れる一粒の雫を拭うと、エクスとトーフェを追いかける為に走り出す。
「………待ってください!ちょっと早いですよ!!」
風が優しく、世界を走る。
貴方の思いを継ぐのに、悲しみは要らない。
そう思ったから。
獣人の少女は、涙を流さなかった。
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