ep.15 最後の

深い、深い微睡みの中で揺蕩っていた。

黒い何かが、意識を闇の底へと誘う。

それは不思議と心地の良い場所で、いつからか体を預けていた。


意思を揺らす程の警告を無視して。


─────!


何か、懐かしい声が聴こえた気がして、意識が浮上する。


(この声は………?)


それも一瞬の事だった。

また深い眠りに誘われて、奥深くへと沈んでいく。


(まぁ、いいか………)



そうして暫くすると、闇が少しずつ薄れて行くのに気が付いた。


暖かい光が一瞬走り、その度に闇が薄れて行く。

意識が光に釣られて覚醒していくと同時に、記憶が蘇る。


魔法によって焼かれ、息絶えた筈の記憶が蘇り、その直前に。


(わたし、は。何を見た…………?)


大切だった筈の、それを必死に思い出そうとし、その度に闇が意識を引っ張る。

先程まで心地の良かったこの場所が、冷たい場所だと気付く。


(わたし、は……私は……!)


闇が意識を包み込み、呑まれそうになる。


(わ、たし………は………)


瞬間、一際輝いた光が闇を全てを晴らす。

同時に思い出す。


焼かれる直前、泣きそうな表情で私に手を伸ばす、猫人の少女。



(………っ!わたし、は!護れたのか!?)


意識が完全に覚醒し視界を取り戻すと、目の前には金髪の青年が剣を振り切っていた。


(っ………!ゆう、しゃ様、か!良かった──)


意識が覚醒すると同時に、この場所に感じる魔力を感じ取り、振り返る。

目の前に立つ、優しい光の魔力ともう一つ。

懐かしい、何処か不安げに揺れる魔力。それでいて、私よりもずっと強い聖なる魔力。


(ああ────私は、護れたんですね……良かった)


記憶にあるその少女の顔は泣きそうで、それでいて、私の顔を見て驚いた様な表情をしていた。


そして、魔力で強化されていた私の眼が、彼女の瞳に映る私を拾う。


乾涸びた体、漏れ出す黒い魔力。


それでも、絶望はしなかった。


(私は、そうか……なら……!)


「オォッ!!」


言葉を出したつもりだが、漏れ出たのは言葉ではなくただの唸り声のような音。

それでも良かった。目の前の勇者には意志が伝わったから。


両手に魔力を集め、エクスに向かって撃ち出す。


(最後に稽古を付けてあげましょう、ティエラ!立ちなさい!)


この行動の意味に、ティエラが気付いてくれると信じて、撃ち出す。


勇者が殺気と魔力だけを感じ取り、避けるのを見て素直に関心していた。


(初めてでここまで避けますか……しかし!)



エクスの避けるの位置を予測し、弾を放つ。

遅れて察知し、回避する。


そうして繰り返し、少しずつ行動を制限していく。


やがて弾と勇者の距離が縮まり、当たる直前。魔力を弱める。


驚いた表情が一瞬見え、何処か愉快な感情になる。


(驚かせる事が出来たようで何よりです。さて…)


心配して勇者に駆け寄るティエラの姿を、眺める。

二人が何事か会話をして、ハッとしたようにこちらを向き直す弟子の姿。


その表情を見て、少し胸が痛む。


それでも。


弟子がこちらへ歩んでくる。


(よかった。勇者様。感謝しますよ)


もう、何も聴き取れない体になってしまったけど。

もう声も出せない体になってしまったけど。


(それでも、貴女の言っている言葉が、分かりますよ)


瞬間、エクスが飛び出そうとする姿を捉え、刷り込まれた本能がその行く手を塞ごうと動く。


(───くっ!しまっ……)


直後、飛んでくる魔力の気配を感じ、避ける。


魔力が飛んできた方へと視界を移すと、少女の姿。

何処か弱々しくて、それでも覚悟を決めたその姿に


(あぁ、強くなりましたね……昔より、ずっと──)


少女と過ごした日々が昨日の事のように蘇る。



その日々の中で、少女が自分に言った夢を思い出す。


(昔から負けず嫌いでしたからね、貴女は。果たして、超えられますか……?)


魔力を集め、最後の稽古を。

先程、勇者に放った魔力よりも、更に強く。







──────これで、最後です。







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