第60話:条件
反論しようとして口を開きかけた廻だったが、先に声を上げた者がいた。
「それでいいぞ」
「ア、アルバスさん!」
条件に指名されたアルバス本人だ。
その表情は当然と言わんばかりであり、
「条件が付くのは当然だろう。小娘の思い通りにはいかないってことだ」
「経営者よりも換金所の管理人の方が分かっているじゃないか」
「……だけど、どうしてアルバスさん何ですか?」
二杉から見れば廻とアルバスとニーナの三人しかジーエフの住民を見ていない。
廻は経営者であるし、ニーナは高齢である。そう考えればアルバスに注目が行くのは当然なのだが、質問に対する二杉の答えは単純明快だった。
「こいつは有名な冒険者だったんだろう? だったら鍛冶の都市を目指すオレノオキニイリで雇うべき人材じゃないか!」
「フタスギ様!」
ここで声を上げたのはジーンである。
ジーンも冒険者であり雇われの身であることから、自分が切られてしまうのではないかと心配になったのだ。
「安心しろジーン。俺様の護衛はお前しかいない。あいつにはオレノオキニイリで打たれた武器の宣伝になってもらうのさ」
「……そういうことでしたら」
あまり納得していないような表情なのだが、ジーンがそれ以上口を挟むことはしなかった。
次に口を開いたのは意外にもニーナだった。
「フタスギ様。あなたはジーンさんの気持ちを考えたことがありますか?」
「ジーンの気持ちだと? 突然口を開けば何のことだ?」
見下すようにニーナを見る二杉だったが、ニーナの言葉に体をピクリとさせたのはジーンだ。
「ジーンさんはあなたに忠誠を捧げているように見受けられます。そのような相手を不安にさせてはいけません」
「俺様はジーンを信じている。だからジーンも俺様を信じている。俺様のやることを信じているのだから気持ちも何もないだろう」
「それはフタスギ様だけの気持ち、考えでしょう。上の者は下の者の気持ちを汲み取ることも大事ですよ」
諭すような、それでいて核心を突くように響くニーナの声音に二杉もやや気圧されたものの、それでも自分が一番だという思いを鎮めることはできずニーナの助言を一蹴する。
「それはそっちの経営者に聞かせてやれ。俺様はそれくらい分かっているからな」
「……そうでしたか。では、メグルさんはそのことを知っているので必要ありませんね。無駄なことを言いました」
丁寧に頭を下げているが、その実はニーナも二杉に対して興味を失ってしまっていた。アルバスとは違いそれをジーンに悟らせるようなことはしなかったが。
「結局、納得していないのは勝負を持ちかけたそっちの経営者のようだがどうするんだ?」
勝負の話に戻った時、廻はアルバスに視線を向ける。
本当にこれでいいのか。アルバスを勝負の景品のように扱っていいのか。そう目で問い掛ける。
「なんだ、負けるつもりなのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「それなら条件を飲め。ようは負けなければいいんだよ」
気にするなと、その条件を飲めと、アルバスははっきりとした口調で伝えてきた。
その言葉に廻は信じてもらえているのだと嬉しく思うのとともに、アルバスの信頼に応えなければならないと強く思い直す。
「……分かりました、その条件で勝負をしましょう」
「次のランキング更新は一週間後だ。アルバス・フェローは移住の準備をしておくんだな」
強気な発言を残して、二杉とジーンはジーエフを後にした。
残された廻は大きな溜息を漏らすとともに、アルバスへ向き直り頭を下げた。
「アルバスさん、本当にすいませんでした」
「条件のことか? あれくらい予想の範囲内だから気にするな」
「……私はそんなこと考えてませんでした。アルバスさんを生贄にするみたいで、本当に嫌だったんです」
廻の気持ちを理解しているアルバスはこれ以上の言葉を重ねることはしなかった。
代わりに頭を乱暴に撫でてさっさと入口から離れてしまう。
その背中を見つめている廻の両肩に手を優しく置いたのはニーナだ。
「アルバスさんの期待に応えてあげましょう。そうしなければアークスさんだって連れ戻されてしまうのですから」
「もちろんです。誰のことだって見捨てたりしません。諦めたりしません。絶対にランキングを上げて勝ってみせるんだから!」
決意を言葉にして、廻とニーナもそれぞれの居場所へと戻っていった。
※※※※
ジーエフを離れた二杉とジーンは、夜の砂漠を歩いている。
獣が現れる可能性だってあるのだが、そこはジーンを信頼していた。
冒険者ランキング283位であるジーンも実力でいえば上位に属する冒険者。
今も群れで現れた狼を苦にすることなく斬り捨てて主である二杉を守っていた。
「ジーン、あのアルバス・フェローとかいう管理人はそれほどに有名なのか?」
「はい。隻腕になる前は冒険者ランキング1位、最近の噂では現在のランキング1位であるジギル・グリュッフェルがパーティに誘ったとか」
「隻腕の人間を誘うだと? ジギルとかいう冒険者も頭がいかれているんじゃないのか?」
「昔のよしみ、というところでしょう。ですがジギル・グリュッフェルの実力は本物です」
同じ冒険者としてジギルを間近で見たことのあるジーンはそう評した。
二杉はそこまでの話を聞き、自分の選択に間違いはなかったと確信を得ていた。
「ジギルとやらが認めるアルバスなら、隻腕になろうともネームバリューは高いか。ふん、宣伝にはうってつけだな」
「宣伝、ですか……フタスギ様、本当にそれだけなのですよね?」
ジーンは自分がアルバスに鞍替えさせられるのではないかと不安になっていた。
「……なんだ、お前はあのおばさんの言葉を真に受けているのか?」
「まさか! そのようなことはありません!」
「だったら黙って俺に従っていろ」
「……はい」
その後は無言のまま砂漠を進み、獣が現れれば都度ジーンが斬り捨てていく。
そんな光景を思案顔で眺めていた二杉は、誰にも聞こえないような声でぼそりと呟いた。
「……あれもそろそろ換え時か」
ここが都市内ならば様々な日常音にかき消されただろう。
だが、今いる場所は何もない砂漠である。
獣の声はするがそれも僅かなものだ。
二杉の呟きは、ジーンの耳に届いていた。
「……そんな」
ジーンも小声を漏らした。
本来ならば二杉にもジーンの呟きが聞こえるはずだったが、何かをずっと思案している二杉に聞こえることはなく、呟きは風に乗って消えてしまうのだった。
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