第三十四話 場面は移り変わって……

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 火山からふもとまで続く道を馬車は人が歩くほどのゆっくりとした速度で進み行く。

 正体不明の白装束達に酷い目にあわされた、御者役の兄妹が地面からの突き上げで痛みに眉をひそめるので仕方がなかった。

 妹のベルンハルデは全身に敵の血液を浴びる洗礼を受けた外は外傷は見られなかった。ただ、服をナイフでびりびりに破かれ精神的に受けた苦痛はいかほどのものか、計り知れないのだが。


 それよりも兄のバルフェルドの方が重傷だった。

 妹を人質に取られ抵抗する暇も無く男達に集団でリンチを受けたのだから。

 腕と肋骨の骨折、全身打撲程度で済んだのだから幸いと言えるだろう。命が助かっただけでも御の字だ。とは言え、助けたときにはすでに虫の息であったのだが……。


 その兄をスイール、エゼルバルド、そして、ヒルダの三人で回復魔法ヒーリングを施して、命の危機から脱している最中なのである。


「それにしても、惨い事をするもんじゃ。で、一体お前達は何処から来たんだ?」


 臨時に御者役に就いたヴルフは、腫れ上がり見てくれの悪くなったバルフェルドの顔を見て眉間にしわを寄せながら、横たわる白装束の男達へドスの効いた声を浴びせる。

 当然、それで答えなど帰ってくるはずも無い。期待せずに声を向けたに過ぎない。


『ふむ、こいつらの匂いはなんとなく記憶があるな』


 馬車の後ろを付いて歩く赤竜、赫色かくしょくのレッドレイスが答えてきた。

 傍から見れば馬車の後ろを巨体な生物が付いて来る異様な光景であるが、レッドレイスが伝えねばならぬ事があると付いてくるのだから仕方がないのだ。


『我の背中に深々と刺さっていた杭を打ち込んだ者達の匂いに似ている』

「おや?貴方の鱗を貫き通すなど普通でないことをしでかした者達ってことですかね」

『そう取って貰って構わん』


 レッドレイスの背中に刺さっていた杭は回収して馬車に積んである。詳しくは調べてみないことにはわからないが、スイールには特殊な魔力の残滓が感じ取れると話していた。

 恐らくだが、その残滓にレッドレイスの鼻が反応したのではないかとスイールは予想をしていた。だが、確信があった訳ではないので今回だけは口を閉ざすと決めた。この後、レッドレイスからなにかあるのだろうと感じ取ったからである。


『それに今から五十年程前にも記憶があるぞ』

「「!!」」


 レッドレイスの口から五十年前と漏れた言葉に反応したのはエゼルバルドと御者の妹のベルンハルデ。本来なら兄のバルフェルドも一緒に反応したかもしれないが、気を失っている為なので仕方がないだろう。


 帰路に就いた馬車が向かっているその先、村があったと存在だけするリエーティで起こった不幸な出来事を思い浮かべた。

 火山性の瓦斯が噴出し、村人が全滅した事故だ。

 ただ、その際に何人かの人達が消えていた事実が判明している。

 レッドレイスはその消えた人達に白装束の男達が関係していると暗に示したのだ。


 口を開くのも憚られるベルンハルデに代わり、エゼルバルドは長老から耳にした事柄を簡潔に説明したのである。


「なるほど……。いろいろと繋がりが見えてきましたね」


 この島で起こった悲劇。

 そこから拉致された人々。

 赤竜を支配下に入れようと画策していた事。

 それが、スイールとエゼルバルドの二人が同じ運命の下に生まれてしまった事。

 七千歳以上も離れた二人が目の当たりにした事実。


 スイールはこの世界を滅ぼした根源が、息子であるエゼルバルドの出自に関する事柄が、共通の敵を頂点にして起こされたのだと、この時点ではっきりと認識したのである。


「この際ですから、レッドレイスに聞いてしまいましょう。貴方に洗脳をしようとしたは何処にいるのですか?」

『何故と尋ねたいところだが、それはしばらく後になるだろうな』

「??」


 荷台から後ろを付いてくるレッドレイスと話をしていたスイールは何の事かと思考を一時停止して、彼が気にしている馬車の進む方へと体ごと向ける。

 ヴルフの肩越しに見えたのは、一本のガタガタと揺れる道を向かい来る一台の馬車だった。


「確かに、後になりますね。ヴルフ、馬車を止めてください」

「はいよ」


 レッドレイスの意図を正確に読み取り、馬車を止めるように指示を出す。

 いつもの旅であれば馬車を止めるなど面倒なことをする必要はないが、いまはレッドレイスが存在する火山へと送り出された存在である。

 馬車を止めて一言挨拶をする必要がある。それに、酷い仕打ちを受けた御者役の兄妹が無事だと知らせる必要もあるのだ。


 ゆるゆると速度を落とし、互いの距離が数メートルと近づくとピタリと速度が零になった。

 すぐにスイール達は荷台から飛び降り、馬車馬の横へと進んだ。


 その直後、向かいの馬車から一人の老人--禿げ上がった頭が特徴の長老、エルケンバルド--と付添人が降りてきた。腰や尻を手でさすっているところを見ると馬車の旅は合わないようだ。


「ほっほっほ。お客人、無事に竜様を開放できたようですな」

「はい、あのように」


 スイールは馬車の横に並んだ赫色かくしょくのレッドレイスに顔を向けて依頼を無事に完遂したと告げる。

 その様子に長老は満足げな笑みを浮かべながらレッドレイスの前へと歩み出るとゆっくりと頭を下げる。


「竜様、お久しぶりでございます。今代の長老をしています、エルケンバルドと申します」

『ふむ、そなたらに迷惑をかけたな。礼を言うぞ』

「有難きお言葉です」


 それからしばらく、レッドレイスと長老の立ち話に花が咲いてしまう。

 二人の会話を聞いたところによると、レッドレイスが自らの意思に反して彼らを攻撃してしまった時期は五年ほど前からだった。その後、先代の長老がなくなり四年前にエルケンバルドが今代の長老の座へと就いた。

 それからも何度か、レッドレイスを元に戻せぬものかと近寄りもしたが、その都度半数を殺されてしまっていた。

 そして、今から一年程前、レッドレイスの目から生気を感じなくなったところで火山への侵入を禁止するに至ったのだ。


「この方たちには感謝の言いようもありません」

『それは我も同じだ』


 そんな状況になってしまったこの地に訪れたスイール達に、長老達は解決してくれたと心の底から感謝を向けたのである。

 長老だけでなく赤竜からも感謝の意を向けられ、何となく背筋がむず痒い思いをしたのか、頭を掻きながら答える。


「それは金竜ゴールドブラムに向けてください。私達はただ依頼を受けただけですし……」

『その話はこれくらいにしておこう』


 感謝の意をこれ以上向けても仕方が無いとレッドレイスは話を打ち切り別の話へと切り替える。


『長老もいる事なのでここで話をしてしまいたいのだが良いか?何せ、我はこの巨体だ。お主らの街に向かえば迷惑が掛かるだろう』

「いえ、そんな事は無いのですが……。竜様に無理を言って困らせても我々の意に背くので、お言葉通りに致します」

『申し訳ないな。では……』


 レッドレイスは話を始める前に馬車の荷台からスイール達が捕まえた白装束の男達を無造作に、そして、強引に引きずり出し、彼らの前で晒し者とした。

 竜種に掴まれ引きずり出されたのだから、彼らは生きた心地がしなかったであろう。全身に汗をびっしょりとかき、薄い白装束が透けて肌が見えてしまっていた。


「では、先に聞きたいこと聞いてしまって宜しいですか?」

『構わんぞ。先程の質問だろう、少し待て……』


 そういうと、レッドレイスは手の爪を起用に使い地面に絵を描き始めた。人と違い芸術と言う観点を持ち合わせていないために、きわめて抽象的な分かり辛いのであったが……。


「う~ん、これは地図のようですね……。」

「これは、この島かな?」

「だとすると、ここは海を渡って連合公国?」

「んっと~、これは川だから……さかのぼるの」

「ウチ、こんな所に何かあったなんて聞いた事無いけど?」


 何となく、地面に描かれた絵を解読して行くと比較的近くの場所を指してると気付く。

 グレンゴリア大陸の北東部、ベルグホルム連合公国のさらに奥、人の踏み込まぬ秘境であるが。

 それを簡易的な世界地図を広げて答え合わせをしてゆく。


『恐らくそれであっているだろう。人の住む街からはそれほど離れてはおらぬ場所であるが巧妙に隠されいると見ている。そこに分厚い天井で守られたすり鉢状のあなにある筈だ』

「すり鉢状のあなですか……」

『ああ、天蓋の付いた我よりも遥かにでかい……な』


 すり鉢状と言われて、それを脳内に正確に描き切ることは不可能に近い。しかし、現実にその目に焼き付ける程の記憶を有しているのであれば逆に簡単であろう。しかも完璧なまでの姿を、である。

 実際、スイールはその場所で生活をしてきた過去を持つのだから当然だろう。

 他のヴルフやアイリーンら、世界を股に掛けて活躍した二人であっても脳内に思い浮かべるのは不可能だ。答えを知っていとしてもだ。


「それで思い当たるのは地下遺跡……しかないですよね~」


 レッドレイスが口にした正体、それはスイールが答えた地下遺跡に他ならないのだ。

 だが、スイールが脳内に思い浮かべれれて、ヴルフとアイリーンがそれを出来ないのは何故と言えば、全体を俯瞰出来ていたかによるだろう。


 スイールは元々その場所で生活をしていた。

 人工太陽が煌々と照らした、人々の生活の場であった地下遺跡でである。

 そんな場所で子供の頃から生活していたのだから、高い場所から地下遺跡を俯瞰するように眺めていたとしても不思議ではない。


 それが、スイールとヴルフ、アイリーンの違いなのである。


「地下遺跡じゃと?」

「……あ~。確かに、すり鉢状って言えば、すり鉢状ね~」


 地下遺跡だと口に出されれば、過去の記憶を呼び出し、脳内で描くこともできよう。

 エゼルバルドやヒルダも少ない過去の記憶から”あ~、あれか……”と呟きながら脳内で再生を行っている。


 例えば、トルニア王国では海の街アニパレにある半分崩れた地下遺跡。

 例えば、スフミ王国であれば王都スレスコにあるエゼルバルドの両手剣の魔法を付与した地下遺跡。

 例えば、アーラス神聖教国北部に位置する反乱を起こした領主が最後に逃げ込んだ地下遺跡。


 それら、三つの例があれば何とか思い描けるだろう。


「そこにヤツが存在するのですね」

『それだけではないはずだ。こやつ等が存在するのだからな』


 地下遺跡の内部がどうなっているのかは定かではないが、赫色かくしょくのレッドレイスを洗脳しおのが支配化に置く寸前まで進められたのだから、どんなに警戒しても、したり無い事は無い。

 白装束の者達に行く手を塞がれるのは当然として、得体の知れないが現れる可能性も……。


「一つ良いですかな、竜様」

『ん?』


 スイール達が一つの結論、自らの敵を認識したところで、横で疑問符を頭の中で無数に浮かべていた長老のエルケンバルドが恐る恐る、口を挟んできた。


「付かぬことをお伺いしますが、話の節々に現れる、ヤツとかモノとか、何なのでしょうか?」

『ああ、それか……』


 レッドレイスは再びその場から離れ、馬車の荷台をガサゴソと探し回り一つの物体を取り出してきた。彼の背中に深々と突き刺さっていたあの杭である。

 杭の頭に金属の塊が付けられかなりの重量物となっている、あれだった。


 その杭をスイール達や長老の前にドカッと無造作に置くと説明を始める。


『簡単に説明すると、我の背中に刺さっていたこの杭を作り出した、である』

「人ではなくでございますか?」

『そうだ。我の鱗を貫き通すこの杭であるが、そのの魔力が練り込まれている』


 皆して食い入るように杭に視線を向けて行く。

 魔法を扱うエゼルバルドとヒルダは微かであるが威圧感を孕んだ魔力を感じ取っていたらしく、思わず口にそれが出てしまった。


「この、杭の表面にキラキラと見えるガラスのようなのが魔力の残滓なの?」

『恐らく、それで合っているはずだ。そうであろう、魔術師よ』

「良く見ればそうですね。杭自体は何の変哲も無い鉄合金でしょうから、覆われているガラス質に魔力が含まれているのでしょう。それが固い鱗を貫き通した功労者でしょう」


 金色のゴールドブラムの羽根で作られた金属でさえ、赫色かくしょくのレッドレイスの真っ赤で分厚い鱗を切り裂くまで出来なかったのである。特殊な魔力を孕んだガラス質が原因であるとスイールは断言する。


『その表面を覆っているガラス質がヤツの一部だったのだろう』

「ほんと、厄介ですね」


 溜息交じりに言葉を吐いたスイールは、その杭を手にして近くにあった岩の上に移動させた。

 そして、エゼルバルドにニヤリと笑顔を向けた。


「エゼル。これ、切ってください」

「オレ?」

「ええ、あなたにしか出来ませんよ。白装束の男達に絶望を与えてやってください」


 後は拷問による苦痛を体中に刻まれ獄中で死ぬのみと腹をくくっていた白装束の男達。舌を噛み自らの命を捨てる事すら躊躇しない男達。

 絶望などとっくの昔に体に刻まれている、そう思いこんでいた。


 しかし、男達は知っていた。

 その杭、つまりは彼らの使える主は何物も受け付けないと。

 だからこそ、赤竜の鱗をも簡単に貫き通したのだと。

 ”切る”など非常識がある筈は無いのだと。


 そこでスイールから命じられたエゼルバルドが出番となる。

 初めは何のことかさっぱりだったが、”あなたにしか”出来ないと告げられれば理解するのは簡単だった。


「あぁ、わかった」


 左の腰に収まっているブロードソードを引き抜き、銀色に光る抜身を露にする。

 白装束の男達は、それで首を刎ねられるのではないかと身を構えるが、エゼルバルドは男達に目もくれず岩の上に鎮座した杭に向かって歩き出す。


 そして、ブロードソードを高く掲げ銀色の刀身が輝きを放っていたと誰もが思っただろう。次の瞬間、銀色に輝いていた刀身が真っ赤な色に包まれ……。


「はぁっ!」


 エゼルバルドが振り下ろしたブロードソードは杭を正確に捉え真っ二つに切断していた。

 台座となった岩も同様に真っ二つに切断するとともに……。




坑(あな):外国の露天掘り鉱山の形状を思い浮かべてください。何となく理解できると思います。

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