第二十七話 火竜のいる山へ向かって出発!

 スイール達が休んでいる離れに戻ってドアを開けて部屋に入った筈のエゼルバルドだったが、胸に大きなダメージを受けてドアの外に仰向けに倒れこんだ。

 ダメージを受けた胸が痛いのは当然だが、体にのしかかる重しに頭は混乱していた。


 エゼルバルドが仰向けに倒れた原因はわかっている。

 彼の顔に掛かる明るめの長い茶色の髪の持ち主と言えば一人しかいないからだ。


「ヒ、ヒルダ。どうした?」


 そう、部屋に入った途端、ヒルダがエゼルバルドに突進して来たのが原因だった。

 しかし、彼女の体は小刻みに震え、心配事を胸に内包しているようだった。


「い、行っちゃわないよね?」

「ん?何の事。どこにも行かないぞ」


 ヒルダの心配は、エゼルバルドの同族が彼に”この地に骨をうずめないか”と誘われて、首を縦に振って了承してしまう事だ。

 大好きなエゼルバルドから離れたくない、そんな乙女心をいまだに持ち続けるヒルダには死活問題と言えよう。だからこそ、エゼルバルドの胸に顔を埋めながら、ぎゅっと掴んだまま尋ねるのであった。


「だから、わたしの前からいなくなっちゃわないよね?」

「話が見えないんだけど?」


 惚けるようにエゼルバルドは質問に答えるが、胸の上で小刻みに震えるヒルダの気持ちは当然のように承知している。エゼルバルド自身も”同族”だと希望の眼差しを向けられて戸惑っていたのだから。

 しかし、エゼルバルドの気持ちは昔から変わらない。スイールと出会った時から常に。


 だからこそ、今でも自信を持って口にする事が出来る。


「オレの帰る場所は一つしかないだろうが。エレクも待ってるしな」


 髪を乱したヒルダの頭をそっと撫でながら優しく、そして、力強く告げた。


「と言うか、そろそろ退いてくれないか。重いぞ?」


 廊下に寝ているのもそろそろ限界と思ったエゼルバルド。

 その言葉を耳にしてヒルダはピクンと体を跳ねさせた。そして、殺気を放ちながら”誰がですって!”と鬼の形相をむける。上体を起こしてエゼルバルドに馬乗りになる。

 それほど気にしていないが、面と向かって言われると心にヒビが入るような気がするのだ。


 そして、エゼルバルドはヒルダの逆鱗に触れる言葉をうっかりと吐いてしまったと後悔するのであった。”今夜はいつになったら眠れるのか?”と……。


「それが待ってたわたしに向ける言葉です?」

「あぁ~。ゴメン、オレが悪かったよ」

「仕方ない人ですね~。今夜は沢山、相手して貰いますからね」


 機嫌が悪いのか、それとも良いのか、ヒルダの心を読み切れぬエゼルバルドである。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 それは、息子であるエレクがいない時は、母の顔を見せずにいる事だろう。まだ結婚したばかりの頃のように……。いや、もっときらきらと輝いていた少女の頃に戻ったように。


「二人で楽しんでるところ申し訳ないが、食事が来てるので食べませんかねぇ」


 甘い雰囲気を醸し出している二人を見下ろして声を掛けるのは当然ながらスイールだ。ヒルダが帰って来たエゼルバルドに突撃したまでは見ていたが、暫く経っても戻ってこない二人を心配してきたのだ。

 しかし、甘い雰囲気の中、どうやって声を掛けようかと迷ってしまい、声を掛けるのが遅くなってしまったのである。


「……なんだ、見てたのか?早く声を掛けてくれればいいのに。ちなみにいつから」

「エゼルが”重い”と言ったあたりからですかねぇ」


 突然、声を掛けられたエゼルバルドとヒルダは頬を赤らめて、声の主へと顔を向ける。

 二人の甘い空気にあてられたのか、声の主は少し照れながら言葉を口にしていた。

 それ以上、何かを口にするなど野暮なことはせず、そそくさと部屋の中へと戻っていった。


「じゃ、オレ達も行くか」

「は~い」


 ゆっくりと立ち上がると仲良く手を繋ぎ、スイール達のいる部屋の中へと入って行くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 開けて翌日、朝食を終えたスイール達は世話になった屋敷の玄関前に集合した。

 早速ではあるが、赤竜の住まう火山へと向かう為だ。

 火山まではおおよそ三日掛かる。

 ただ今回は、村跡のリエーティで一泊するので一日追加して、四日掛かる計算だ。


 玄関へと向かうとそこで男女二人がこれから乗り込む馬車の準備をしていた。

 山道を進むので車輪回りを入念に点検していたが、玄関を出たスイール達に気付いたようで手を止めて挨拶をしてきた。


「あ、おはようございます。長老から馬車の御者を仰せつかったバルフェルドです。こっちは妹の……」

「ベルンハルデ……。兄様共々よろしく……」

「まぁ、長いんでバルとベルとでも呼んでください」


 昨日、エゼルバルドと会った二人の兄妹だった。

 しかし、妹のベルンハルデは昨日の態度と打って変わってオドオドとしている。昨日は三対一で気丈に振る舞う事が出来ていたが、この日は逆に二対五と数的に劣勢だったためだ。島の外から来た者達に一定の恐怖心を抱いていたるのが原因なのだが。


 二人と会ったそのエゼルバルドはと言えば、目の下に隈を作って調子悪そうにしている。その為に妹のベルンハルデの変化に気を向ける余裕を持ち合わせていなかった。


「バルとベルですね。私はスイール、魔術師です。これから数日間よろしく」


 スイールが名乗ると兄妹は目を細めて、腫れ物を見るような目つきを向けた。

 恨みなどがある訳でもないが、長老が同族に引き入れようとしたエゼルバルドの親がどんな風体をしているのか判明したからに過ぎないのだが。

 ただ、装備に目を向ければ小さな傷がついているが手入れが行き届き、優秀なのだろうと一目で理解できた。


 それから調子悪そうなエゼルバルドを一応気にしつつ、スイールは仲間を紹介していく。

 ただ、エゼルバルドに加え、ヒルダも調子悪そうにしているのは少し気になったが、が原因だと承知しているので、それ以上の心配はしなかった。


「調子悪そうだが大丈夫か?」

「大丈夫よ。二人は馬車で寝てればいいのよ……。まったく」


 目の下に隈を作っている二人エゼルバルドとヒルダをヴルフは心配する。しかし、アイリーンはその心配は過剰だと、一笑に付すのだった。


「だいたい、なんでそんなに調子悪いの?ナニやってたのよ?」


 その、一笑に付したアイリーンが調子悪そうにしている二人エゼルバルドとヒルダにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、異なる意味合いを含んだ言葉で質問した。


「オレ達、寝室は同じだっただろ。部屋に置いてあったお酒が珍しくて二人して飲んでたんだよ。それが美味しくてさ……。で、気が付いたら朝になってた」

「そうそう、そんな感じ……」


 スイールとヴルフは二人で一つの部屋を、アイリーンは一つの部屋を、そして、エゼルバルドとヒルダは夫婦だと申告したところ、ダブルサイズのベッドが置かれた一部屋を割り当てられた。

 お酒に目のないヴルフもエゼルバルドの申告と同じように、部屋に置かれた珍しいお酒に目を輝かせて飲んでいた。そのヴルフは過去にお酒による粗相が続いた事から反省を促され、今では分量を制限している。

 そのために、この日も寝不足も二日酔いも無く、すっきりと目覚めて調子を上げていた。


 二人エゼルバルドとヒルダは普段は分量を飲まず美味しいお酒を楽しむ飲み方をしている。だが、部屋に置かれていたお酒があまりにも飲みやすかったらしく、ピッチを上げて飲んでしまった。

 そのために、途中から飲んでいた記憶が曖昧で、窓辺から入る陽の光で気が付いた時にはベッドでうつらうつらとしていたのだ。しかも何も身に着けず、である。


 なんとなく記憶をたどって行けば、旅先での失敗と言っても過言ではない事を、二人して犯していたのである。


 当然、詳細については記憶の奥底に封印してしまいたいと考え、口に出すことはしなかった。


「ふ~ん。結構お楽しみだったみたいだけどね~!」

「アイリーンも茶化すのはそのくらいにしてあげてください。とりあえず、これを飲んだら出発しましょう」

「ありがと……」

「う、うぅ……」


 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべるアイリーンを牽制しながら、エゼルバルドとヒルダに薬瓶を渡して飲むように促す。これからガタゴトと揺れる馬車移動になるのだから二日酔いはきつい筈である。いくら、馬車で酔わないとはいえ、体調が悪ければその通りにはならないのだ。


 二人が二日酔いの薬を飲み終えたところで、時間も無いからと出発することになった。


 馬車は二頭立てで、豪華な箱馬車ではなく荷物運搬用の幌馬車だった。

 御者席には二人の兄妹が座り、十日程の食料を積み込んだ荷室の隙間を縫うようにスイール達が座り込んだ。

 寝不足のエゼルバルドとヒルダはお互いにもたれかかり、すぐにスースーと寝息を立て始めていた。


「こりゃ、暫く役に立たんな……」

「襲われたらどうするのよ?矢を消耗したくないわよ」


 カポリカポリと蹄が音色を奏でながら進む馬車の荷台で、ヴルフとアイリーンは寝息を立てる二人に辛辣な視線を、いや、嫌みを孕んだ視線を向ける。


「そこは気にしないで宜しいかと思いますが……」


 物騒な話をするヴルフとアイリーンに、隣で馬車馬を操る妹のベルンハルデを気にしながら兄のバルフェルドが話しかけてきた。

 バルフェルド曰く、火山までの道中、昼間であればそれほど危険はないのだそうだ。


 クリクレア島の郊外では犯罪は殆ど無いと言ってもいい。

 それは、島全体がほぼ一つの部族しかいない為だ。

 隣近所で困りごとがあれば積極的に解決しようと動き回る文化が昔から備わっているからだ。

 だから、今でも隣近所でも仲が良く、犯罪に走る人はいないのだ。


 だからと言って、郊外が安全だとは限らない。

 盗賊などの犯行が無いだけで、自然の多い島は獣類が多数現れる。

 これから向かう火山は獣類の他に、赤竜が好んで食べる火蜥蜴が現れる。


 火蜥蜴は、頭か尻尾の先までが三メートルほどになる蜥蜴だ。

 火山の暖かい場所に生息し、少々の火山瓦斯でも生き抜けるほどだ。それでも、瓦斯が充満している場所では生き抜けるはずも無く、瓦斯が溜まる窪みでは火蜥蜴がひっくり返った死体が見つかることもある。


 何故、火蜥蜴と名称になったかだが、火山の近くに生息していることが一つの理由だ。

 そしてもう一つ、顎から胸辺りまでが真っ赤な色をして、まるで火を吐く寸前の竜にそっくりだからが理由になっている。

 尤も、火を吐く竜はこの世界では赤竜ただ一柱なので、名前の付け方はいい加減だなと誰もがそう漏らすのだ。


「危険があるとすれば、道中に無作為に出てくる火蜥蜴ですかね。上空を飛び回る巨鳥は対策がしてありますから」

「それはどうなのでしょうか?楽観視しすぎのような気が済ますが……」


 火蜥蜴は地を這う獣なのでわかりやすいが、上空から襲い掛かる巨鳥に関しては気を許せるはずも無いとスイールは異論を唱えた。それでも兄妹は大丈夫であると告げてくる。

 その理由を問うと、この馬車には鳥が嫌う模様を施してあると言う。


 横から見たらわからないが、幌馬車を上空から見ると綺麗な絵の具で丸い模様を描き込んである。巨鳥とはいっても鳥であることから、目玉に似た模様を嫌い敬遠するのだ。

 その為に、丸い模様を描かれた馬車は襲われ難いのである。







 その目玉模様の効果を半信半疑のまま馬車は進んだ。

 三日目に入りリエーティの村跡まであと少しとなった時に初めて行く手を阻まれてしまう。

 馬車の行く手を塞ぐように数匹の火蜥蜴が道を占拠していたのだ。


「ほほぅ、あれが火蜥蜴か!」


 火蜥蜴は馬車を待ち受ける知能など持ち合わせているはずも無く、ただ単に開けたこの場で昼寝でもしようかと考えたのであろう。

 太陽が昇り気温もぐんぐん上昇しているのだから、火蜥蜴にはとても気持ち良いと感じるのだろう。火山周辺の熱に加え夏の暑さは彼らにとってご褒美と言えよう。


 だが、道を塞いでいるのも事実。道から外れれば荒れ地を進まねばならず馬車が壊れる可能性が高い。


「どれ、ワシが退治してくれよう」

「気を付けてください。彼らは意外と狂暴ですから」

「大丈夫じゃ。こいつを使っての試運転にちょうどいいからの」


 馬車を降りたヴルフは先端部を布でぐるぐる巻きにしてある棒状武器ポールウェポンを一本取りだした。

 ゆっくりと保護布を取り外すと、鋭い穂先と頑丈な斧が現れた。

 赤い樫の木を柄に使い、先端部をドラゴナイトで作り上げた対赤竜用の武器、棒状万能武器ハルバードだ。


「それだったら、オレも一緒に試運転するよ」


 ヴルフに続いてエゼルバルドも馬車から降り、赤い樫の木でできたもう一本の棒状万能武器ハルバードを取り出した。


「あの~、二人じゃ危険だと思いますけど?」


 御者席に座るバルフェルドが馬車の前に進み出る二人を見ながら、荷室で気楽に過ごすスイール達に大丈夫なのかと声を掛ける。


「大丈夫ですよ。いくら暖かい今の季節だとしても、蜥蜴如きに遅れを取る二人ではありません。片手の指で数えられるんですから、心配ありませんよ」


 そう伝えるスイールだったが、火蜥蜴の凶暴性を良く知る兄のバルフェルドは気が気でなかった。




※やっと戦闘シーン?

 それにしても、2回も休んでしまって申し訳ないです。

 いきなり仕事が忙しくなって、疲れがたまって……。

 年は取りたくないものですねぇ……。

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