第十九話 港へ到着してみたものの……

「さぁ、見えてきましたよ。あれが領都ラルナの城壁です」


 軽快な蹄の音を立てながら、スイール達を乗せた馬車は目的地であるキール自治領の領都ラルナへと近づく。

 戦乱の世に設計された都市とは違い、平穏な現代に設計、構築された都市の城壁は三メートル程と意外と低い。外敵から身を守るよりも、所々に立つ物見の塔を繋いで行き来させる回廊として作られたと言っても過言ではないだろう。


 戦争で使われた都市であるのならば威圧感で押しつぶされそうになるのだが、ラルナの城壁からは威圧感は殆ど感じられない。

 高さ以外にも、戦争に使われなかった事で昨日作られたように真新しい外壁が威圧感を感じぬ理由の一つにあげられるかもしれない。


 そしてもう一つ、トルニア大平原の北端に位置するキール自治領には人に害を及ぼす獣の類が少ない。ほぼいない、そういっても過言ではないだろう。

 人の食べる穀物が栽培されているのはトルニア王国と同じだ。それに加えて、畜産も盛んにおこなわれている。


 その穀物を狙って、小さな草食動物が群がる。

 草食動物を狙って、中型の肉食動物がさらに群がる。

 そして中型の肉食動物を人が狩って食料にする。

 そうやって循環されている。

 それがトルニア大平原における現状だ。


 ところどころ黄金色に色づき始める穀物畑を貫く街道を音を立てながら馬車が進むのだから、中型の肉食動物など現れる事も無く、馬車の旅は無事に終わりを迎える事となる。


「もうすぐ到着だ。人も少ないだろうから用意しておいた方がいいぞ」


 スイールがラルナの城壁について高説していると、御者から声を掛けられた。

 キール自治領へ入領の数は少なく、あっという間に審査が終わるだろうと。


 ラルナに入城するにはトルニア王国の身分証か各ギルドが発行するカードが必要だ。所持していなければ入城税を取られるのだが、今はキール自治領へ入領時に身分証が必要なので税を取られることは無いと思って良い。


 乗合馬車が城門に到着すると身分証の提示だけですんなりとラルナへと入ることができた。


「ちょっと拍子抜けしたかな?」

「まぁ、それもいいんじゃない。楽なのはいい事よ」


 馬車の天井に括り付けてある棒状万能武器ハルバード塔盾タワーシールドを二組、それにヴルフの棒状戦斧ポールアックスを調べられたが、城内で振り回すなと言われただけで済んだ事にエゼルバルドは口を開けてポカンとしていた。

 それから立ち直ったところで、あの台詞を口に出したのである。


 危険な獣が闊歩するこの世界で剣などの武器は一般的だが、商隊を組まぬ個人が棒状武器ポールウェポンを持つこと自体が珍しいのであるが……。


「何にしろ、余計に事を荒立てたくないのでありがたいと言えばありがたいですね。っと、そろそろ終点です」


 乗合馬車は街の中を進み、停車場にゆっくりと滑り込んだ。


「到着したよ~」


 御者席から御者が急いで降りて乗合馬車のドアを開ける。

 ”またのご利用、お待ちしております”と笑顔を振りまいていた。


 馬車を降りたスイール達は疲れた腰に手を当てながら、ぐるりと辺りを見渡す。

 目的地のクリクレア島に渡るには、ラルナから定期連絡船へ乗船する必要がある。

 手続きは何処ですれば良いのかと見渡すのだが……。


「ここには、何もないのか?」

「そうですね……。港に行けば、何かわかると思いますが……」


 乗合馬車の停車場、つまり馬車の発着に関連する施設等は大きな看板が出ていてすぐにわかるのだが、クリクレア島行きに関する案内は一つも出ていなかった。

 その代わりに観光の案内板が方角毎に設置されていた。


 ラルナの港は北東方向にある。ラルナ長河の河口から少し離れてはいるが。

 トルニア王国の王都アールストやアニパレ等へ運航している船舶も当然、そこから入出港する。クリクレア島への定期便も同じだろう。


 スイール達は手掛かりがないまま、案内板が示す港へと足を向けた。


 領都ラルナの街並みはトルニア王国の流れを汲んでいるので王都アールストと似ている。いや、王都アールストを手本としていると言ってもいいだろう。

 中央に自治領主の住まいである居城がそびえ立ち、そこから放射状に道が整備されている。

 北東方向に港湾設備が纏まっており、貿易関係の窓口も見られる。


 領都ラルナの人口はそれほど多くなく三万人程度、それは郊外に住まう農民も含まれている。常備軍は二千人程だが、領都の警備員も兼ねているので多く見えても多くない。


 キール自治領の特徴だが、自治領の領主が居るだけで、他に貴族は存在しない。

 その理由は領主を任命するのはトルニア王国の国王だからだ。

 トルニア王国が自治を認めているだけなので当然と言えば当然だろう。

 基本的に世襲制でキール自治領領主が指名した者、--基本的には息子--が、次代の領主と任命される。


 トルニア王国からの任命で継がれる世襲制と貴族不在の政治は、賄賂の横行などが少なく、犯罪の温床となりにくく政治的に安定している。犯罪が全く無いかと言われれば、誰もが悩むところだが専制政治、貴族主義の政治に比べれば金銭授受は少ないだろう。

 それがわかるのが街にあふれる商売人達の笑顔だ。

 露天商や屋台も、店々の店主からも、そして、活気ある街を見て行けば否が応でもわかるだろう。


 スイール達はそんな街並みを見ながら目的地の港、クリクレア島へ向かう定期便の運航管理事務所へとやって来たのだが……。


「無理無理無理。頭下げられても、領主のお許しが無ければ今は、観光でも渡れないんだよ。許可貰ってから出直してきて」


 クリクレア島に向かいたいと事務所で告げたのだが、それから二言三言、言葉を交わしただけで先程の様な辛辣な回答しか聞く事が出来なかった。

 彼らも公僕としての意地があるのだろうから、無理な注文を押し通せる筈もない。問答を続けようならば国外退去の憂き目にあうだろうし、牢に叩き込まれるかもしれない。そうなってはクリクレア島に渡るどころでは無くなってしまう。

 仕方なしにスイール達は一度で直すことになった。


「こうなるとは思いもよりませんでしたよ……」


 がっくりと肩を落すスイール達。

 事前に得ていた情報では観光であればすんなりとクリクレア島に渡れる筈だった。

 だから、観光と伝えて上陸し、その間に赤竜と対峙しようと考えていた。

 だが、観光での上陸にも許可が必要となれば予定を変更せざるを得ない。


「しかし、申請すればすぐに許可が下りるらしいので”ホッ”としましたがね」

「”観光”に限った話であればだろうが……」


 楽観視するスイールをヴルフ達は溜息交じりに冷めた視線を向ける。

 観光であっても許可制になってしまった理由がある筈だろうと。


 何度も出ているが、クリクレア島はその中央に火山を擁する。

 当然、活火山であり、有毒瓦斯を噴出する場所もあるだろう。

 西から風が吹く為に島の東側は人が住めぬ土地であり、上陸はおろか観光すら出来ない。

 風が無く島全体に有毒瓦斯が蔓延しているとすれば許可が下りぬのも納得が行く。


 だが、クリクレア島に渡る定期便も運航されているし、観光も許可があれば問題ないのだ。

 だからこそ、許可制になった裏に何かが隠されていると感じたのだ。


 その楽観視するスイール本人は、”心配しても始まらない”と、許可を求めに街の中心部へと向かうのであった。







「さぁ、見えてきましたよ。あれがラルナの中心、領主が住まう居城です」


 スイールの言葉に何となく既視感を覚えつつ、彼の指し示す方を見ればそびえ立つ居城に否が応でも視線が集まる。大きさは街の規模相応と言ったところだろうか?とは言いながらも一貴族が住まうと思えば、必要以上に大きいと表現しても良いだろう。

 それに加えて真新しく、汚れもなく、目立ち過ぎだとも言える。


 トルニア王国の王城と違うのは、居城の中に政治の中心だけでなく、市民の窓口も備えている事だろう。

 居城の正面は南を向いており大きな門を構えている。兵士の詰所も備え兵士が四六時中常駐し目を光らせている。


 しかし、スイール達の目的は居城の東側、海に面した方角を向き、申請や市民からの問い合わせに応じる役所の窓口だ。その中でもクリクレア島に関連する事柄を一手に引き受ける特殊窓口である。


 役所の入り口を潜れば、各窓口は市民が大勢詰めて忙しそうにしている。

 スイール達が目指す特殊窓口は窓口の端にあった。

 市民が押し掛ける窓口とは違い、随分と暇そうにしているのが印象的だ。


「すみませんが、クリクレア島へ渡りたいのですけど、許可はこの窓口で頂けると聞いたのですが……」


 特殊窓口とされているだけあり、カウンターに座るのはベテランの男性職員だ。年齢は五十を数えていると思われる。

 全権を握る……までは行かないだろうが、かなりの権限を有している事だけは確かだろう。それでなければそこに座っている理由が無い。


「ん?島に渡りたいのか。身分証と自治領への入った時の書類を見せて見ろ」

「えっと、これで良いですか?」

「控えている仲間のも一緒に、だ」


 随分と厳しいなと眉根をピクリと動かしながら、指示に従い身分証とギルドカード、そして、入領時に申請し許可の印が押された書類も提出した。

 窓口の男は身分証は一瞥しただけでそれ以上興味を持たなかった。それよりも入領時の書類をまじまじと見つめた。それも二枚目をである。


 二枚目には入領時の目的を記載してあるのだが……。


「ふむ、これでは許可できんな」

「えっと、何故でしょう?」

「今はな、火山に入る事が出来んのだよ。これは決定事項であり変更は出来ん。もし、許可を出したのが私だとわかれば、コレなのだ」


 窓口の男はスイールに説明しながら、手刀で自らの首を”トントン”と叩いた。

 仕事を取り上げられる、そんな生易しいものではなく、首を刎ねられ命を失うと暗に示したのだ。


「これは参りましたね~」


 身分証や書類を受け取りながらスイールは頭を掻いた。

 人の命が掛かっているのであればやむを得ないと、別の手段を探ろうと考え始めたのだが……。


「私からは許可は出せぬ。だが、上司を説得するのであれば、わからんがな」

「上司?」


 窓口の男はスイール達の耳に届くギリギリの音量で”ボソリ”と呟いた。

 スイール達がそれを聞き振り向いた時には窓口の男はうつむいて他の仕事に掛かっていた。


「仕方ありません。手掛かり無しで探すとしますか……」

「それよりももう遅い、明日にしないか?」


 ヴルフに言われてふと窓から外を見れば、太陽に照らされた家路を急ぐ人々の影は長く、早くしなければ夜の帳に覆われてしまう、そんな時間であった。

 窓口業務もそうだが、中の職員もそろそろ帰り支度を始めるだろう。


「そうだよ。オレは構わないけど、スイールは馬車旅で疲れてるだろう?」

「お腹も減って来たし、わたしも賛成よ」

「まったく、私をダシに使うんですから……」


 悪びれた様子も無いエゼルバルドとヒルダ。二人共疲れていないが、疲れているであろうスイールが休みやすい様に促す。

 その中には馬車旅で簡単な食事しか口に出来ていなかったのでちゃんとした食事にありつきたい、そんな感情が込められていたのである。


 ”スイール”と言われれば反論できる筈も無く、苦笑しながら頷くしか無い。


「仕方ありませんね。遅くなりましたが宿を探すとしますか」

「そう来なくっちゃ!」


 アイリーンがその言葉を待ってましたとばかりに喜びを露にする。

 エゼルバルドとヒルダもお互いの手を軽く叩き合い、嬉しそうにしている。

 ヴルフは……。多分、酒が飲めると涎を我慢している、であろう。


 その様子にスイールは笑みを浮かべてしまうのであった。


「それじゃ……」

「そこはウチに任せておいて。すでに情報を仕入れておいたから!」

「現金な奴じゃなぁ。結婚したら少しは落ち着くかと思ったが……」

「ん?何か文句あるの」

「何にも~」


 アイリーンは既に情報を仕入れていた。

 いつの間にと思うかもしれないが、停車場から港へ向かう最中や港にいた時、そして、港からこの居城へと向かう時など、彼女にしてみれば欠伸が出る程の時間があった。

 領都ラルナへ到着したのもそれほど早い時間では無かった為に、宿の情報がすぐに必要だと考えた。


 その情報は役に立ったのだが、ヴルフから言わせれば先手先手を打ち過ぎだと見られていた。こればかりはアイリーンの得意とする情報収集なのだから仕方が無いだろう。


 ヴルフとアイリーンが起こす久しぶりのやり取りを見つつ、スイール達は体を休めようと仕入れた情報の宿へと歩み始めるのであった。




※到着早々トラブルの予感?

 さて、とりあえず宿探しですわ。

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