第十六話 赤竜退治に向けて

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「気を付けて行くんだよ」

「エレクの事、お願いします」

「まぁ、理由だったら仕方ないさ」


 スイール達がブールの街に戻って一日を休暇やエレクとの団欒に当てて安んじた次の日。日の出を完全に待たぬ時間にもかかわらずスイール達はブールの街の東門へと姿を現していた。

 すぐに旅立つ事情を耳にした神父やシスター、それに教会で一緒に住んでいる、エゼルバルドとヒルダと同じように孤児院で育ったリースとポーラの二人も見送りに来ている。一人、寝かしておく訳にもいかないと眠い目をこするエレクもシスターの腕の中で夢現ゆめうつつながら一緒に見送りだ。


 その中でスイール達が相手にせねばならぬ敵とその事情を聞いた神父とシスターの顔には不安と心配がにじみ出ていた。

 戦った記録が伝説でしか存在しないのだから仕方ないだろう。

 スイール達の無事を祈るばかりであった。


 それに、エレクの事もある。

 エゼルバルドとヒルダは共に神父とシスターが育ての親になる。その二人と同じように親を亡くして引き取るなど考えたくも無かった。

 だからこそ、眠そうにしているエレクの為にも、無事を祈るのだ。


「わたしだって、エレクの成長を楽しみにしてるんです。絶対に帰ってきます。だから、それまでお願いしますね」

「ええ、ヒルダ!エレクの事は私達に任せてね」


 孤児院仲間のリースとポーラは自分達の子供の様に見ているから安心してねとエールを送る。その二人はまだ良いお相手が見つかっていないので、寂しさをまぎらわそうとしていたのだが、表情に現さないだけあり二人リースとポーラだけの秘密でもあった。


「では、行ってきます」


 最後にスイールが頭を下げながら短く挨拶を口にする。

 そして、スイール達は踵を返してブールの街の東門を抜け、朝日が昇り始めて照らされた道を進み始めるのであった。


「では、一応、昨日の打ち合わせした事をを歩きながら確認していきますよ」


 スイールは真正面から照らす低い光を、手でひさしを作りながら就寝前打ち合わせた事柄を確認の為に語り始めた。

 夜型のアイリーンは欠伸をして眠そうだが、こればかりは仕方ない


「では最初に……目標が存在するのはクリクレア島にある火山の中腹です。宜しいですね?」


 ゴールドブラムが告げた赤竜、赫色かくしょくのレッドレイスが住まう火山島だ。独自の文化を持ち、他国からの影響を最小限にするために鎖国制度を取っている。

 その為に島に渡るには友好関係を結んでいるトルニア王国の北方にある独立自治のキール自治領を経由しなければならぬのである。


 クリクレア島へ向かうにはキール自治領の領都ラルナから出航する定期船を使う以外に渡る手段が無い。

 もし、キール自治領の旗を掲げぬ船が強引にクリクレア島へ接舷しようものなら、島民総出で排除されるだろう。いや、もっと酷い事をされるかもしれない。


 さらに困ったことに、昨年のトルニア王国北部三か国の反乱があった為に、キール自治領へ入領する手段とその場所を限られる様になってしまった。

 海路であれば王都アールストとアニパレに出張所が設けられているのだが、陸路だとラルナ長河沿いのシュターデンとキール自治領の領都ラルナから海沿いに南に下った場所に臨時に設けられた集落がその場所になる。


 海路二経路、陸路二経路のどこかかで手続きを経ていなければ、たとえ大使であっても不法入領として厳しい罰が待ち構えている。


 そんな経緯があるために、クリクレア島へ渡るためにキール自治領を訪れる必要があり、さらにその手前のシュターデンへと向かわなければならぬのである。


 ちなみにどこでキール自治領がその様な入領制限をしていると知ったかと言えば、ブールの街の領主館で聞いたのである。スイールが偶然知り得たのではなく、領主館に代表される公共の場で公開されてる情報を仕入れただけなのだが。


「楽で早く、そして、安く移動しようと思えば、アンドラの街に一旦向かってから、ラルナ長河を船で下り、シュターデンを経由するのが良いだろうね」

「でもさ、全部船で移動できる、アニパレ経由じゃ駄目なの?」


 キール自治領に入領するに方法は、ブールの街からだと二通りの選択肢がある。

 その両方の選択肢をスイールは一通り説明していた。領主館で仕入れた情報であるが。

 今回、スイール達が選択したのは陸路を通りラルナ長河を下るルートだ。

 そしてもう一つ、全行程を船で移動できるアニパレ経由の海路を使う方法もある。


 二つとも掛かる日数には殆ど違いはない。

 料金は海路を通らない陸路を選択した方がが若干安い。

 そして、アニパレ経由の海路の方が移動には有利で楽になる、のだが……。


 この、”七月も終わり”という時期が悪影響を与えると言っても過言ではない。


 アニパレとブールを結ぶ水運を利用する船の客室が取れないのだ。

 その理由は簡単で、夏季休暇の期間だからだ。


 夏は暑い。

 比較的北方に位置するトルニア王国でも当然、気温が高くなり人々のやる気が薄れる。

 そのため、標高の高いブールの街等は貴族達の避暑地へと足を運んでくる。

 その時にブールまで河を客船でさかのぼり貴族達が訪れる。

 しかも、その先まで足を伸ばす貴族も存在する。


 客船で河をさかのぼるのなら、逆の下りは余裕があるだろうと思われるかもしれない。

 ところが、下る客船の部屋は数が少なく、先着順の予約で埋まってしまうので、この時期に空いている部屋など無いのが実情だ。

 それなら相部屋で、と思うかもしれないが、劣悪な環境になる可能性もあると考えると確実なルートで向かった方がいいだろうとなる。


 ラルナ長河を下るルートでも同じではないかと思うかもしれない。

 長大な河を幾日もかけて下るのであるから。

 そんな二つの河で大きく異なることがある。


 それは、ブールからアニパレを航行する船舶は鉱物や木材など産業に特化した運搬が主な役目に対し、ラルナ長河を航行する船舶は観光が主な役目になっている。

 それ故に、ラルナ長河を行き来する船舶の方が客室が取り易くなっているのだ。


「昨日は説明を省きましたが、概ね、そうなっているのですよ」

「ふ~ん、いろいろと調べているのね。ウチ、感心したわ」

「昨日、領主館で仕入れた情報ですがね」

「あっそ……」


 長々と補足の説明をしたスイールをアイリーンが羨望の眼差しを向けたのだが、二言目を口にしたことで蔑みの眼差しに代わってしまった。


「ま、これもいつも通りって事じゃろうて」

「そうそう、平常運転よ」

「スイールらしいっちゃ、らしいか」

「えっと、私は何か言いましたかね?」

「気づかんかったら別に構わんて」


 一言多い。そのやり取りを聞いていたヴルフ達はそう思った事だろう。


「……コホン、気を取り直して話を続けますよ。今のシュターデンはキール自治領への入領の窓口になってますが、それほど大きな街ではないので人口は少ないです。当然、経由する人数も少ないのですよ。おかげでキール自治領から役人が数人で向いてきているんですが、手続きはほかの場所に比べてすぐに終わるそうです」

「ふ~ん。そんなことも聞いてたのね~」

「昨日は時間がなかったのでそこまで説明はしませんでしたが」


 シュターデンは大陸西側の戦乱が収まってから作られた比較的新しい街である。

 その為に戦火に巻き込まれたことなく、古くからの街にあるような防壁を持たない。トルニア大平原の中程、それもラルナ長河沿いなので凶暴な獣なども少ない。


 当然、広大なトルニア大平原の真っただ中にあるので農業が盛んだ。

 だが、それで人が集まるかといえば上手く行くはずもない。

 文化の中心は煌びやかな貴族が集まる王都アールストだし、貿易はキール自治領が近くにあるかといっても西方の海の街アニパレには敵わない。ボルクム、エトルタ、ブメーレンの北部三都市と隣接して交易をしているが、経済状態がそこまで良くない都市群のためにその交易での儲けは微々たるもの。

 ラルナ長河のおかげで農産物が必要以上に取れるだけが都市の特徴となっていた。


 その都市にキール自治領への玄関口の役割がもたらされた。

 シュターデンの領主はそれを手放しで喜んだ。

 ……のだが、凡庸な領主は喜んだだけで何も手を打たなかった。


 もし、狡猾な領主が治めていればこの機会に街を大きくしようとあの手この手を尽くして人を呼び寄せただろう。


 それ故に、玄関口としての役目があるだけで、シュターデンを経由してキール自治領へ入領する人々が少ない。だから、入寮する手続きはシュターデンで行おうとしたのである。


「シュターデンで手続きを終われば、後は領都ラルナに向かうだけです。そこからは現地で確認した方が良いと聞いてます」

「地図で見るとシュターデンからは領都ラルナはすぐじゃな。面倒じゃから馬車が良いかのぅ?」


 シュターデンで行うキール自治領への入領手続きにどれだけの時間が掛かるかが不明だった。それはブールの領主館でもわからないと回答を貰っていたそうだ。

 その場ですぐ終わるのであれば、引き続き河下りの船に乗ってしまえば良いのだ。

 しかし、手続きに二、三日掛かるのであれば、船をあきらめて道を進むべきであろう。河下りの船であれば翌日には到着しているが、数日に一本しかない河下りの船を待っていると余計に時間が掛かるかもしれない。

 乗合馬車での移動であれば三日もあれば到着してしまうのだから。


「そんな訳で、まずはキール自治領の領都ラルナを目指しますよ」

「行き先がわかっていても、今回ばかりは大変だな」

「ウチもあの島は渡ったこと無いしね~」


 太陽が地平線から顔を出したばかりで、旅の一歩を踏み出したに過ぎないのに、大変な道程だとヴルフは深い溜息を吐く。勝手知ったるいつもたどる道と全く違うのだから致し方ない。

 それはアイリーンも同じだ。トレジャーハンターと肩書を持っていたとしても、国境を侵してまで無断で踏み込むわけにはいかない。

 尤も、陸続きの大陸と違い、定期船で、しかも特定の港から出向しなければならぬのであれば向かうのも困難なのだが。


「それでスイールは、クリクレア島がどんなところか知ってるの?」


 その溜息を吐くヴルフの後ろから先頭を行くスイールへエゼルバルドが問い掛ける。

 これから向かうクリクレア島はいったいどんな場所なのかと。

 そのスイールから、エゼルバルド達の予想通りの答えが聞こえた。


「一応はね」

「ふ~ん、さすがスイールって言っていいのかしら?」

「もっと褒めてくれても良いのですよ」


 少し、嫌みのこもった言葉を孕みながら、スイールが知りうるクリクレア島の様子を口にするのである。


 クリクレア島はキール自治領の北方に浮かぶ巨大な火山島である。

 東西約九百キロ、南北訳二百五十キロで東西に長い。

 島の中央には火山があり、今でも噴火を繰り返している。そのために島の東側は風の影響で火山灰が常に降り注ぎ人が住むには不適切となっている。だから、人の住まう街は西の火山灰が降らぬ、穏やかな湾内に面した場所にある。


 その街はクリンカと名付けられていて、クリクレア島で交易をしている唯一の街である。

 少し前までは火山のふもとにリエーティと呼ぶ村があったが今は誰も住んでいない。百年ほど前に村の近くから火山性有毒瓦斯が噴出し、村民が全滅してしまった。それからは山の神の怒りを恐れて村を再建せずにいた。


 街の人口は二万人前後。これは五十年程前の人口なので今は少し増えていると予想される。

 おもな産業は火山から産出される鉱石と独特の白味のかかった石材、そして、海からとれる塩の輸出だ。

 その他に、塩害に強い農作物の栽培も盛んとなっている。火山島だけあり真冬でも雪が降らぬ温暖な気候を逆手に取って真冬に新鮮な農作物が輸出される。


 今でこそ大陸と共通の文字を使用しているが、少し前まで独自の文字を使用していた。なぜ今共通の文字を使うようになったかと言えば、キール自治領との貿易が関係している。


 長年、他国との交流を断って鎖国をしていたが、中腹の村が滅びたことで危機感が生まれて当時の島の代表がこのままでは拙いと考え鎖国制度を取りやめた経緯がある。


 宗教も大陸とは違い独自だ。

 神ではなく、火山に住まう火竜を崇拝している。


「私が知っているのはこのくらいですかね?」

「なるほど、結構勉強になったよ。でもさぁ……」


 クリクレア島の大まかな説明を頷きながら聞いていた。

 そして、最後にスイールの口から簡単な説明があったあと、エゼルバルドは、いや、彼だけでなく誰もが不思議に感じていた。


「火竜を崇拝してるんだったら、私達って警戒されるんじゃない?」


 そう、エゼルバルドに次いでヒルダが口にした、火竜崇拝信者の島であれば自由に出来ぬのではと。

 それはスイールも当然、考慮している。


「それは御尤もです」

「それじゃぁ?」

「恐らく大丈夫だと思います」


 スイールは”ニヤリ”と口角を歪に上げながら不敵な笑みを浮かべるのであった。




※さぁ、旅の再開。

 困難な旅が待ち受けています。

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