第四十七話 魔術師を守る、小さな防衛線
「さて、ワシ等も仕事の時間が来たぞ。気を抜くなよ」
「「「おおぉーーー!!」」」
スイールに指示された小高い丘の頂に続く小さな防衛線。
その小高い丘から並々ならぬ
二キロ先のバスハーケンの西門からゴマ粒大に見える騎馬が足早に出撃してくる。準備を速めたのだろうことはその色合いで何となくわかってしまう。
もし、完全な装備を整えているのであれば、曇天模様でもわかるほどに周りの光を集めて眩く煌めかせているだろう。それがほとんど見えないのだから、簡素な鎧をサッと着込んだだけであると。
だが、守備の歩兵に対し、数は少ないながらも騎馬隊が向かってくるのだ。その突進力に抵抗するには勇気がいるだろう。誰も彼もが顔を引きつらせている。
「とは言っても、敵の数はこちらの倍以上いるんだがな」
ヴルフを合わせても僅か二十そこら。そこにミルカとヴェラを加えても向かい来る敵の半分にも満たない。
明らかに敵が有利に見えるだろう。だが、歴戦の猛者であるヴルフが指揮を執るのだ、兵士の士気は非常に高いとみて間違いないだろう。
通常、騎馬兵一騎に勝つには最低でも三人の歩兵が必要とされる。
尤も、この法則も騎馬隊がその脚力を生かして突進を掛けてくれば、との条件が付くが、それを半分にも満たない兵士で防ぐなど正気の沙汰ではない。
しかしながら、スイールが指示した時間から考えて、将軍クラスの将が騎馬を率いるとは考え難い。おそらく、手近な兵だけを率いての部隊であろう。
それが勝利をつかみ取るカギとなるだろうと、ヴルフは声を荒げた。
「だいたい二分半……ってところか?覚悟を決めろ、ワシ等で勝利を勝ち取るんだ!敵は疲れた騎馬隊だけだ、お前達の力を合わせれば必ずできると断言する」
そして、バスハーケンを出撃してきた騎馬が突進を仕掛けてくる。
背中に軽装の兵士乗せていても、全速力で六十キロほどの速度が出てくるだろう。ある程度の力を温存しても時速五十キロ、二キロを進むのに約二分半。
それがヴルフ達に残された時間である。
僅か二十人の兵士が四組に分かれて道を塞ぎ四重の障壁を作り上げた。当然、先頭にはヴルフの姿がみられる。
そこから離れた脇には四人の魔術師が左右に分かれて二人ずつ配備されている。
そして、それぞれが恐れる時間が来るまで、固唾をのんで向かい来る敵を凝視した。
「来たぞ!魔術師は敵の通り道を塞げ。一組目はワシと共に突撃じゃ!」
あと百メートル。
騎馬が作戦開始のラインを踏み越えた瞬間、ヴルフ達一組目が飛び出して無謀にも騎馬に向かっていった。
「「
真っ先に行動に移ったのは守りを固めろと指示を受けた魔術師の四人だ。
騎馬の進む行く先に地面から五十センチほどの場所に透明な壁を作り出した。
騎馬の突進ですぐに壊れてしまうだろうが、目的は騎馬を通さない事ではないのでそれでよかった。騎馬がそれに足を引っかけてバランスを崩せばそれで良いのだから。
いくら、ヴルフ達が
それに、魔術師が作り上げた
それは突撃したヴルフ達がまだ接敵していないからだ。
いくら、騎馬の速度が人以上だと言っても、個体差は当然存在する。
ましてや、バスハーケンからここまで二キロも離れていれば脱落する騎馬の一騎や二騎は存在する。それに足元に道が続いていても数騎は道から外れるだろう。
だから、騎馬の列は細長くなってしまうのだ。
これが、一万、二万の大軍であれば速度を合わせて進ませることが大切だが、今は速力が最大の武器となると信じていた。バスハーケンで送り出してくれた魔術師達が一刻も早くと願ったからだ。それもあって、細長い騎馬の列となっていた。
実際、スイールがそこまで計算していたかは不明だった。直接当人の口からは語られなかったから仕方がない。
だが、ヴルフ達を連れてこなければならぬ状況と初めから知っていた事実だけは曲げることはできないだろう。
細長くなった騎馬の列に接敵したヴルフ達が猛然と襲い掛かった。
先頭の騎馬が繰り出す
「ちぃっ!浅かったか?」
振り上げた
だが、その掠った場所が悪かったのか、その騎馬はバランスを崩して乗せていた兵士を背中から転げ落とし、道の脇へと倒れて行った。
馬のトップスピードから弾き飛ばされた兵士は身に着けていた鎧が軽量だったとは言え、その重量と自らの体重、馬の速度と相まって地面に叩きつけられて身動きできぬまで痛めつけられた。
「次から次へと来るな」
ヴルフはぼそりと呟きを吐き出した。そして、一騎見逃し、さらにもう一騎見逃してからの四騎目に狙いを合わせ一度振り上げた
”手応え十分!”、そう感じたヴルフの
ヴルフの視界に切断された腕から噴き出す血飛沫と空中に舞い上がる
バランスを崩しながらの一撃ととても思えなかった。
だが、さすがのヴルフでも次々に向かってくる騎馬のすべてに対処することは不可能であろう。数騎見逃して一騎、同じように敵の攻撃力を奪ったまではよかったが、そこに隠れた一騎がヴルフに襲い掛かった。
ヒルダが扱う
それに対して
持てぬ事は無いが、扱いは難しい。振り回されてお終いだ。
騎馬兵は振り上げた
体内に貯め込んでいた空気を何とも表現のしづらい言葉と共に吐き出しながら数メートル先の枯れた草の中へと飛んで行った。
油断があった訳では無かったが、ヴルフはここで戦線より脱落してしまった。
では、そのほかの兵士はどうかと言えば、ヴルフと共に飛び出した三人は最初の二騎目、三騎目の足に
だが、その後に続いた騎馬、特に
それからも死闘は続く。
第二組目の兵士達が向かってくる騎馬を待ち受ける。
彼らの前には人の目には見難い
駆けてくる騎馬の二騎がそれに足を取られて吹っ飛び、地面へ叩きつけられた。
普段なら跳ね飛ばされて別々の場所で倒れ込むのだが、一騎は馬の下敷きになって命を散らしてしまった。
ヴルフを含めた二十名は奮闘し、五十騎の大部分を殲滅することに成功する。だが、負傷者、死者が二十名のほとんどの十六名に上ったことも大きいだろう。つまりは魔術師以外はすべて何かしらの外傷を負ったことになる。
そして、その二十名の兵士を通り抜けた騎馬はと言えば、ヴルフ達の後方に位置していたミルカとヴェラが対処するのであるが……。
二人は、こうなることを予見していたのか、手持ちの武器に加え短く揃えられた槍、つまりは
それを数本、地面に突き刺して置き、準備万端と騎馬を待ち受けた。
ミルカとヴェラは自らの武器を振るう前に、その
向かってくる騎馬が三騎であればそれで十分だった。
小高い丘の中腹、
ミルカとヴェラはあっと言う間に三騎馬を片付けてしまうのである。
だが、幸か不幸か、上り坂となっていたことが騎馬兵の命を助けてしまう。騎馬が走り続けて疲れていた事もあっただろうし、上り坂で速度が落とされてしまった事も原因の一つだろう。
騎馬を降りて即座に戦える兵士が三人も残ってしまったのだ。
騎馬で扱う
「お前まで失うわけにはいかん。いざとなったら逃げろ」
「そう言ってくれるミルカ様はやはり優しいですね」
敵の兵士がミルカに向かい始めるまでエゼルバルドが魔力を集めだしてからもうすぐ四十分になろうとしていた
ミルカの後方には、異常に膨れ上がった魔力が存在している。魔法をほとんど使えぬミルカやヴェラでさえ、恐怖を覚えるほどだ。
それはディスポラ帝国の兵士も同じであった。二キロも離れたバスハーケンの街では感知できなくても、魔力の塊の直ぐ傍に来てしまえば恐怖に震えるのも当然だろう。そして、あれを止めねば、この世で最悪の災難が降り注ぐかもしれないと思うのだった。
ディスポラ帝国の兵士は魔力の塊へと向かわせぬようにと立ち塞がる二人へと駆け上る。
一人はディスポラ帝国の兵士が見た事もない反りの入った剣、--太刀--を、もう一人の女は彼らと同じブロードソードを構えている。
二人対三人。
数の上ではディスポラ帝国の兵士が有利だ。だが、恐怖の光景を目に入れたまま、彼らの力が訓練通りに発揮できるかは微妙であろう。
そんな事は関係ないと、気力を振り絞って立ち塞がる二人に向かって行く。
二人はミルカに、一人がヴェラへと向かって行く。
太刀を握るミルカには一人では荷が重いと感じたのだろう。
彼らの足取りはやはり重い。この場へと急いでいた為に、考えていたよりも体力を消耗していた。それに、速度が出ていなかったとしても馬から投げ飛ばされた影響が皆無ではなかった。
そして、迎え撃つミルカもヴェラも共に地を蹴って丘を下って行く、向かって来た敵の兵士達を屠るために。その二人は攻め寄せるディスポラ帝国の兵士に比べて休息が十分で、しかも丘を下る勢いも味方に付けている。
どちらが優勢かは結果を見るよりも明らかであろう。
ミルカは敵の一人と交差する。
その横を走るヴェラも向かい来る一人と交差する。
勢いに勝る二人は敵よりも一瞬早く己の刃を振り切った。
横一文字に描かれた銀色に輝くの線と、同じく横一文字に描かれようとした銀色の線。
それにより空中に舞い上がった二つの首級とそれに追随するように噴出する真っ赤な血液。そして、駆け降りる二人の後背で”ドサリ”と二つの音が地面を揺らした。
敵を屠ったミルカとヴェラはそのまま最後の一人に向かう。
ミルカは太刀を上段に振り上げると、恐怖の表情を見せながら震える手を動かす敵を一刀の下に両断した。
ミルカが最後の敵を切り捨てたと同時に、彼の後方に出現していた恐怖の象徴である魔力の塊が光の玉と変わり空高く舞い上がって行った。
太刀を鞘に収めつつ、ミルカは天を仰いだ。
彼の側には志を同じくし、最愛の人となったヴェラの姿があった。
目の前の敵はすべて片付いた。
あとは守り抜いた魔術師が放った魔法が目の前の街を、皇帝を、そして、帝国自体を滅ぼしてくれると祈るばかりである。
彼らの見上げる曇天は何時になく鈍い銀色に染まっていた。
普段は絶望に似た色に見えていたが、今日ばかりは彼らには希望の色に見え始めていただろう。
絶望の始まりであると……。
※ここでは多くを語りません。
次の話をお待ちください。
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