第四十六話 戦略級魔法
スイールはカルロ将軍から借りうけた杖を両の手でしっかりと掴み、力の限りで地面に突き刺した。両の手を離すと、杖は自らの力で自立するように地面から垂直に立っていた。
本来であれば自らが愛用しているあの杖を使いたかったのだが、アミーリア山脈の高地を強引に進まねばならず、邪魔になる杖を置いてきていた。
「さて、これから魔法を使う。だが、私の力だけでは圧倒的に魔力が足らない」
「えっと、それって魔法を発動させるのは無理だよね?」
魔法を使う者達の常識として、体内にある魔力以上の魔法は使えない、エゼルバルドは子供の頃から耳にタコができる程に聞かされている。
そう教えてくれたのはスイールでは無いか、と首を傾げる。
「そう、その通り。だが、あくまでの今の常識によれば……だね」
「??」
「まぁ、説明は省くとして、エゼル、八割ほどの魔力を溜めて欲しいんだが……」
スイールからエゼルバルドの体内にある魔力を集めて欲しいと告げられるのだが、どう答えていいのかさっぱりわからなかった。
出来なくも無いがそれでどうするのか、と。
だが、何の理由もなくスイールがそう指示する筈もないと思い魔力を集めることにした。
それは後で理由を聞けばいいと考えた。今日一日、魔法を使わなければいいだけだ。それほどに魔力を消耗しすぎる程の量だと。
「後で理由を聞くからね」
「ええ、しっかりと話しますよ。いえ、違いますね、すぐわかりますと言うべきでしょうね」
ニヤリと笑みを浮かべるスイールを横目にエゼルバルドは魔力を集め始める。
体内に存在する魔力の八割。
通常の魔術師であれば体内に存在する量そこまで多くないだろう。だが、幼い頃からスイールに師事し、魔法の訓練を積んできたエゼルバルドにとって、その量は生半可な量ではなかった。
スイールの魔力量には敵わないかもしれないが、彼の六割近くを有している筈だ。
それはヒルダも同じで、彼ら二人の魔力量は一般的な魔術師の数倍にも匹敵していた。
それだけの量を集めるのだから、魔石を使い強制的に吸い出して集めても数分、下手をすれば十分近くの時間を要する。
その時間が過ぎた後、エゼルバルドはスイールに目くばせをした。
魔力が集まった、と。
「だいたい、これが八割」
片手を前に伸ばし手の平を天に向けたその上に魔力の塊が出現していた。
とは言っても、体内に存在する不可視属性の魔力の塊は、誰の目にも捉えることはできない。
唯一、魔術師が感知出来るのだが、それは別である。
「では、そのままで……。」
スイールがその塊に右の掌を向けて触れると、エゼルバルドの力が急に抜けて、がっくりと膝が折れてしまい思わず尻もちをついてしまった。
「い、いきなり力が抜けたんだけど」
「申し訳ないですね。エゼルが集めた魔力を私が貰ったんだ。八割もの魔力を持っていかれたんだから、瞬間的に魔力欠乏状態に近くなったのさ」
スイールはエゼルバルドが集めた魔力を自らの手の平に受け取った。その時点で多少の損失が認めらる。それでも七割以上がスイールに渡ったことになる。
それから地面に直立させた杖に向かい直ると、魔力にスイール自らの魔力を足し始め成長させる。
「ここで、少し昔話をしようと思う」
「それどころじゃないと思うけど」
よいしょと立ち上がったエゼルバルドが呆れた表情を向けるが、彼をちらりと見ただけで口を開き始めた。
「今から五百年ほど前、とある国が、とある魔法によって滅びた」
「魔法で滅びるなんてありえないでしょ」
「そうかい?だが、エゼルももうすぐそれを目撃する事になるだろう」
まさかと思いながらもスイールに視線を向け続けるが、茶化すつもりは無いらしく杖を凝視し続けている。
魔力を集め続ける事に集中力が必要なのか、こめかみからは汗がだらだらと浮き上がり、顎にまで達していた。
それからもスイールは淡々と話をし続けてきた。
「エゼルには不思議に思ったことはない?私の姿があまり変わらない事に」
「う~ん、そうだね。幼いころの記憶は曖昧だけど、歳をとらないなってのは感じてる」
「だろうね。だから、私は極力、人と関りを持たなかった、それが理由でね」
思わぬ告白にエゼルバルド心拍数が跳ね上がる。
そばに誰かがいたらそれが聞こえてしまう、そう思うくらいに激しく。
「実は、スイール=アルフレッドの名前も、今の年齢も、全て偽りなんだよ」
それがさも当然とばかりに淡々とスイールの告白は進む。
エゼルバルドの意思を無視して。
「【サミュエル=エザリントン】、それが私の本当の名前。そして、親戚にはカナン、カナン=エザリントン、そう呼ばれる人物もいたんだ」
「カナン?どこかで聞いたことあるけど……」
カナンと聞いて思い出すのはカナン暦と言う、伝説上の年号だった。(※プロローグ&設定資料の~~Labyrinth&Lords 設定資料集~~を参照のこと)
そしてスイールは、エゼルバルドが口にしたカナンについて説明をした。
カナン=エザリントンは七千数百年前に実在した人物。
とある国に採用されて戦略級魔法兵器の開発に従事することになる。
そして、偶然が重なったが、二年の歳月を重ねて朱い魔石を生み出し、そして巨大な赤い宝石へと昇華させた。
それを行った人物だった、と。
「と言っても、私が物心つく頃に一度会ったきりだから、どんな人だったのかは不明だけどね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。今、サラッと言ったけど、スイールは七千年以上生きてるって事?」
スイールは”こくん”と頷いてそれを肯定した。
七千年、言葉にすると僅か一言だが、とてつもない時間が流れている。
いったいどれだけの時間を一人で、いや、人の死を見てきたのだろうと。
「それは枝葉の事だからいいとして、五百年前だったら間違いなく自分の力だけでこの魔法を完成させていたけどね」
「五百年?それってまさか……」
「一度、話したことがありましたね。アーラス神聖教国での内乱で……」
「確か、エトルリアの街が隕石で破壊……」
エゼルバルドが途中で言葉を詰まらせた。
隕石で破壊された街。
エトルリア廃砦。
約五百年前。
そのすべてが脳裏に描かれてゆく。
その恐怖がまさか目の前で起ころうとしているのだと。
「そう、先程の魔力の受け渡しもすでに失われた技術だ。当然、隕石を降らせる魔法もね」
スイールはエゼルバルドの言葉を否定するどころか、肯定し、さらに失われた魔法を使えるとも言い放った。
「ほ、本当に”エトルリアの悲劇”を再現するつもり?」
「悲劇……。確かに史実にはそう書かれているかもしれませんが……。私としては悲劇でも何でもありませんよ。あの凶悪な王を殺しただけですから」
「でも、あの時だって、街には数万の人が住んでたんでしょ?」
アーラス神聖教国に現存する記録によれば、その当時、エトルリアの街には一人の王、暴君が君臨していた。
近隣の国を征服して広大な領土を持つ国を作り上げようとしていた。
時に戦国時代であったためにそれ自体を悪く書いてある書物は何処にもない。
だが、エトルリアの街に君臨していた王は、人を人ともよらぬ政策を展開して征服した地域の人々を奴隷のように扱っていた。
奴隷のようにであるから、労働力として、愛玩動物として、性のはけ口として、そして、ただ壊すように笑いながら殺していった。
それが人の所業とは認められず、神の逆鱗に触れて天より遣わされた隕石によって都市を丸ごと滅ぼされた。
天が割れ、真っ赤に燃え盛る隕石が地表に降り注ぎ、天高くそびえ立っていたエトルリアの城が轟音と共に崩れ、燃え、人々が阿鼻叫喚の中を逃げ惑った。
そして、何処へ逃れる事も出来なかった人々が、王族、平民関わらず、降り注いできた隕石の下敷きになって、衝撃に吹き飛ばされて、そして、建物の瓦礫の下地になって死んでいった。
そのような事が数ページに
それがエゼルバルドがつい口にした”エトルリアの悲劇”の概要である。
その記録をちらっと見ていたからこそ、エゼルバルドは再現するつもりかと問いただした。
「今の私には、あの当時の手加減した威力を再現できません」
「それって、皇帝の居城だけを狙うってのが無理って話?」
「ええ、当然無理です。あの城にある皇帝の寝所だけを狙いたいのですが、当然無理でしょうね」
準備を整えつつあるスイールでも人を無差別に殺める事には抵抗がある。だが、ディスポラ帝国の成立時に皇帝の手によって、苦労をした友人が汚く処刑されてしまった事実を考えれば帝国自体を許せないでいた。
そんな事を思うスイールに、無差別に人を殺してしまってもいいのかとエゼルバルドは葛藤し始めていた。
許せないからと、友人の仇だからと、何より、戦争だからと何の罪もない人々を巻き込んで良いのか。
自らも剣を取り人を殺めることは多々あった。戦争にも参加し、自らと何の関係のない敵の兵士を切り捨てても来た。戦争だからと人を殺してはいいとは思わない。ただ、自らの命と守るべき人と共に歩むと心に誓ったからこそ剣を取っていた。
だが、今のスイールはそれとは全く異なった思考をしている、そう思うのだ。
そう考えると、これから発動される魔法では虐殺に他ならないのではないかと考え、その行為は止めるべきだとエゼルバルドは眉を下げながら言葉を吐き出した。
「スイール、やっぱり止めない?もっと方法があるんじゃないの」
「私がこの魔法を使うと知ったら、そう言うと思ってました。ですが、もう遅いです。長々と昔話をしたのはこの魔法を完成させるためでしたから。それに、この命を賭してでも、刺し違えてでも皇帝、帝国を滅すると決めていたのですから」
エゼルバルドが魔力を集め出してからすでに四十分余りの時間が経っていた。
それだけの時間をかけて完成させた魔法をエゼルバルドの制止も聞かずに解き放つ。
「エゼルには申し訳ない事をします。ですが、私自身の覚悟とけじめを乗せて発動させるのです。さあ、完成です!
スイールが天に向けてかざした手の平の上に輝く光の玉が現れたその瞬間、その光の玉が目にも止まらぬ速さで空高く上って行った。
ある者には勝利を称える輝きの光に、そしてある者には絶望を降らせる地獄へ
「申し訳ないですが、後は頼みましたよ……」
そう言い残して、スイールは膝を突き、地面へと倒れ込んでしまった。
間もなく崩れ落ちるであろうバスハーケンの城を睨みながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「大変です。郊外に強力な魔力反応を感知しました」
それはちょうどエゼルバルドが魔力を集め始めた頃にさかのぼる。
バスハーケンの城内で魔法の訓練をしていたり、何気なく散歩していた魔術師達が一斉に騒ぎ出していた。
その騒ぎをその上の指揮官へと報告し現場は大騒ぎになっていた。
それもその筈で、小さな魔力反応はあまり遠くでは感知できない。通常使う攻撃魔法であれば打ち合う程度の距離に近づかなければ無理だろう。
しかも、感知してもすぐに魔法を放ち魔力が拡散してしまうので、殆どの魔術師は気にした事もなかったのだ。
それがどうだ、バスハーケンの城から離れた場所で強大な魔力反応を感知してしまったのであれば騒ぎ出すのも当然と言えよう。
元々、それだけの魔力を集めて一つの魔法にするとは誰も考えていない。
魔術師が攻城兵器の代わりをするにしても、一度に十発分を込めるくらいが精々であろう。それを十数人規模で運用させるのが現代の戦法である。
一発に込める魔力を多くすればそれだけ時間が掛かり、魔術師への危険度が上がるのだ。それだけ、運用が難しくなる。
感知するだけの強大な魔力を込めてランク二の炎魔法、
それが思い浮かぶからこそ魔術師達は上を下への大騒ぎをして、一刻も早く災いの元凶である魔力を集める者たちの排除を願い出ていた。
魔術師達は当然、己の身が可愛いとも感じているし、使える皇帝の命をも、
そんな魔術師達が大騒ぎしているとみて、魔力を感知できぬ兵士達、特に指揮官となる兵士達は、混乱を招き寄せている魔術師達を怪訝そうな目で見ていた。ほとんどの魔術師が騒いでいたために、逆に冷静に、いや、冷めた目で見てしまったのだ。
「だからと言って出撃させるわけにはいかんだろう」
「一大事だから言っているんだ!十でも二十でもいいから、北の丘に騎馬を向かわせてくれ!手遅れになる前に」
そんな問答がバスハーケンの城のあちこちで見られた。
そして、しぶしぶと騎馬兵を向かわせると決断したのは、エゼルバルドが魔力を集め始めてから二十分後の事であった。
そして、全ての用意が整いバスハーケンの西門から緊急で出撃で来たのは、出撃が決まってから十分後、エゼルバルドが魔力を集め始めてから三十分後の事だった。
「とりあえず、全速で行くぞ!」
「「「おーーー!」」」
出撃に間に合ったのはわずか五十騎。
北の丘に向かって全力で馬を進ませ始めた。
※朱い宝石がようやく出てきました。
それにスイールの年齢も初めてです。
あ~、疲れた……。
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