第四十話 スイールの過去とファニーの死

 スイール達を追い掛けてる騎馬の先頭の一騎に彼が放った魔法が吸い寄せられるように命中した。

 闇夜では高速で飛来する、真空の刃など目を凝らしても見える筈も無く、構えを取ることもなく首と胴体を分かたれ鮮血を噴き上げながらその命を散らした。


「いいから逃げろ」

「駄目です。あなたも逃げるのですよ。火槍ファイヤーランス!!」


 今度は魔術師が本気を出して相手にするのだと、脅しの意味も込めて炎魔法ランク二の火槍ファイヤーランスを頭上に発現させて迫りくる騎馬に向けて放った。


 火槍ファイヤーランスを構成させる最低限の魔力しか込めていないが、その効果はてきめんに表れ、一騎を貫き、さらにもう一騎にも命中して、二人を火炎地獄に見舞った。

 スイールは生への逃避行を諦めておらず、迫って来た三騎を瞬く間に討ち取り再び逃げ出した。


 すぐに追い掛けて来た敵は閃光フラッシュで視力を奪われ、すぐの復帰は出来ないだろう。その後に現れた閃光フラッシュの影響を受けなかった騎馬も今は全てを沈黙させた。


 このままなら逃げられるだろうとスイールは考えたのだが、思わぬ抵抗を受けるのだった。


「いいから逃げてくれ」

「駄目です。一緒に逃げると言ったでしょう」


 そう、抵抗を続けるのは足を負傷してスイールが肩を貸しているファニーだった。

 彼女も本来なら生へ執着するところである。


 今までのファニーだったら、長年ミルカやヴェラと共に歩んできて、ここで一人だけ脱落するのは負けだと思い込んでいただろう。しかし、先程の皇帝が発した一言でここで命を捨ててしまった方が良いと思ってしまったのである。


「なぜ、そうやって命を粗末にするのですか?」


 ファニーに肩を貸しながら歩みを止めぬスイールは彼女に問いかける。

 生に執着しないでなんとするのかと。


「いや、私だって生きたいさ」

「それなら……」

「さっきの皇帝の言葉だ」


 ファニーも生きていたい。それこそ、彼女の欲望だろう。

 それなら、”足を動かして逃げるんだ”と続けようとしたが、彼女はその言葉を重ねて打ち消した。

 気になる一言があったと……。


「”神に仇なす”と言っただろう」

「確かに、聞いた。それに私の事も”魔術師”ハッキリと最初に告げていたな」


 皇帝はその”神”を”夢でお告げをくれる存在”とも自信の口から告げている。

 夢に現れる”神”などスイールには心当たりが無かった。


「魔術師よ。アンタはこんな所で命を落とせないって事だよ」

「なんの話しだ?それはお互い様じゃないのか」


 ”いや、違うな”とファニーは首を横に振って否定する。

 皇帝と対面した六人でクリフと魔術師のスイールは明らかに格が違っていた。

 そう思えて仕方が無かった。


「いいか、あの皇帝はクリフとアンタにだけ用があったんだよ。クリフはまだ小さいし皇帝の地位を脅かす心配は無い、ただ、話をしたかっただけだろうよ」


 そう思えば皇帝はクリフとの話は何の心配も無く、緊張した様子も見せずに、普段通りの会話をしている様に見えた。

 だが、スイール自身に向けられた視線はそれとはどうも違うように見えた。

 怯えたように……?


「クリフは皇帝の地位を脅かす存在になるかもしれない。だがアンタは皇帝じゃない、その先にいる”神”が恐れる存在だって事だ」


 ファニーの言葉には説得力があった。

 確かに皇帝の地位を脅かすでは無く、”我が神に仇なす魔術師”と口にしていた。

 それは自分なのかとスイールも疑問に思う。


「だけどね、それだけじゃない。アンタ、私達に隠してる事があるだろう」

「何をですか?」

「ふっ。アンタの過去さ」


 スイールはファニーの言葉にピクリと体が跳ねた。

 何も話していない筈なのに、何を知っているのかと……。


「アンタ、こう言ったよね。”見せしめとして皇帝に惨たらしく処刑”された親友の無念を晴らそうとしているって」

「そうですね、言いましたね」


 ファニーは言質を取ったと、フフフと苦笑した。


「私の知ってる皇帝は見せしめなんかした事無いのさ。気に入らない奴を殺した事はあるけどな。それを行ったのは初代皇帝だけなのさ。その後は言うだけ、初代皇帝みたいに処刑する、と。それだけで帝国の住民は震えあがるのさ」


 それは盲点だったとスイールは溜息を吐いた。

 まさか、あの一言でここまで言われてしまったと。


「それで、私に何を期待しているのですか?」

「期待?そうだな、アンタに期待してるのは帝国の解体ってところか?」

「それは私一人では無理ですよ」

「無理って事は無いだろう」


 スイールは全てを否定して首を横に振った。

 あんな大きな帝国をたった一人の力で何とか出来る筈も無いと。

 トルニア王国から兵士をかき集め、ディスポラ帝国を蹂躙すれば出来るかもしれないが。


「アンタは私の言った事を否定しなかっただろう。”惨たらしく処刑”されたアンタの親友は初代皇帝の時代だったって事に」


 そういうと、真面目な顔をスイールに向けて、思っていた言葉を吐きだした。


「あんた、いや、魔術師スイール。いったい何年生きているんだ?」


 ファニーは帝国の事をある程度調べて知っていた。

 初代皇帝が即位したのは世界暦二一一一年である。

 そして、今現在は世界暦二三二九年十二月。

 単純に計算しても二百年以上は生きている事になる。


 しかも、スイールの話を聞く限りではディスポラ帝国初代皇帝が即位した時に生まれたばかりとも思えなかった。


「何のことでしょうか?エルフでもドワーフでも無い私がそんなに生きていられる筈もないでしょう」

「そうかい?それじゃ、アンタ、私を尋問したのは何年前だったかな?あれからシワも増えてない、老けてない。どうやって理由を付ける?若作りって言い訳は聞かないよ」


 それはアーラス神聖教国の内乱での出来事。その終盤にアドネの街近郊の戦いでファニーを一度虜にしている。その時の尋問官が何の因果か、今、肩を貸しているスイールだ。

 そのスイールの顔を見て、六年もの歳月が経っているにもかかわらず、当時のままであったのだ。同時に見たヴルフは確実に歳を取っていて、おかしいと感じざるを得なかった。


「はぁ~。あの一言でそこまで考えられるとは思いもよりませんでしたよ」

「なら、認めるんだね」

「ええ、認めざるを得ないでしょうね。ですが、彼等は知っているのですか、今の事を」


 見た目通りの年齢でないとスイールは認めた。

 だが、ファニーだけが知り得ているのか、ミルカ達まで知っているかで対応がだいぶ変わってくる。


「いや、これは誰にも話していない。私の胸の内に留め置いている」

「それは助かります」

「なら……」


 魔術師の秘密を知っているのは自分だけ、だからここに置いて逃げてくれ、ファニーはそう口に出して、魔術師の逃げる時間を稼ごうとした。

 だが、スイールとてブールの街では”変り者”と呼ばれるほどにまともな考えをしていない。

 当然、ファニーを置いて逃げるなどしないと彼女を引き寄せながら力強く足を進める。


「いえ、それとこれとは全く違います。あなたを助けるのは私の仕事ですから」

「アンタって人は……」


 そんなスイールに感謝を口にしようとするが、それは早計だった。


「だが、アンタの願いは叶いそうにないね」

「そうかもしれません」


 二人の後ろから無数の蹄の音が響いて来たからである。

 その数は二十騎余りに上るだろう。


 このままでいけば、一人で逃げても追いつかれて殺されてしまうだろう。

 スイールには一対多数を有利に進める魔法を持っている。

 だが、それをするには露払いをしてくれる味方が必要になる。


 百人くらいならその魔法一つで葬り去る事が出来るだろう。

 今、向かってくる敵はそれほど人数はいないのであるが。


「魔術師スイール、私が時間を作る。このまま逃げてくれ」

「し、しかし……」

「このままなら二人共が終わりだ」

「それなら、一人であれだけの人数を相手にどれだけ留めて置けるんだ?」

「悪いが、三分が限界だろう」

「三分か……。わかった、ここは任せる」


 言うが早いか、スイールはファニーを肩から外して暗闇に向かって走って行った。

 あれだけファニーを助けると口にして置きながら、最後は自分の身可愛さにさっさと逃げてしまった様に写っただろう。


(どんなに生きても人間だもんね。それにしても三分か……、とんだ風呂敷を広げたもんだな)


 闇に消えたスイールを目で追えなくなると、振り向いて剣を向かい来る敵に向けた。

 矢傷を受けた脹脛ふくらはぎの痛みは気にならない。いや、気にしていたら三分も持たないだろうと強引に痛みを堪える。


 痛みが全身を走ろうとするが、ファニーは無意識に笑顔を作っていた。


 一度、深く深呼吸すると迫りくる騎馬に向かって駆け出した。

 痛みを気にするなと言い聞かせるがそんな事出来る筈も無く、痛みに顔を歪める。

 そして、彼女の黄色い髪が闇夜に流れながら手にした鋭い切っ先を敵に向ける。


「たぁっ!!」


 鬼気迫る一突きを敵に叩き込んだ。

 馬上の敵は鎧の隙間を突かれ、馬の速度も相まって腹から背中まで貫かれた。

 そして、苦痛に顔を歪めながら落馬する。


「まず一騎!」


 地面に落ちた敵から剣を抜き放つと次の敵に切っ先を向ける。

 敵はあっという間に一人を殺されたと見て及び腰になり遠回しにファニーに切っ先を向ける。


「はぁっ!!」


 無事な足で地面を蹴り、無防備な一騎に向かう。

 剣を振り上げ、騎馬の視覚の外から攻撃を仕掛ける。


 騎馬が有利な戦い方とは、速力を生かした突撃が一番だろう。

 それが生かせぬ戦い、今回の様なたった一人をなぶり殺しにしようとする戦いはあまり得意ではないだろう。


 ファニーが接近していれば尚更だろう。

 切り上げた切っ先は敵の太腿、動きを阻害せぬようにと装甲の無い場所を正確に切り裂いた。


 切り裂かれた太腿から鮮血が吹き出し、返り血でファニーを赤く染める。

 敵は最初の敵と同じように痛みに顔を歪めながら落馬してしまう。


「これで二騎!」


 落馬した敵の喉笛に切っ先を突き刺し、止めを刺した。

 だが、それは余計な動作であった。


「ぐぁっ!!」


 ファニーは敵の動きを見ていて接近していないと知っていた。だが、敵が弓を装備していたと考えなかった。

 これだけ密集していれば弓を使えば味方を誤射してしまうだろうと思い、使用はあり得ないと考えから外していたのだ。


 その為に、無防備な背中を矢で射抜かれてしまった。


(くっ!三分持たせるって風呂敷をひろげて、これだけとはね……)


 その痛みに思わず剣を杖代わりにして膝を付いてしまった。

 脹脛ふくらはぎの痛みに加え、背中に刺さった矢の痛み。そしてジワジワと流れ出る真っ赤な彼女の血液。

 その彼女をさらに馬上からの攻撃が襲い掛かった。


「死ねぇ!皇帝の敵!」


 ファニーの直上から剣が振り下ろされる。

 敵は今度こそファニーを殺すのだと怒りを向ける。


「くっ!」


 すんでの所をファニーは飛び退いて一撃を躱すのであるが、痛みに顔を歪めていた彼女が無事に躱せる筈も無かった。

 飛び退いた時に体に遅れてしまった右腕が肘から先を無くしてしまった。


「がはぁっ!!」


 ファニーは痛みに耐えきれず地面をゴロゴロと転がる。

 すでに彼女に戦う気力は残っていなかった。


「楽に死ねると思うなよ!」


 長槍ロングスピアを構えた敵がゆっくりとファニーへと近づき、仰向けになった自らの敵を躊躇なく突き刺した。しかも、一撃で死なぬようにと体の末端、彼女が傷ついてない脹脛ふくらはぎを目掛けて。

 ファニーは口から言葉を発する気力をも失い、虚ろな視線を敵に向けて漂わせていた。


 三分持たせる、それが出来なかった事だけが彼女の心残りとなった。

 最後の最後に約束を果たせなかったと……。


 それからさらに長槍ロングスピアで太腿、左腕、腹と次々に刺し続けた。

 まるで遊んでいらなくなった玩具の人形を壊すかのように……。


 そして、止めの一撃を見舞おうと彼女の顔面に向けて長槍ロングスピアを向けた。


「皇帝陛下のお命を狙った罪は死刑である」

「……やっと三分経ったんですから、少し待っていただけませんか?」


 長槍ロングスピアを突き刺そうと高く掲げた騎馬兵に聞きなれぬ声が届き、その主を探そうと暗闇に視線を向けた。


「おい、目をやられるぞ、気を付けろ!」


 太陽のような閃光を受けてもんどりうって転がっている仲間の事を思い出し、一人の騎馬兵が声を上げた。だが、暗闇から現れたのは細身剣レイピアを抜いたスイールで、それも構えなど取っていなかった。


 そして、魔術師の姿を視認すると同時に彼の周囲に一つ、二つと炎の塊が浮かび上がり、最終的には五つの炎がスイールの周りに浮かび上がった。その炎を線で結べばまさに五角形を思わせる配置で……。


「申し訳ないですが、彼女を返していただきましょう。貫きなさい、五角ペンタグラムの火槍ファイヤーランス!」


 轟々と燃え上がる炎の塊は瞬時に細長い形状へと変形した。それと同時に高速に回転を始める。オレンジ色に燃え上がるその炎は人一人をあっという間に真っ黒な消し炭にしてしまうだろう。

 たとえ、美麗な鎧を身に着けていたとしても、だ。


「に、逃げろ!!」


 騎馬兵の誰かが叫んだ。

 彼等は魔法に付いてもある程度の知識を持っていた。基本的に魔法は一回に一つ発動出来だけだと。それが同じ魔法を五つも浮かび上がらせていれば常識外れの敵を相手にしている事になる。


 そう、目の前に存在する魔法を扱うのは人ではなく、”化け物”である、と!


 だが、その声は虚しく暗黒の空と轟々と燃え盛る炎にかき消されてしまう。


「ぎゃぁ~!!」

「助けてくれ!」


 五つの火槍ファイヤーランスはそれぞれが独立した動きで次々に騎馬兵を仕留めて行く。

 貫かれた騎馬兵は騎馬もろとも炎に包まれてゆく。それが、彼等を追い掛けて来た騎馬兵の全てが仕留められるまで。


 あっという間に彼等は真っ黒な消し炭と化し、すべての命が燃え尽きた。

 跨っていた馬もろともである。


「遅くなって申し訳ない」

「……かはっ!……に、逃げろと言ったのに……」


 長槍ロングスピアで刺され続け、もう命が燃え尽きようとしているファニーの傍に行き、片膝を付いて声を掛けた。

 ファニーはか細い声でそれに答える、やり残したことは無いと笑顔を向けて。


 彼女にはもう時間は残っていない。

 右腕を失い、血液を流し過ぎた。


 かすむ目で真っ暗に写る空を見上げながら、長槍ロングスピアで貫かれた左手をやっとの思いで持ち上げた。

 スイールはその手をしっかりと両手で掴んだ。


「後は任せてください。きっとあなたの仇を取って差し上げますよ」

「……ふ、あの世で皇帝が……くっ!…皇帝が来るのを待ってるわ……」


(いつぞやの坊やを殺したツケかね……)


 それがファニーが口にした最後の言葉になった……。





※ファニーへの尋問:第8章39話

 いつぞやの坊や:第8章1話

 それぞれ参照の事

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