第十九話 襲撃が終わり、その処理に当たる人々は
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窓の外から小鳥のさえずる声が聞こえてくる。
北の窓の外の先には広大な海が広がり涼しい風が吹き込んでくるとは言え、今の時期は真夏であり、小鳥のさえずりが春を思わせるが暑さに表情を歪めるのは仕方ないだろう。
しかも、目の下に黒々と
「それでは領主、昨晩に起こったブール、ルスト両使者の馬車への襲撃事件について報告します」
小さな執務机に座って聞いているのは海の街アニパレの領主フィリップス。
彼は王都より直轄地アニパレの運営を任されてこの地に赴任している。
トルニア王国でも重要な都市、王都アールスト、ブール、そしてここアニパレは直轄地として国王の代理が赴任し、直接統治を行っている。
他の都市は働きのあった貴族に褒美として与えられ独自の法律を作って運営されている事を考えれば、いかに特殊な場所なのか理解できるだろう。
そして、彼の机の隣では、足を組んでメモを取ろうと羽根ペンを持っているグラディス将軍の姿もあった。
「昨日の報告ではブールのみでは無かったか?」
「はい。領主がお休みになった後しばらくして、ルストの使者からも同じ様に襲撃を受けたと連絡を受けました」
領主館で会合が終わり、しばらく雑談をしてから宿へ向かったブール、ルスト両使者達であったが、直接宿へと向かったブールの使者と違い、ルストの使者が乗る馬車は途中で寄り道をしたために遅くになって待ち伏せに遭っていた。
そのために、襲撃して来た敵の撃退に時間が掛かり、報告が深夜、しかも日付を跨いでしまった。その時間はアニパレ領主のフィリップスやグラディス将軍も当然ながらベッドに入り寝息を立てていた時間で、報告が遅くなったと報告者は頭を下げる。
緊急時には領主と言えども起こされるのが常なのだが、すでにブールの使者から同じような報告が入っていた為に、二重に報告していいものかと
幾ら同様の報告とは言え、街の責任者の代理としてアニパレに来てもらっていたからには叩き起こしてでも報告をするべきである、と領主フィリップスは怒りを露わにするのだった。
とは言え、今更、時が戻るなどあり得ない事から、処罰は後に回すと宣言して報告を続けさせた。
「夜の内に襲ってきた相手を調べましたが、やはり同じような装備を持っているらしく、主幹は同じ組織であると結論付けました。そこに、相手に帝国で食客となっていた魔術師がいたようでして……」
詳細な報告書はまだ作成されていないが、襲撃の大まかな時間、相手の規模、装備、それから味方の負傷者等が記載された第一報がフィリップスの手に渡されていた。
その中の記述に報告者がぼそりと呟いた、帝国で食客として雇われていたラザレスの名前もしっかりと記載されている。それは、アニパレ領主のフィリップスではどうする事も出来ぬ程の情報だった。
それを一読すると隣のグラディス将軍へと手渡し、しばらく読み進めて行くと彼の表情が曇って行くのがわかった。
「死者が出てしまったことが痛いな」
「そうですね。ブールの護衛で二人、ルストでは五人ですか……」
「それに帝国か……」
宿への道順もある程度は変えているはずで襲撃される確率は低い。
そこを襲撃するのであればかなりの人数を掛けている筈だ。
しかも帝国に所属する魔術師が存在するのも厄介だった。
フィリップスが問題にしたのは、わざわざアニパレに来て貰って襲われてしまった事だ。しかも死者まで出してしまっている。
要所要所に兵士を配置してあったがそれすら欺かれていたのだ。
会合をアニパレで行うと決めたのは、グラディス将軍を派遣する王都側の意向であったためにフィリップスが大きな責任を負う事は無いだろうが、敵対勢力に侵入され、襲撃され死者まで出してしまった事を加味しなければならず、そうなればアニパレ領主フィリップスが罪に問われることは間違いないとみえる。
だが、ブール、ルスト共に敵の存在を明らかにする襲撃を受けて敵の数から推測される規模を想像すると、今ここでフィリップスを罷免し罪に問うとなれば、一からアニパレの人事全てを再構築しなければならず、戦力を整えるに時間が掛かり過ぎて後手を踏む事は確実だ。
敵に時間の余裕があれば、このような実力行使に訴えるなど無いのだろうが、アニパレ近郊三都市の会合
「とりあえず、お前の処遇は私が預かって置く。見えぬ敵に備えるためにも、今は少しでも戦力を整えておけと告げて置こう」
「はい。ご配慮、痛み入ります」
「後方に帝国の影がちらほらと見えているというのに、内から崩されてはどうにもならんからな……」
グラディス将軍は二つの襲撃事件に頭を悩ませる。
この日を境にアニパレ、ブール、ルストの河川流域三都市では、準戦争状態を思わせる体制を取らせる指示が発令される。
現状の兵士と同数の兵士が新たに集められ、厳しい訓練が実施されるのであった。
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昼間にもかかわらず、部屋の隅をネズミがうろちょろと走り回る不潔な部屋の一角に質素なベッドが置かれている。
盛り上がったシーツに包まり、痛みをに苦痛の声を漏らす一人の男の姿があった。
「まだ痛むのか?」
ベッドの横から少し離れた簡素な椅子にもやはり男の姿があるが、怒りを内包しているらしく声がいつもより低く感じられた。
ベッドの男がシーツをバッと剥ぎ取ると、前腕部の中ほどから無くなった自らの左腕を見せて怒声を浴びせる。
「ダンクマール!巫山戯て言ってるのか?これを見て良くも言えるな、そんな事が」
「五月蠅い、黙れラザレス!俺だってな、手塩にかけたアッシュを殺られたんだ。恨みを晴らさずにいられるかってんだ」
ジムズ達の馬車を襲った集団を率いたダンクマールと補佐をしていた魔術師のラザレスはお互いに罵り合う。
当然、罵り合ったところで何が変わる訳でもないが、声に出さずにいられない二人だった。
補充の効く兵士と違って、ダンクマールが手塩に育てたアッシュは替えの効かぬ最強の兵士としてこれからも傍で役にたってもらう予定だった。それがこうもあっさり、葬られてしまい、行動を自粛せねばならなくなったのも痛い。
「どうせまた、何処かから連れて来るんだろう。それよりも僕の腕を見ろ!これじゃ、女も抱けやしない!」
「お前に寄って来る女なんかいないだろうが。ご自慢の杖でも括りつけて置けばいいじゃねぇか。それよりもアッシュの変わりなんている訳無いだろうが!」
魔法の研究一筋だったラザレスは、ここ数年環境が大きく変わり魔法の研究どころでは無くなっていた。数年前の襲撃作戦に従事した際の生き残りとして本国へ強制送還を命じられるかと思っていたが、そのまま敵国で潜伏を続けさせられている。
魔法の研究が出来なくなって暇を持て余していたところ、仲間に連れられて花街へ連れられて行った事がきっかけで、欲に溺れるようになったのだ。
元々、金の使い道が無くかなり溜め込んでいた為に、制動の効かなくなった馬車の如く花街に通い詰める事になっていた。それに、彼等には別の資金源もあり結構な額を使っても破産するなどあり得なかった。
その彼もかすかに残る抱いた女の和らかな感触を思い出しながら、左腕を高く掲げて嘆き悲しんでいた。
「う、五月蠅い!それよりもこれからどうするんだよ。だいぶ
「いや、それはしない。半分も兵士は減ってないから、補充してもらって再び動くとするさ」
彼らは今現在、アニパレの地下にひっそりと籠って、わずかながらの戦力を有している。
ラザレスが痛みにのたうち回っていた夜中に、ダンクマールは仲間と今後の予定を話し合っていた。兵士の数は減ったが、二つに分けられていた部隊を一つにまとめれば十二分に戦力となるだろうし、
「だが、そろそろ頃合いじゃないか?僕達も戻らなければ、出発に間に合わないんじゃないか?」
まだ活動を続けると告げたダンクマールに対し、既に予定している時間に間に合わないとラザレスは反論する。
「いや、出発時にいる必要はないさ。途中で合流すればいいだけだからな。最も、その予定が成功する確率なんか、三割あるかないかなんだからな」
「出発時からいれば死ぬ可能性もあったか、そう言えば。それに、僕達はあいつらの終わりの瞬間を見守る必要が無いしね。ちょっと引っ掻き回して、あいつらを囮に僕達はさっさと撤退する……と。誰が考えたんだろうね」
にやりと口角を上げて不敵な笑いを見せるダンクマール。指示を受けてこの地に潜っているが、それを最大限利用し自らの不利な状況を払拭させるやり方を見習いたいとラザレスは思った。
実際に現場に出張って体を張ったからこそ、左腕を失う失態を見せてしまっただけに彼の方針に乗っかる事とした。それに、ダンクマール自身も手塩に育てたアッシュを失っており、正直なところこれ以上、暴力に頼る計画に参加したくなかった。
「どだい、この国を切り取るなんて無理な話だからな。時間稼ぎして本国の陽動に役に立ってくれるだけでいいのさ」
「ああ、こんな仕事終えて、サッサと本国に帰って魔法の研究に没頭したいよ」
「女はいいのか?」
「あれは暇つぶしさ」
ラザレスは痛む左腕をさすりながら金払いの為だけに言い寄ってくる煩わしい娼婦達の顔を思い出していた。
その中で金に流されぬ見てくれの悪い女も混ざっていたが煩わしいのは変わりがない。だが、金に執着が無いだけに、ふくよかな”あの女”だけは連れて行ってもいいかな、と思い始めてもいた。
だが、死地へ赴く身なれば、それも敵わぬだろうと笑みと共に溜息を吐いた。
行く途中で痛みがぶり返したと行く先を変えるのもいいかもしれないと思いながら。
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「すぐに帰れるだけの準備をしておいてくれ。それと、我々が戻る前に知らせておかねばな」
「ジムズ様、
襲撃から一夜明けて、目を覚ましたブールからの使者のジムズと護衛隊長のイオシフは朝食時だと言うのに血なまぐさい会話をしていた。
護衛の兵士が二人も倒れ六人になっていたが、それと同時に借り受けた馬車も一台破壊されてしまい、帰路に悩んでいた。
アニパレとブールの間は、当然のように街道が整備され馬車での運行が盛んに行われている。それに加えて大河が流れ、鉱石類を運び出す水運も通っている。
いざとなれば、その運搬船に乗船しても良いし、客船を探しても良かった。
「それは気にするな、どうにかなるさ。壊れた馬車は仕方がない。俺から領主に謝るとするさ。それよりも、真っ先に届けて欲しい手紙がある」
「ですが、私も事情聴取を受けた実ですから、帰れるとは思いませんが……」
都市間を跨ぐ鳥に連絡を願い出ても良かったが、手紙の内容は誰にも秘密にしておきたかった。アニパレの領主やグラディス将軍であっても、だ。
そうなると、一般の兵士に頼むなど出来ず、ましてや多数の目が光る連絡方法、それに絶対確実とは言えぬ空を飛ぶ鳥に任せるなど出来ない相談だった。
「ジムズ様。それほどの情報なのですか、あれは?」
「お前ねぇ……。いいか、皇帝が入れ替わってその情報が表に出てきてないんだぞ。それに前皇帝の血を引く少年がどれだけ重要かわかってないな」
「は、はぁ……」
安物の紅茶を啜りながら、”これだから推薦できないんだ”と、チラリとイオシフへ視線を向ける。
「実際、俺もどれだけ重要かなんて想像もつかないさ。だけどな、私怨が入っているとは言え、ぐうたらなあの魔術師が自ら出向くって言ってるんだ。どこまで見通せているのか、我らが知るところではないさ」
「そんなもんなんですね」
ジムズは肺に取り込んだ以上の空気を吐き出したかと思うくらいに、溜息が出てしまった。これ以上言っても馬の耳の念仏であると、その話はそれで終わらせた。
「お前は馬車二台を使って先に帰れ、こちらではそう領主に告げておく。俺達はまだ処理が残っているからな」
「分かりました。ジムズ様も気を付けて」
朝食が終わり、空になったカップをテーブルにそっと置くと、イオシフは礼をしてその場を退出して行った。
「さて、こちらも出来る事をしないいけないからな……」
カップに紅茶を自ら注ぐと、テーブルに頬杖をついて窓から外を眺める。
帝国が介入しているとなれば、噂の北部三都市が怪しく見えるし、麻薬の件でも帝国がらみが濃厚だ。国内で公に事が起こらぬ前に軍事的な介入をする訳にもいかない。そうなれば、国民から疑心暗鬼の目を向けられて、国王と言えども安泰とは言い難い。
さらに、目の前には前皇帝の忘れ形見の少年が現れ、恨みを内包した魔術師が珍しく怒りを表していた。
「まさかね……」
カップを手に取り、湯気の立つ紅茶を口に運びながら思わず独り言を口にしてしまう。
ジムズの脳裏には、不穏な空気に触れて街が火に包まれる光景が思い浮かんでいた。それが現実にならぬようにと頭を振って、その考えを消し去るのであった。
※”制動の効かなくなった馬車”は”ブレーキの壊れたダンプカー”から。
って、誰のキャッチフレーズか知ってるかしら?有名だから知ってる?
ちなみに、ファンじゃありません。知ってるだけ(スマソ)
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