第十六話 アニパレ襲撃、迎撃其の五

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 周囲から剣戟の甲高い音が聞こえる中、ヴルフは鋭い踏み込みと同時に下段に構えたブロードソードを切り上げた。

 その切っ先は鋭く、何者をも葬り去る必殺の一撃……の筈だった。

 だが、ヴルフが切り振り上げた切っ先は敵の、アッシュと言う豹型類人猿パンサーピテクスと人の混血児にあっさりと躱され虚しく空を切り裂くだけだった。


「アッシュ、これを使え」

「だんくまーる、助カル!」


 後方へ飛び退き、ヴルフとの距離を取ったアッシュに向けて、ここのリーダーのダンクマールから再度金属製の柄を持つ長槍ロングスピアを投げて渡された。

 真っ二つにされて用をなさなくなった長槍ロングスピアをあっさりと後方へ捨て去ると再び鋭い切っ先をヴルフに向けて構える。


「二度ト壊サナイ!ソシテオ前ヲ倒ス!」


 最初に手にしていた長槍ロングスピアをヴルフの初撃で真っ二つに壊され怒りを滲ませながらつたない言葉を吐きかける。

 アッシュの怒りは、長槍ロングスピアを壊された事だけでなく、主人たるダンクマールに攻撃を向けた事も含まれていた。


 ダンクマールが幾ら頭が良いと、亜人との混血のアッシュを自慢したとは言っても、片言の言葉しか話せぬ中途半端な存在なのだ。人の知能を完全に引き継いでいる訳でも、亜人の能力を十全に発揮できる訳でもない不完全な生き物とみて良かった。

 それが、主人であるダンクマールに恩を感じているとすれば、食事を十二分に貰える相手だからとしか理由が見つからないだろう。


 中途半端な能力しかない混血児は、体の臓器が亜人の物でなく、混血児特有の人に寄った臓器となる。もし、一人で生き野生の動物を狩ったとしても、生のまま食せず何らかの加工、--例えば火で焼く等--が必要となる。

 加工せず生のまま動物の肉を食らったとすれば、病気や寄生虫などで生き残る者は片手で数えられるだけだろう。

 尤も、生き残れる者は、亜人の血を色濃く残して先祖返りの様になり、知能が低すぎると考えられる。


 それを踏まえれば、ある程度知能が高いアッシュは、亜人よりも人に寄った混血児と結論付けられるだろう。

 とは言え、人、特にヴルフの様な歴戦の猛者に備わった経験を生かす知能が抜け落ちていると考えられても不思議ではない。

 ヴルフが数年前に剣を交わしたパワーファイターの混血児を考えれば、自らの能力を訓練以上に、そして以外に工夫して引き出すなど出来ないと見ている。


 それ故に怒りを向けられたとしても、不可思議な動きに舌打ちするくらいで、それほど脅威には見えなかった。

 尤も、すんなりと討ち取れるかと言われれば、首を横に振るくらいの相手ではあるが。


「まずは、お前の動きを見切らせて貰うとしよう」


 体の左を斜め前に向けブロードソードを右中断に構える。

 その姿勢のまま石畳を蹴り一足飛びにアッシュの懐に飛び込み横薙ぎに一閃する。


 アッシュは長槍ロングスピアを突き出して攻撃を繰り出しても良かった筈だが、そうはせず不可思議な動きを見せてヴルフの攻撃を躱して距離を取った。

 距離を取ったのは、下手にブロードソードと長槍ロングスピアを交差させ武器を失ってしまう事を恐れたのだとヴルフは感じ取った。当然、アッシュが口にした”二度ト壊サナイ!”との言葉があった事が根底にあるのだが。

 アッシュはヴルフに長槍ロングスピアを破壊されたを恐れて武器による防御を諦めざるを得ない状況に落ちっていたのだから。


「なるほどな。お前の動きってやつをだいたい掴めたぞ」


 たった二回、敵に躱されただけでおおよその見当をヴルフは付けていた。

 アッシュは”そんな事は無い、でまかせだ”、と思ったに違いない。アッシュの後方で眺めているダンクマールもそう感じていた。


「あっしゅノ槍ヲ躱セルモンナラ躱シテミロ!」


 良いように攻撃されていたアッシュは自ら先手を取ろうと鋭い踏み込みと共に鋭利な切っ先をヴルフに向けて突き出してきた。

 訓練通りの鋭い突きは誰にも対処が出来ないほど鋭利に見える。


 それでも百戦錬磨のヴルフの経験と動体視力の前には、鋭い突きであっても動きを捉えられぬなど造作もない事だ。ブロードソードの刃の腹に手を添えて、長槍ロングスピアの切っ先が進む軌道を瞬時に体の中心から何もない空間へと変える事も可能だった。


 一撃必殺を狙っていればヴルフから逸れて空を突いた時点で体が硬直し、次なる攻撃に影響を与える事もあるだろう。アッシュはそれが当然だったかのようにすぐさま長槍ロングスピアを引くと次の攻撃を繰り出してくる。


 二撃、三撃とアッシュが繰り出す長槍ロングスピアの鋭い切っ先がヴルフを襲うが、中距離からの真っ直ぐ向かう攻撃に余裕をもって返して行く。

 後方で見ているダンクマールが”そんな馬鹿な事があるか”と目を大きく見開いて夢でも見ている様な気分になっていた。だが、それはすべて現実であり、全て捌かれていた。


 アッシュの攻撃に目が慣れると、彼の能力を十全に発揮できていないとヴルフは悟った。もし、長槍ロングスピアではなく、短剣ダガーの様な懐に入られる武器を使われていたら立場は逆になっていた筈だと。

 混血児のアッシュを可愛がって殺したくないと思ったのか、明らかにアッシュの能力にそぐわぬ武器を持たされていたのだ。


 とは言え、敵対する者を有利にさせるほどヴルフはお人好しでは無い。今のうちに敵の戦力を積んでおこうと考えるのは当然の帰結だ。


 そして、ヴルフの後方で爆発が起きると丁度良い機会であると守勢から一転、攻勢へとギアを入れ替えて剣を振るい始める。


 突き出された長槍ロングスピアをブロードソードを振るい撥ね退けると、その勢いを利用してブロードソードを頭上高く振りかぶると、踏み込みながら躊躇なく袈裟切りに振り下ろす。

 その人外じみた速度の一振りに豹型類人猿パンサーピテクスの血を引く混血児のアッシュと言えども全てが無事なまま躱し切る事は不可能だった。


 弾かれた長槍ロングスピアを頭上に振り上げ防御の姿勢を取ると共に、華麗な足捌きを見せてヴルフの攻撃範囲から逃れようとした。

 そこまでは良かった。だが、今までの剣速以上に速いヴルフの一振りは、頭上で防御の態勢を取る長槍ロングスピアを捉え真っ二つに切り裂いた。さらに止まらぬ一振りは、アッシュの鼻先をかすりながら石畳に向かって振り下ろされる。


「ちっ!あと一歩足らんかったか……」


 ヴルフはあと一歩が届かなかったと、舌打ちをしながら毒を吐いた。


 そのヴルフとは反対に、鼻頭をかすめる一振りに完璧な対応が出来なかったアッシュは冷や汗を流して焦りを感じた。自らの身体能力に自信があったが故に、仲間以外で害を及ばす者などいないと高を括っていたからだ。

 それが根底から崩されれば、どうして良いのかと動きに迷いを生じるようになった。


 ダンクマールもアッシュの豹型類人猿パンサーピテクスの血を引く身体能力に絶対の自信を持っていた為に、ヴルフの一振りに対応できぬとは想像がつかなかった。


 それからは、ヴルフがじりじりと剣を振りながら徐々に攻めに回るが、アッシュが間合いを必要以上に取りながら、半分になった長槍ロングスピアを振り回す姿が見られるだけで、二人の戦いがいつ終わるのか、全く分からなくなっていた。




 それから、どれだけヴルフとアッシュの二人は武器を交えただろうか。

 いつ決着が付くともわからぬ戦いを決着付けようと新たな声の主が現れた。


「ヴルフ殿ともあろう者が苦戦しているようだな?」


 ヴルフの後方から近寄った男が声を掛ける。


「なんじゃ?今忙しい、後にしてくれんか?」


 アッシュに剣を振るい続けるヴルフは声の主を振り向こうともせず、怪訝そうに答える。もうしばらくしたら追い詰めて決着を付けられる、そう答えたのだ。


「申し訳ないが、一対一で決着を付けて貰えるほど時間が無くてね。協力


 ”時間が無い”との言葉と”協力願いたい”と相矛盾する言葉を耳にしたヴルフはアッシュに横薙ぎの大振りを向けると、いったん後方に飛び退き距離を取った。

 ヴルフはうすうすと感じていたが、殺気を放つ妙な気配がちらほらと現れていた事に。それはヴルフに向けてでは無かったが、気を散らして攻撃の邪魔になっていた事だけは確かだった。

 それさえなければすでに決着を付けていたと見て間違いないのだが……。


「で、お主一人で何が出来ると言うのだ?この状況を解決できるとでも言うのか」


 後方から現れた男を敵ではないだろうと判断したが、どれだけの実力を持つのかは未知数であり信用出来るかは別問題だった。

 ただ、多数の敵に囲まれ、共に戦う兵士達の疲労が色濃くなればヴルフの力をもってしても包囲を突破出来ぬ状態になりかねない。時間が無いのはヴルフ達も同じであった。


「ええ、あの妙な動きをする男はお任せください。ヴルフ殿はあの偉そうにしている指揮官を仕留めて貰えれば結構です」

「自信があるのだな?」

「ええ、それなりには……」


 アッシュを警戒しながら、ちらりと傍に歩み寄って来た男の顔を一瞥すれば、言葉の通りかもしれぬとその提案を飲む事にした。

 自信を見せる表情と共に、左手で握った太刀に興味を持ったからでもある。


 男の太刀は身長に合わせて長く作られているが、それよりも短く作られた刀の一振りの威力をヴルフは知っていた。ヴルフ達が使う直刀には無い不思議な技が、決着を付ける為に必要でもあると本能的に悟ったのだ。


「では任せよう」


 ヴルフから言葉を掛けられると、スッと彼の前に出て体を低く構える。

 男の狙いはヴルフが追い詰めていた不可思議な動きをする、二つに分かたれた長槍ロングスピアで二刀流の様に使うアッシュ。

 いまだに鞘から抜き放たぬ太刀に、ヴルフは何をするかと興味津々で見つめる。


「アッシュ、何をしておる。ヴルフじゃ無いんだ、さっさと殺してしまえ!」


 後方で視線を送っているダンクマールの一言を合図に低く構える男とアッシュが同時に動き出した。石畳を蹴り勢いをつけてぶつかり合う二人。

 そして、アッシュが半分になった長槍ロングスピアの切っ先を先に突き出して先制攻撃を仕掛ける。向かい来る男が串刺しに出来るタイミング……だった筈だ。


 それなのに、体を上半身と下半身の二つに分かつ刀の一閃を先に受けたのはアッシュだった。ダンクマールには何が起こったのか早すぎて、いや、アッシュに視界を邪魔されてわからなかった。


 実際は単純な出来事だった。

 駆け出してアッシュに男が向かうと、太刀の間合いに入った途端にヴルフをも唸らせる程の剣速で刀を鞘から引き抜きながら敵の胴体を切りつけただけなのだ。


 どれだけ訓練を積んだか見当がつかぬが、ヴルフも初見で何の予備知識も無く戦っていれば腕の一本も切断されていたかもしれぬと、男の繰り出した攻撃に戦慄を覚えた程だ。

 ただ、繰り出した技の性質を考えれば、長槍ロングスピアの間合いで戦っていたら、これほど華麗に技を決められたか疑問が残る。


 男がアッシュを一刀の下に切り捨てれば、その後はヴルフの仕事だ。

 アッシュが二つに分かたれ物言わぬ躯と化したと見て即座に動き出してダンクマールに迫る。

 ダンクマールはアッシュに長槍ロングスピアを投げ渡したために何の武器も持たぬ無防備状態だ。ある程度徒手空拳の心得があったとしてもヴルフの前では付け焼刃程度のそれが何の役に立つというのであろうか。


 一足飛びにダンクマールに迫れば、一撃を振り払う事も出来まい、とヴルフは仕留めたとほくそ笑んだ。だが、ダンクマールが迫りくるヴルフに気づき腰の革袋に手を添えると躊躇なくヴルフに投げ付ける。


 咄嗟に投げられた革袋は何もしなければヴルフに当たらず石畳に落ちるだけだった。だが、咄嗟の出来事に思わずヴルフはその革袋をブロードソードで切り裂いてしまった。

 空中でヴルフに切られた革袋からは、雪のように真っ白なきめ細かな粉がフワッと辺り一面に舞い上がった。かすかにであったがヴルフの視界を一時的に奪い、目標から視線を外す切っ掛けになった。


 そのまま突っ切ろうともしたが、白い粉が何なのかわからぬまま体に浴びて支障を来す可能性がある、そう脳裏に悪い予感が過ると、石畳を滑りながら急制動を掛け、黒い日本の筋を残した。


 ダンクマールは咄嗟に取った行動に救われる形となり、連れて来た男達に向かい撤退の指示を出し始める。

 ここまで追い詰めてアッシュを失う失態を演じてしまったダンクマールは、ヴルフを恨みの籠った視線で睨みつけてから、連れて来た男達を纏めてゆっくりと撤退して行く。


 それに合わせたかのように、馬車列の後方から迫っていた敵の男達もスイール達の手により撃退され帳の降りた闇に消えて行った。


 それで一つの戦いは終わりを告げたが、すぐそこに殺気をほとばしらせる者達の気配を感じ、再び剣を振らなくてはならぬと溜息を吐いてうんざりとした表情を見せていた。


「で、あいつらをやっつけたらお前の正体も全て明かしてくれると考えていいんだな?」


 殺気を放つ敵が存在するはずの壁を指で指し示し、太刀を振るう男に告げる。


「はい、本当ならヴルフ殿にまみえたなら、再び勝負を挑みたいと常々思っておりましたが、事情が事情なのでお話しします」


 抜き放った太刀を構えながらヴルフの横に並び答えを返す。


「何処かで見た記憶があると思っていたが、やはりそうか。まぁ、いいや。まずは蹴散らすぞ!」

「はい!」


 殺気を身に纏わせながら動き出した敵を迎え撃つ為に、二人は再び剣を振るい始めるのであった。




※アニパ迎撃編、これで終了です。

 戦いはしばらくお休みになります~。

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