第二十三話 続・ブール高原の戦い
「おお、ヴルフ殿も息災で!」
四人の兵士を引き連れたがっしりとした体付きをしている隊長格の兵士が警戒しつつも、襲撃を予想していたスイール達に近づき声を掛けて来た。
「おお、【ダレン】殿、お主も無事か。後方はどうであったか?」
ヴルフに気安く声を掛けて来たのは、【ダレン=ハンプシャー】隊長である。そろそろ老齢に片足を突っ込んでも可笑しくない年齢であるが、”若い者には負けん”と白髪の目立つ長髪を後ろで縛り、未だにダレン健在だと内外に顕示している。
釣り目の美丈夫は、敵の鮮血に染まった
「こちらは五人もやられたよ。ここは大丈夫だったのか?」
後方で三十人もの騎馬兵を指揮していたが、機動力を生かせず下馬して戦う事を余儀なくされ、その影響で五名もの兵士が命を落としていたのだと言う。
軽微な怪我だけであればその数倍にも及ぶだろう。
「ここは横からの奇襲だからな。歩いてくる相手じゃ、運動にもならんわい」
街道沿いに積みあがる冷たくなった
「しかし、コレット嬢を守っていただき有難い。我々だけだったらどうなっていた事か……」
「敵さんが勘違いしてくれたおかげじゃな。誰も乗らぬこっちの馬車に目掛けて襲い掛かって来たからな」
「なるほど、敵の勘違いですか……。それは有難い事ですな」
ダレン隊長は馬車を無事に守ってくれたことに笑顔で感謝の言葉を口にしたが、その横で聞いていたスイールが口を挟んで来た。
「お礼はまだ早いです。もう一度、敵が攻めて来るはずです」
「ワシもそう思うが、お主はどう思う?」
「ヴルフ殿も魔術師殿も我々と同じ考えですか……。実はその事で、男爵へ支持を仰ぎに向かう所だったのです」
スイールやヴルフと同じだと告げるダレン隊長は、すぐにでもアドルファス男爵の下へと行きたそうにしていた。尤も、声を掛けて来たのはダレン隊長の方であったのだが……。
そして、最後に挨拶を交わして向かおうとしたのであるが、聞きなれぬ轟音が空気を響かせながら前方から鼓膜を破らんばかりに耳に飛び込んで来たのである。
「うっ!あれは?」
「恐らく、魔法による爆発です」
ダレン隊長の問いに、よく聞く音であるとスイールが答える。
スイールの告げた通り、強力な魔法が浴びせられ轟音を発すると共に爆発し煙を巻き上がった。
その威力はすさまじいものがあり、先頭に立っていた兵士が全て吹き飛ばされる程であった。
だが、それを知るのはこれからなのであるが……。
「くっ!!お前達、付いて来い!」
「「はっ!」」
ダレン隊長は部下達に指示をすると同時に、全員で馬車列の前方へ全速力で走り出した。
「スイール、ワシ等も行こう。魔術師相手ならお前さんがおらんと何もならんだろう」
「そうですね。アイリーンとエルザは誰かこの場に来たら交代で追いかけて来て下さい」
「しゃーない。ここの守りも大切だもんね」
「何時でも動けるように準備はしておくわ」
スイールはアイリーンとエルザに申し訳ないと思いつつ、ヴルフと共に爆音の聞こえた前方へと掛けて行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アドルファス男爵は、濛々と立ち上る煙を唖然とした表情で眺めていた。
高速で飛び込んで来た小さな火の玉が、敵を警戒していた兵士達の前方に打ち込まれた途端に踏み固められた地面が弾けて彼の身に小さな破片を浴びせると同時に、数名の兵士が吹き飛ばされて来たのだ。
土煙が静まり、視界が晴れると直径二メートルほどのクレータが街道の真ん中に現れ、悪夢のような光景が目の当たりになった。
「怪我を負ったものは下がれ!」
すぐに気を取り戻し、倒れて体のあちこちから血を流し戦闘不能になった部下へと指示を出しつつ、無事な部下に敵へ警戒を向けるように自らが先頭に立って武器を構える。
土煙が晴れたその先から、数えるのも面倒な程の敵が向かって来たのである。
馬車がすれ違うのがやっとの道幅で踏み固められただけの街道であるが、数人が一度に襲い掛かるには十分な広さを有している。
ただ、先程作られたクレーターの被害で路面が荒れ、騎馬が使えないのが有利と思えたが、それよりも敵の多さに無事でいられるかと思うのであった。
「……ふっ。ここが死に場所か……。一人でも多く道連れにしてやるさ!」
「男爵!その時はお供しますよ」
「私だってそうです」
厳しい訓練を受けていたが、その人柄に救われたとも思っていた兵士達は男爵だけを死に晒す訳には行かぬと、”お供します”と口々に出していた。
何にもならぬのだぞと思いつつも部下達の思いに気持ちを高ぶらせるのだが、感傷に浸る暇も無く敵との戦闘に突入していった。
荒れた地面を有効に使いながら敵を撃退してゆく男爵達だが、敵の圧倒的な物量にその場を維持するのがやっとであった。
とはいえ、十名足らずで無数の敵を相手にして、その場を維持するのは個々の能力が非常に高い証拠である。だが、人の体力は限界があり、すぐに体を動かせなくなるだろう。
そんな自らの行く末が脳裏に浮かんだときである……。
「男爵!!大丈夫ですか?」
「その声はダレンか?」
聞き覚えのあるその声は後方を任せていた隊長のダレンの声であった。
馬車から離れて敵を迎撃していた為に馬車列を守る為の連携が
だが、ダレン隊長が先頭へと来てくれた事により、中間の馬車群や後方が無事であるとホッとしたのだ。それに背中を任せるに足りる彼がこの場に現れた事でアドルファス男爵だけでなく男爵の部下達も勇気を貰う。
「はい、ダレンです。お嬢はヴルフ殿とお仲間が守り無事であります」
「そうか……。だが、あの敵に喜んでばかりもいられん」
そうなったら生きていることさえ辛い事をされるかもしれない。そう思うとまだ死ねぬとさらに奮闘を見せる。
男爵に合流したダレン隊長は列の中でも弱い場所を選び援護をしていた。だが、それは直ぐに綻びを生じさせるのである。
「拙い!抜けられた!!」
懸念していた場所、右舷を敵に抜けられ焦るアドルファス男爵やダレン隊長だが、その場を放り出して向かう訳にも行かず、ただ唇を噛み締め目の前の敵を
「とりゃあ!!」
そこへ遅れて来たヴルフが
「
さらに抜けようとする敵兵に向けて真空の刃が放たれると、首と胴体が別れて鮮血を撒き散らした。
「敵とは言えむごいのぉ」
「そうですか?袈裟切りにして苦しませるよりはよっぽど良いかと思いますが?」
スイールとヴルフは、お互いが相手よりマシだと軽く罵り合いながらも抜け出る敵を葬って行く。
折角戦線を抜けたと思った敵兵だったが、あまりにも無残な殺され方をその目に焼き付かせると先程までの勢いは鳴りを潜め始め、勢いが衰え始めた。
だが、それも一過性の事であり数分もするとまた元の様に数を頼りにした猛攻が始まるのである。
「それにしても、敵はどれだけいるのでしょうか?」
「どうかな?後方から戦いの音は聞こえるがここ程じゃないから、ほぼ全ての敵が集まってるんじゃないか?」
散発的に抜け出る敵兵を処理しつつ、二人は会話を続けて行く。
「それにしても、前方からの力押しとは、あまりにも芸がありませんね?」
可笑しな布陣だなとスイールが口にするのだが、それに答える者は出て来なかった。
だが、その時である、馬車を守っていたはずのアイリーンとエルザが矢をぎっしりと詰め込んだ矢筒を担ぎ、合流して来た。
「馬車は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。偶然来た兵士に頼んで来たわ」
「それは重畳重畳」
アイリーンが合流したならば、攻撃に参加せずとも彼女に任せれば大丈夫だとスイールは考えた。それにエルザもいるのだから尚更だろうと。
「ヴルフ!魔法で殲滅させます!!合図をしたら真ん中を開けるようにしてください」
「わかった、どれだけかかる?」
「そうですね、五、六分くらいでしょうか?」
「アイリーンとエルザには私の護衛をお願いします」
「はいは~い」
「了解!」
二人にある程度の指示を出すと、杖を体の前で両手で構えると強力な殲滅魔法を発動させるために気持ちを落ち着かせ、魔力を集め始めるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい【ザック】!なぜ兵を下げるんだ?あのまま押せば勝てるんじゃないか?」
スイールが強力な殲滅魔法を発動させようとした時より、少しばかり時間をさかのぼる。
アドルファス男爵が指揮する馬車列を襲っていた兵士を波が引くかの如く引かせるのは何故かと自慢の杖を振り上げながら怒りを露わにしていた。
不健康そうな白っぽい顔に真っ白な襟巻をした魔術師のラザレスが下がって来た自軍のザック隊長に食って掛かっていたのだ。
「押せば勝てるって?馬鹿を言うな!お前はあの魔法で出来た火の玉を見なかったのか?」
「火の玉だ?馬鹿を言え、アイツらは魔術師など揃えているはずも無いだろうが!」
彼らの情報にはアドルファス男爵とその身内が五十数名の車列を作り、ルストの街へと帰還するとだけ聞いていたのだ。さらに事前に得た情報では配下に魔術師は連れて行かなかったはずだし、そもそもルストには対抗できるほどの魔術師は雇い入れていなかったはずだった。
ザックからの詳しい話を聞くと、馬車の一台を手練れの四人が守り、そのうち一人が頭上に赤々と燃える火の玉を浮かび上がらせたまま向かう兵士に牽制をしていたと言うのだ。
「そんなバカな!魔法を発動させたまま、牽制するなどありえん!」
ラザレスからしても非常識な魔法の運用形態に驚きを隠せないでいた。
そんな手練れが守る馬車なら、さぞ重要人が乗り合わせていただろうと攻撃をしたのだが、結果は散々であったと口にした。
「たった四人で守っている馬車だ。しかも攻撃しているのはそのうちの二人で、すでに二十人以上が死傷した……」
「二十人以上だと?そんなに弱かったか、お前の兵士は!」
ヴルフが振るった
それだけ連れて来た兵士が弱いのかと言われれば、よく訓練され強兵の部類に入るのだが、ラザレスが襟巻を巻いている事からもわかる様に、彼らからすればこの地は寒すぎたのである。
いくら、道なき道を歩き急襲するとしても、待ちくたびれていれば体も冷え、急な動きに対応するなどまずありえない。それでは厚着をして体を温めて置けばと思うが、今度は動きを阻害され鈍重極まりない攻撃になるだろう。
それがわかったからこそ、一度全ての兵を引かせたのである。
「わかった。そこまで言うのなら魔術師を出そう。二人でいいか?」
「ああ、十分だ。あいつらの鼻先に一発かましてくれれば後はこっちでやる」
「僕も前に出るさ。この目でその魔術師とやらを見ないと気が済まない」
「勝手にしてくれ。死んでも軍属じゃないお前は二階級特進など無いぞ」
ラザレスとザックの二人は短時間のうちに作戦を練りながら休憩をすると、再び攻撃のためにその場から離れて行くのであった。
「魔術師二人はザックに先行して攻撃。その後、下がってこい」
「「畏まりました」」
「強力なやつを一発お見舞いしてやれ!」
魔術師の二人は身軽な格好になると、森の中へと入り込み街道と平行に進んでゆく。そして、敵を百メートル程と視認するまで近づくと、自らの魔力を半分も注ぎ込んで、火の玉を敵に向けて放ったのである。
「「
二人から放たれた二つの
「よし、撤退だ」
「おう!」
彼らにしてみれば、忠実に命令を果たしただけだった。兵士として考えてみれば考えが足りなかったのだ。
舞い上がった土煙が晴れ、戦果をその目で確認しなければならぬのだが、それを怠ってしまったのだ。
尤も、着弾の轟音がザック率いる自軍の突撃の合図になる事もあり、もう一撃撃ち込もうとする頃には混戦状態で戦果を追加で得る事は難しかっただろう。
そして、魔術師二人は撤退する途中でザック率いる自軍を横目で見ながら、無事に敵を撃滅させることを祈るのであった。
「う~ん、芳しくないな……」
戦端が開かれている場所より三百メートルほど離れた地点で、道端の岩に登ったラザレスが望遠鏡で戦況を覗いていた。残る自軍が予備兵力も残さずに突撃していったのだが、未だに戦果を上げられないでいた。
「四百名も投入してこれとは、敵は化け物か?」
道なき道を通り僻地まで這う這うの体で来て、敵を撃滅する役目を受けながらこの
実は、それも仕方がないのだ。細い街道で回り込まれぬように敵に相対するアドルファス男爵の指揮能力がザック達よりも一枚も二枚も上手であった。
それを抜け出ても、アドルファス男爵よりも強いと豪語するヴルフが、弓の名手アイリーンとスイールに劣るとも思えぬ魔術師のエルザと待ち構えているのだ。その戦列は一朝一夕で抜けるなど無理な話だった。
ラザレスには懸念事項が一つ、脳裏に浮かんでいたのだ。ザックが語った、火の玉を頭上に現していた魔術師の存在だ。
かれこれ十分以上戦闘を眺めていたがその兆候は見えず、氷の槍を放っている別の魔術師の姿しか見つけられなかった。
「敵は魔術師を温存させた?馬鹿な、ありえん」
あの戦列を抜かれたら敵は終わりだ、あと一息!と思い始めた時である。
氷の槍を放っていた魔術師が頭上に向けて火の玉を一発放ち、上空で爆発させた。
何をするのかと眺めていると、敵が急に引き左右に割れ中央に一本の道が現れた。
その先には杖を構えた魔術師一人いるだけだったが、彼を視認した後ラザレスは我が目を疑う光景に息を飲み体が硬直するのであった。
※ブール高原の戦いはあと少しで終わりますよ。
チート能力が無ければ魔法を使うにはそれ相応の代償が必要。
技術があるスイールと言えども強力な魔法をポンポンと放てません。
当然、時間がかかります
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